〜9〜

「…ありがとうね、祐巳」
私は祐巳を両腕で持ち上げた。
「降ろしてください!重いですよ!!」
祐巳には珍しく、体を動かすことなく、
顔を赤らめながら叫んでいる。

「いいから、いいから」
自分の気持ちに素直になって、
自分がしたいと思ったことをしている。
確かにちょっと重いけど、気にはならない。

ようやく手に入れた宝物。
宝物を歩かせる訳にはいかないでしょ。
両手で、大切に運んであげる。
宝箱の中にね。

「ドアを開けてね」
両手がふさがっているから、自分で開けたくても開けられない。
相変わらず、頬を赤くして、体をかたくさせている祐巳にお願い。
ドアが祐巳の手によって開けられた。
私はそのまま、いつか祐巳と寝られるかなとの期待を込めて
購入していたセミダブルのベッドの上に大事な祐巳を横たえた。

「とうちゃ〜っく!!」
嬉しくて仕方がない。
夢かと思ってしまうほどに。
きっと、今の私の顔を見られたら、
ジャングルジムを独占しているガキ大将か、
大好きなケーキを食べる前のダイエット中のOL。
目を輝かせて、祐巳を独り占めしているのをみて、
そんな人たちと比べられるんじゃないか?

「どぉ、好きな人にお嬢さま抱っこされた気分は?」
「何も思うひまなく、終わっちゃいました…けど」
「ありゃ、ふつう、嬉しいらしいんだけどね。
アンコールはまた今度ッと」
そう言って、祐巳の隣に自分の体を仰向けに横たえた。

「こうして祐巳と二人でいられること、ずっと待っていたんだ」
そう、こうして天井を見ながらね。
祐巳はどこか夢心地な感じで、ベッドに腰掛ける形で座っている。
私はそんな祐巳の背中を見ている。

「嫌じゃない?」
「何がですか?」
上半身を起き上がらせると、すぐ隣に座る祐巳にキスをした。
「こんなことをする私。これ以上のことを望んでる私」
「嫌いだったら、ここにいません」
確かにそうだ。「どうぞ」と言った時点で、祐巳は全てを受け入れた。

私と言う存在の全て。私が行う行動の全てを…。

思いのままに祐巳をそのまま抱きしめようかと手を伸ばしたその時、
ある言葉が私の頭をよぎった。
「祐巳はいい子だね」
伸ばした手を引っ込める訳にもいかず、
そのまま祐巳の頭へと伸ばし、
いい子いい子をしながら話し掛けた。

「子ども扱いですか?」
「そう。ちょっとだけ手のかかる体の大きな子供よ」
子供と言われ、思いっきり頬を膨らませている。
それが自分で子供っぽいことだと知っていながら。
「ひどい言い方じゃないですか」
「でも、そこが祐巳の魅力なのよ」
そう、誰をも惹きつけ、ホッとさせる祐巳の魅力の一つ。

一度は引っ込めた手が、どうしても祐巳を抱きたがっている。
・…・・祐巳に任せよう。隠す訳にはいかないし、
彼女のことだ、隠したらばれてしまう。なら、話すべきだろうな。

「大切なものが出来たら自分から一歩引きなさい」
「聖さまのお姉さまの言葉ですね」
「そう。その言葉を私は守ってきたわ。別にお姉さまが言った
言葉だからではなくて、自分に本当に必要なことだと思ったから」
思いのままの行動が引き起こしたクリスマスの出来事を、
再び起こして、お姉さまや蓉子に迷惑を掛けないためにも、
そして、そのことによって傷を残した自分のためにも…。

「もう守れない…かも…」
胸を詰らせるほどの思いが声をかすれさせる。
「…聖さま、私、火傷してもいいですよ」
ちょっと考えた様子を見せた後、
私の背中に手を回し、優しく撫でてきた。

「…!?」
祐巳、あなたは…。
「心の中の炎で、自分自身だけを傷つけないでください」
祐巳の目は語りかけていた。
「全てわかっています」…そうだよね。
もう充分な時間を置いてきた。
じっくりと考えて、こうして祐巳にも考えてもらって…。

祐巳は私の目の前でゆっくりとまぶたを閉じていく。
それがどういう意味なのかもちろん承知の上で。
「据え膳食わぬは…」と言う言葉くらい祐巳も知っているだろうし。
私はキスをしようと抱え込むように祐巳の背中に手を回した。

祐巳がどんなに覚悟をしてくれていても、
私はキス以上のことをする気はなかった。
可愛い祐巳を汚す気がするから。
子供のような無垢ともいえるその心を、
私が汚すようなことが出来ようか。

愛し合うものがプラトニックでいられないことくらい、
私だってわかっている…経験済みだ。
だからといって…祐巳の鼓動が早くなっている。
体がこわばってる。そうだよね、きっと初めてだもんね。
ダメだ、もう我慢できない!!

私はそのまま体重を祐巳の体に乗せていくことを
止めることが出来なかった。

「おはよう、祐巳」
鳥たちの麗しき声と光のカーテンが朝を告げた。
私の隣には、生まれた時のままの姿の祐巳が横たわる。
マクラに肘を突きながらその無防備な寝顔を見入っていたが、
起きる気配があったから、声を掛けてみた。

「おはようございます…」
右手で目を擦りながら、寝ぼけているのか、
とてもゆっくりと朝の挨拶をしてくれた。
…が、次の瞬間、何も身につけていないことを思い出したのか、
それとも昨夜の二人の行動を思い出してか、トマト顔。

「おや、朝からお顔が真っ赤ですね」
布団の端をギュッと握って恥かしがる祐巳。
「ハハハ、照れてる祐巳、かわいいよ」
かわいいからそのまま抱きしめてあげましょう。

しばらく抱きしめた後、私は布団の上から
祐巳の耳がある辺りに顔を持っていった。
「一緒に住もうね祐巳…」
「えっ?」
何を言われたか、布団が邪魔して、はっきりと聞き取れなかったらしい。
布団の中身が動いたので、腕の力を弱めると、
祐巳の苦しそうな顔が布団の外に出てきた。
そんな祐巳の顔を目を細めて見詰める。
「祐巳、改めてお願いするわ。一緒に住んで」
「…はい、よろしくお願いします」
「ありがとう」

「さて、朝ご飯にしましょうか。そうそう、
ご飯の前にシャワー浴びてきなさいよ」
ベッドをでて、そばに用意しておいた服を身につける。
昨日の今日であまりにも普通と変わらない私に祐巳は困惑気味。
さっきから、顔の筋肉が忙しそうに動いている。
普通なわけがない。普通でいられるはずがない。
でも、そう振舞わないと、自分が壊れてしまいそうだ。
親父モードで祐巳を昨日の緊張から開放しよう…。

「ほら、百面相してないで、先に入って。…それとも一緒に入ろっか?」
「遠慮します」
「もう遠慮する仲でもないでしょうに」
「聖さま!!」
「あれ、違うの?じゃぁ、もう一回確認しましょうかね」
ふたたび、ベッドに入っていくと、まだ何も着ていない祐巳を腕に抱いた。
もちろん、本気で抱いてしまう気なんてなかった。
このまま布団の中で笑い転げて、祐巳に怒られて、
それで終わりにするつもりだった。そのつもりだった。

再び祐巳の柔らかな肌と、温もり、早くなっている鼓動を感じてしまうと、
自分の鼓動も高まり、理性というブレーキがどこかへ行ってしまった。



ご飯に味噌汁という、朝ご飯を食べ終わり、
今朝は祐巳が皿を片付けてくれた。
その間に、私はコーヒーをサイフォンで入る。
こんな生活が続くかと思うと、思わず顔が緩む。
そう、その生活を始めるために今私達はここにいるのだから。

「ここに一緒に住むのは、2年間ね」
それはこの部屋を借りられるのがあと2年だから。
「私は落第せずに卒業するつもりでいるから。
だから、そのあとは、二人ともお互いの道をいくこと。いい?」

お互いの作業を終え、ソファーに離れて座る私達。
「今、必要としているのだから、期間を区切る必要はあるわけ。
約束して。これからの2年間、私達はお互いの恋人同士でいることを」
「恋人ですか!?」初めて「恋人」という言葉を使ったからか、驚いている。
「姉妹でもないし、先輩後輩でもないし、たんに友人でもない。
やっぱり恋人でしょ、ちがう?それとも、愛人とか?」
コーヒーを片手に、首を傾げ「愛人がいい?」と無言で聞くと、
「恋人でいいです」との声と、オーバーな慌てぶり。

「よしよし。じゃぁ、とりあえず、これからの話は、一緒に住むという前提ね」
そういって、予め考えてあった部屋割のことや、細かい決めごとまでを説明し始めた。
「部屋の家賃は半々ね。…といっても、心配するほど高くないから」
この2年、ずっと二人の生活をシュミレーションしながら考えてきたことを
一気に話したから、メモをとるのに祐巳は忙しそう。
書き終わる前に黒板を消されそうになって慌てている祐巳の姿が思い浮かんだ。

「とまぁ、私の方からは以上かな。何か質問や、ご希望は?」
全部話し終えた後、こういったときのお決まり文句を言った。
別にわかってくれる必要はない。わからなければそれについて話す時間はいくらでもある。
「無いです」
「いきなりは思いつかないだろうし、何かあったら、その都度言ってきて。いい?」
「わかりました」
「よろしい」
私は大きくうなずいた。
そして、シュミレーションの中には入っていなかった、
でも、昨夜のことで話しておかなくてはならなくなったことに触れた。

「…ところで、昨日と今朝のことだけど…
祐巳はああいった関係、毎日もちたい?」
「毎日は…」
「ということは、たまにならいいってことよね」
「…」
黙って俯く祐巳。
祐巳の表情が冴えない。
やっぱり、私は間違っていたのか…。

「謝らないといけないね。無理矢理関係を迫ったわけだし。
でもね、言い訳かもしれないけれど、あれは正直に私を出した結果なの。
上手くいえないけれど、感情が、肉体と理性を支配したような感じ。
自分がしたいことを、祐巳が少しでも望んでくれていると思ったら、
抑えきれなかった。どうしようもなかった、ごめん」
言い訳かもじゃない。言い訳だ。
正直に出すことが必ずしも良いとわかっていたはずなのに…。

「また、昔を繰り返しているのかな、私…」
ほとんど無意識のうちに吐いた言葉。
当たっている。同じ過ちを繰り返そうとしている…。

「毎日…は無理ですけど、いいですよ、聖さま」
「祐巳?」
「私、好きだから、聖さまのこと」
祐巳から、私のほうへと近づいてきた。
ソファーの上に置かれた手をとると、
祐巳は胸の前にその手をもっていった。
胸に手が触れる。柔らかい。そしてまた感じる。
祐巳の鼓動を…抑えきれなくなりそうだ…。

「だから、こんなに鼓動、早くなっています」
「無理をしなくていい、祐巳!」
手を荒々しく振りほどくと、叫んだ。
「私は結局、距離を一歩置くなんて関係を築けない!
自分の思いに流されて、全てをめちゃくちゃにしてしまう!」
さっきも、昨日もそうだった。わかっているはずなのに、
祐巳に触れ、祐巳の鼓動を感じると、
どうしても自分の欲望が表に現れる。
全てを…心の体も自分の物だと印を刻みたくなる。

「全ての人に同じように接する必要は無いんですよ、聖さま…
聖さま、私、言いました。『火傷してかまわない』って。
ぶつけてください。聖さまの気持ち。確かに、私では力不足ですけど…
でも、好きなんです、聖さまのこと。私の全てを愛してください!」

祐巳…お見通しなんだね。
結局、栞とのことは置いているつもりだったけど、
どこかで引きずっていて、栞とのようにならないと、
意地を張っているのかもしれない。
もう二度と…失いたくない、傷つきたくないと。

「聖さま?」心配になって、声を掛けてくる。
祐巳、そんな顔にさせてごめんね。
これからは、笑顔の君だけにさせるから。

「ふーっ」と大きなため息をつく。
「やっぱり、祐巳ちゃんだ。私の気持ちを楽にしてくれる」
「二人とも、完全人間じゃないんですから、欠点見せていいんですよ」
「そうだね。祐巳、こんな私だけど、本当にいい?」
「だから、いいんです。そんな聖さまが大好きなんですから」
「私も、そんな祐巳が大好きよ」
二人で顔を見合わせ、大声で笑った。

そうさ、何があったって良いじゃないか。
二人だったら乗り越えていける。
二人の先にあるのはきっと…笑顔だね。

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