〜12〜

決心したのはいいが、一緒に住むのを反対されたら
どうしようと不安だった。が、すぐにそれは杞憂に終わった。
意外なくらい、あっさりしたものだった。

聖さまの部屋から戻った日の夕食時に、同居について話を切り出すと。
「なに、学校の先輩と一緒に住むだって?いいぞ」と父。
「佐藤さんて、2年前、白薔薇だった方よね?
そんな方と住めるなんてすごいじゃないの。
ご迷惑ばかりかけなければいいけれど…」と母。
(あのー、もしもし。一応かもしれないけど、私も紅薔薇だったんですけど?)
「どうせ、俺がここに残るんだから、いいんじゃないの?」と祐麒。
祐麒も、今年から大学生。優先ではないが、何とか、花寺の大学に滑り込めた。
…しかし、わかってはいたが、私の家族はなんておおらかなんだろう。

夜、さっそく聖さまに電話を入れる。
「全然大丈夫でした」
『ほらみなさい。やっぱり私の普段の行いがいいからだね』
「それはないと思いますけど」
『ははは』
「で、両親が、聖さまに挨拶をかねて、マンションを見させて欲しいといっているんです。
週末、連れて行きたいんですけど、大丈夫ですか?」
『今週末?土曜日は用事が入っているから無理だけど、日曜日だったら、いつでもオーケーだよ―ん』
「それじゃぁ、日曜日の日にまたうかがいます」
『うん。あ、そうそう。その日に合鍵を渡すから、もし、その後、
すぐ引越しするようなら、勝手にやってもらっていいからね』
「わかりました。両親の方に、そう伝えておきます」
『おやすみ、祐巳。愛してるよ』
「お、おやすみなさい聖さま」
(愛してるなんて、そんな、さらっといってくれちゃって…嬉しいけど)
何度いわれても、なかなか免疫が出来ないようだ。
顔面、ユデダコ状態になっている祐巳であった。

「ここなんだけど…」
「あら、思っていたよりも新しいところね」
「近いとは聞いたが、車で5分ぐらいだな」
まず、マンションの外装や、場所に関しての感想を漏らす両親。
部屋の中を見たら、驚くかもしれない…。

「ピンポーン」と、ドアベルを鳴らす。
「はい」と落ち着いた声がして、聖さまが、ドアから姿をあらわす。
「祐巳さんのご両親ですね。初めまして。祐巳さんの2年先輩の佐藤聖と申します」
そういって、礼儀正しく頭を下げる聖さま。ネコかぶりかもしれないけど、
こういうところは、私には真似の出来ないところである。

「お忙しいところ、今日はわざわざ起こしいただき、恐縮です。
玄関先ではなんですから、どうぞ、お上がりください」
そういわれて、中に入る両親と私。
リビングに通される間、両親は、部屋のあちこちを、
キョロキョロと首を回して見ていた。
(うーん、恥ずかしい…)
私が落ち着きがないのは、きっと両親の遺伝だと、確信した。

リビングのソファーに座り、コーヒーを勧められて飲む両親。
父親は、「ここのつくりは、かなりしっかりしているぞ」なんてことを言っている。
母親も、自分が住むわけでもないのに、かなり上機嫌で聖さまと話している。
ここでの話は、家賃や、光熱費などの金銭面をどうするかといったことなど、
実際に住む上で必要なことの確認作業だけだった。前もって聞いてあったし、
その話自体は、1時間ほどで終わり、あとは、4人で談笑して時間が過ぎた。

「女同士の二人暮しだから、本当は、内心不安だったんだが、
聖さんみたいなしっかりしたかたと一緒なら、私達は安心だ。
祐巳のこと、これからよろしくお願いします」
と、まるで、娘を嫁にやるかのような言葉を吐いて、頭を下げる父。
やっぱり、心配してくれていたんだな。
「私達は、この後、用事があるから、先に帰るけど、祐巳ちゃんはどうする?」
母親が聞いてきた。聖さまの顔をちらりと見ると、いて欲しそうな顔をしている。
「じゃぁ、夕飯、聖さんと一緒にしてから帰ります」

入学2週間前に、聖さまのマンションに、私は母親と二人で引越しをした。
父は仕事で、手が離せなかった。まぁ、これは仕方ないとしよう。
薄情なのは、弟の祐麒だ。祐麒は友達の小林君と、いつものように出かけてしまった。
聖さまも、連日のバイトで、朝から出かけてしまっている。
女二人での引越しとなったてしまったけれど、ベッド以外は特に、
大きな荷物があるわけでもなく、1日でなんとか片付きそうである。

「こっちはあと、すこしだけれど、祐巳ちゃんのほうはどう?」
「うーん、あとちょっと」
「それはそうと、祐巳ちゃん」
「なに、お母さん?」
片付けをしている手を休めて、母親の方に体を向ける。
「あなた、聖さんのこと好きでしょう」
「えっ、あ?」
突然の問いに、答えが出ない。
「私だって、リリアンの卒業生よ。わかるわよ」
「…」
「いいこと、祐巳。色々な人達と、たくさんの経験をしてみなさい。
それはきっとあなたの財産になるから」
「お母さん…」涙声になる私。

お母さんは気がついていたんだ。私と聖さまの関係。
知っていて、同居を許してくれた。
今日ほど、母親を尊敬する日はないと思う。
「あらあら泣いちゃって。別に永遠のわかれって訳じゃないのよ。
すぐ近くなんだし、いつでも、聖さんを連れて、遊びにきなさい」
「うん」
ありがとう、お母さん。
私は、今日のお母さんを、絶対に忘れない。

その日の夜、聖さまと、なぜか引っ越し祝いということで、
おそばを食べにいった。そういうのにこだわる方とは思えないが…。
その帰り、歩きながら、母親と話していたことを聖さまに伝えた。
「さすが祐巳ちゃんのお母さんだね。勘がいい」
「普段はそんなことないんですけど」
「だから、祐巳ちゃんのお母さん」
二人して、笑い声を上げる。
「でも、これで二人での生活がスタートできます」
「そうだね。お母さんじゃないけど、お互いだけを見ないで、
他のことも幅広く見ていこうね。でも、なるべく、私を見て欲しいけど」
「それはもちろん私だって」
「さっ、二人の新しい生活の始まりだ!」

もうすぐ、祐巳の大学生活がスタートする。


【第一部 おわり】

あとがき

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