〜8〜

豆はさっき挽いてあったお気に入りのブルマン。
それをサイフォンで入れた後、祐巳のいるテーブルへ持っていった。
もちろん、自分では使わないけれど、砂糖と、ミルクも一緒に。

「いい香りですね」
「おっ、わかる?最近お気に入りのブルマンなの」
そういってから祐巳とは少し離れた場所に座り、コーヒーを一口のむ。
「いただきます」と言って祐巳もコーヒーに口をつけた。
(おいおい、ブラックはお子様祐巳には無理じゃないかい?)
甘党のくせに、何を思ったのか砂糖もミルクも入れずに飲んでいる。
おぅおぅ、顔を苦虫をつぶしたようにしかめちゃって。まったく。

「ほらほら、無理しない。はい、貸して」
そういって、砂糖と、ミルクを手早く入れ、スプーンでかき混ぜた。
「ほい、これでいいでしょう」
祐巳は大人ぶった行動を反省したのか、ちょっと肩を縮ませている。
笑顔と一緒にコーヒーを渡すと、首を少し縦に動かして「すみません」をした。
いいんだって。こうして祐巳のことを世話するのも私の楽しみなんだから。

「おいしいです」
「でしょ?」
祐巳の飲む飲み物の甘さには自信がある。
コーヒーはマグカップならスプーンで最低5杯。
ミルクはこれでもかってくらいにいれる。
おやおや、さっきまでシュンとしてたのに、もうニコニコ顔になっている。
よ〜し、話をはじめましょうかね。

「さて、落ち着いたところで、早速、話を始めますか。
どう祐巳ちゃん、少しは考えてくれたよね?」
「はい…」
「一緒に住むよね?」
「えっ、えーと、それはまだ思案中で、これから結論を…」

「あーっはははっ!!」
祐巳があまりにもかしこまった顔で真面目に話をするから、
ついつい大声で笑ってしまった。だって、予想していた行動。
あまりにもハマッテいたもんだから、笑うしかないでしょ。

「もちろん、結論を出してもらうために、今から話をするのよ。
ただ、祐巳が、どこまで考えてくれているのか確かめたかっただけよ。
でも、その分だと、真剣に考えてくれたみたいね」
そういって、目を細め、祐巳を優しく見詰める。
彼女がここに来て、こうして話をしていると言うことは、
少なくても住むことにも気持ちがあると言う証拠。
よっし、落とすぞ、がんばれ佐藤聖!!

「で、何か聞きたいことは?」
自分の方からよりも、祐巳の聞きたいことを聞いておこう。
「部屋の家賃でも、どの部屋を使うとか、掃除洗濯は誰がするかとか。なにか質問は?」
さ、してきてちょうだい質問を。どんどん答えるわよ。

「…栞さんのこと、今も好きなんですか?」
祐巳は、聞いてはいけないことを聞くようで、下を向きかけながら問い掛ける。
もじもじしながら、本当にすまなそうな表情をしながら。
まさかそんな質問が来るとは・・・ね。一瞬戸惑った。
栞のことを祐巳ちゃんが気にする。普通に同居するだけならそんなことまで気にする必要はないはず。
・・・つまり、祐巳ちゃんは私のことが気になっていて、
私が駆け落ちまでしようとした存在である栞のことが気になるわけか。
なるほど・・・そうか・・・。私はついつい笑顔になってしまった。

「…そういう質問がきましたか。祐巳ちゃん、一緒に住んでくれるつもりでいるんだ」
「えっ、まだ、決めたわけじゃ…」
「私と住みたいけど、私がいまだに栞のことを引きずっているんじゃないかと、
心配なわけだ。自分は、たんに栞のかわりなのかもしれないと」
心配そうにうなずく祐巳。確かに、直接的に裕巳は栞のことを知らないし、
私からもそのことを話したことは一度しかない。当然のこと。

「祐巳ちゃんて、恋人が出来たら、相手の今も、過去も、未来も束縛したいタイプ?」
笑顔はそのままで、祐巳の顔を覗き込むような体勢で聞いてみた。
「わからないです、恋人なんてできたことないから・・・」
ちょっと頬を赤らめている所が可愛い。
「じゃぁ、祥子のスールになって、祥子の過去を知りたいと思った?」
「はい、それは。でも、祥子さまには、祥子さまの過去があるってわかっているから、
むりやり聞くということはしませんでした…けど?」
「つまり、好きな人のことは何でも知りたいわけね」
「いけませんか?」
おお、言ってくれたね祐巳。それは告白と同じよ!

「私のことを知りたいわけは?やっぱり好きだからだ。
好きだから、私の全てを知りたい。一緒に住みたいから、栞のことが気になると。
嬉しいじゃない。一緒に住めるんだね、祐巳!!」
祐巳は何か言いたそうだったけど、それを言わせる前に、
自分の嬉しさを全て言葉にしたかった。
祐巳は私のことを好き。好きだから一緒に住みたいと思ってくれてる。

私は祐巳に近づくと、そのままその体に抱きついた。
「ぎゃん!」なんて声を出している祐巳を無視して、
頬に軽くキスもした。言葉だけじゃなく、体でも喜びを表したかったから。
「もう離さないよ・・・祐巳」

「ま、待ってください。ちゃんと答えてくださいよ!」
そう言いながら体全体でバタバタと脱出を試みる祐巳。
が、背後からがっちりと抱きすくめているから、
それが、無駄なことだとすぐに悟る。
じたばたするのが止むのを待ってから、再び話し始める。
もちろん、抱きしめたまま。

「祐巳が、栞のことを気にするのは当然よね。
でも、それは、私が祥子のことを気にするのと同じよ」
祐巳の顔を覗き込むと、祐巳も私のほうを真っ直ぐに見てくれた。

「栞のことが今でも好きかと聞くのなら、答えは『イエス』。
でも、今の自分に栞が必要かといえば、それは、『ノー』なのよ」
嘘を言っても祐巳にはばれてしまう。なら、正直に自分の気持ちを伝えるだけ。
目をつぶり、駅でずっと栞を待っていた自分を思い浮かべた。
私は今、あの時と同じ状況にいる。待っている。
福沢祐巳が私のもとにやってくるのを・・・。

「今の私に必要なのは、ここにいる、福沢祐巳という一人の人間なの」
そう、祐巳が必要なの。祐巳だけが必要なのよ。
目を開きながら想いを込めた言葉に、祐巳は戸惑いを隠せないよう。
「私が聖さまに必要とされるだけの人間でしょうか」
「祐巳、自分の価値というのは、自分では見出せないものじゃないかしら。
私にも難しくてまだわからないけれど、周りの人達が、
その人を通じて見た何かが、その人の価値じゃないかしら」
私は祐巳に自分にないものを見つけ、それを必要としている。
でも、祐巳はそれが何かわからない。不安なのかもしれない。

「聖さまが私を通じて見たものって何でしょう?」
「知りたい?卒業式の時に少し話したけど、
そうね、言葉を変えて簡単に言うならば、人間として生きる楽しさかしら。
祐巳を見ていると、『あぁ、一生懸命生きている』って感じがするの。
そんなあなたを見ていて、私も生きていることを楽しむことが出来そうになった。
だから、祐巳にお節介もしたし、私には似合わない役も何度も引き受けたわ」
「自分では、そんなつもりで生きてはいないんですけど…」
「だから、自分では、わからないものなのよ」
そういって、祐巳の後頭部にあった手でそこをなでた。

手を離す。そして両手で頬をはさむような形で、
私の方に顔をグイッと向けさせた。
「今の私があるのは、祐巳のおかげでもあるわけ。
そんな祐巳に、恩返しもしたいし、変った私を見てもらいたい。
できれば、これからの私もね。栞ではなく、祐巳、あなたによ」
真っ直ぐに祐巳に向けられた瞳には、祐巳しか写らない。
そしてゆっくりと言葉を続けた。冗談交じりではなく、真剣に。
「何より、私は祐巳のことが好きなのよ」

祐巳は何とか、声を出してきた。
「…聖さま、私の質問に答えていませんけど」
「今の私は、祐巳、あなたしか見えない。それが答え。
それ以上の答えをお望みというなら…」
そのままの体勢で、祐巳の唇に自分の唇を軽くあてた。

「どう?」
祐巳の驚いた顔を想像していたら、思いっきりはずれた。
それどころか、「もしかして、聖さま、照れ隠ししていません?」
と聞いてくる・・・うぐっ、もしかしてばれちゃったのかな?
「何を言っているのかな祐巳ちゃん?お姉さん何のことかわからないな〜」
「ごまかしても無駄ですよ。もうわかりましたから」
あら、もう親父モードは通用しないのね・・・。

今度は、祐巳から私の体に手を回し抱きついてきた。
「ゆ、祐巳ちゃん、君の方から積極的になってくれるのは嬉しいけど…食っちゃうぞ!」
もう無駄だとは思ったけれど、ついついでてしまうのは仕方がないな。
「いいですよ」
腕に力が込められている。すでに決心した表情。
・・・私ももう決めたよ。祐巳、君だけだからね。

祐巳の腕を私の体から外す。
真剣に私を見詰める祐巳に顔を近づける。
「本当に食べちゃうからね」
目をそらせることなく、祐巳も答えた。
「どうぞ」と。


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