〜3〜

私の本心からの告白を耳にして、
まだなにを言われたのか把握できないでいる祐巳。
汗をかいているのではないかと思うほどの動揺を見せている。
私は祐巳の隣に自分の体を移動させた。
祐巳は体が固まってしまったのか、動けずにいるようだ。

私は、自分がこれから行いたいことを止めるべきかと自問した。
…が、祐巳への想いが、そんな無意味な問いをどこかへと追いやった。
今祐巳を感じたい。今ここに、この場にいる祐巳を…。

「祐巳・・・、会いたかった」
私は初めて祐巳を呼び捨てにした。
自分と対等の立場にいて欲しいから。
今までとは違う態度を見せるという合図のつもりでもあった。

祐巳の息が感じられるほどまで顔を近づける。
高校時代、祐巳をからかっていたからか、
祐巳は私の行動を本気とは思えないようだ。
…たしかに、高校時代はそこまで思い切ることはできなかった。
今日は違うのよ、祐巳。今の私は以前の私とは違うのだから。

思いっきり目を強く瞑る祐巳の顔が目の前にある。
目を閉じ、ゆっくりと顔を傾けながら、祐巳の唇に、自分の唇をあてる。
ずっと求めていた祐巳の唇。想像していた通り、柔らかかった。
私はもっと祐巳を感じたかったのか、自然と腕を祐巳の体に回していた。

感じる。自分の鼓動が早くなっている。
同じように早まっている祐巳の鼓動。
強く、想いの全てを込めて抱きしめたい気持ちを何とか抑え、
まるで壊れ物を包むかのように祐巳を体で包む。
祐巳を、壊したくなかった。自分の一方的な想いで…。

長い長い口付け。それは2年という会えなかった時間を、
少しでも取り戻したいという私の気持ちの表れか。
そして、その気持ちが祐巳にも伝わったのか、
突然の口付けで硬直していた体が、徐々に緊張を解いていく。

私は目を閉じながらも、表情を休むことなく変化させる
祐巳の顔を思い浮かべていた。そして、それは事実であったようだ。
「祐巳、相変わらずだね、百面相」
唇をゆっくりと離してから、そう言うと、
祐巳の顔は明らかに赤みを帯び、下を向いてしまった。
また、緊張させてしまったかな?

「いやー、体同様に柔らかい唇。ずーっと、堪能させてもらいたいね」
ニヤッと笑うと、正直に自分の気持ちを伝えてみた。
すると、明らかに先ほど以上に顔を赤くすると、体を小刻みに震わせている。
「おや、体を振るわせるほど感動してくれているのかな。アンコールする?」
「し、しません、しません!!」
首を横にぶんぶん振り、赤面したまま、両手にこぶしを作り、叫ぶ祐巳。
「突然、部屋につれてきて、『一緒に住もう』なんていったかと思えば、きっ、きっ…」
「キス?」興奮してしまっている祐巳の替わりに言葉を出す。
「突然のキスなんてひどすぎます!」
半分涙ぐんでいる祐巳の声。
確かに冗談で「キスしちゃうぞ!」といってはいたけれど、
実際に唇に口付けをしたのは今が初めてだ。

「ごめんね。本当は今日は話だけするつもりだったのよ。
でも、久しぶりに祐巳に会って、こうして向かい合っていたら、
どうしても気持ちが抑えられなくなって。本当にごめん」
素直に頭を下げる。そう、今日は祐巳に会って、「一緒に住もう」と、
提案をするだけのつもりだったはずなのだ。…だけど、
いつのまにかに心が激しく何かに揺さぶられる自分がいた。
きっと、祐巳のその姿を見ただけで、自分の中にあった
心の堤防に、穴があいてしまったのかもしれない。

自分にはまだ無理なのだろうか。
好きな人だからこそ、距離を置くということを。
頭を下げたまま下唇を噛んでいると、
頭の向こうから、祐巳の声が聞こえてきた。

「せめて、前もっていってください…。びっくりしたじゃないですか」
えっ?祐巳、今なんて言った?
それって、私を受けいれてくれているってこと?
頭を上げ、少し首を傾げながら、祐巳の表情を窺う。
少し照れて入るが、落ち着いているようだ。
口から弾みで出てしまった言葉ではなさそう。

(祐巳、私を受け止めて…)
祐巳の肩を抱き、顎に手を添え、顔を近づけていく。
「祐巳、目を閉じて」

思い出す。2年前の卒業式の日。
クラスの教室で、一人何をするわけでもなく、
机の前に立っていた時、私の気持ちを知ってか知らずか、
祐巳が突然扉の向こうから現れた。

「忘れ物ですか?」
声を掛けられるまで、私は祐巳の存在に気付いていなかった。
ただ、何かを忘れているような、そんな思いに捕われていた時、
その祐巳の一言が、私を自縛から解放してくれた気がする。
(忘れ物…そう、忘れ物だよね)

祐巳に抱いた特別な感情。
それを伝えることなく高校を去る自分。
まだその時ではないと私はその想いを胸に抱いたまま
卒業するべきだと思っていた。…が、何かを残してしまっているような、
そんな気持ちが私の心を重くしていた。

それを軽くしてくれたのが、祐巳だったのは、
やっぱり何か運命的なものが働いていたのかもしれない。
祐巳と会話を交わしながら、どこまで祐巳への
想いを伝えたものかと、頭の中で線を引いていた。

「でも、私白薔薇様のために何かしたくて」
そう祐巳が話の流れで私に言ってくれた時、
「餞別、ってやつ?」
と、机を飛び降りて、伸びをして、冗談を装いながら、
「そうねー。んじゃ、お口にチューでもしてもらおうかな」
と言って、本気で祐巳に口付けを試みたっけ。
「カーット!」
そう祐巳に叫ばれて、逃げられたんだった。

(2度はなしよ)
「カットはなしよ、祐巳」
先手を打つに限る。すばやく祐巳に軽く釘をさす。
祐巳は戸惑っている様子は見えないが、
何か現実に追いついていない感じにも見える。

「いいね、祐巳」
そう言うことによって、さっき言われた祐巳の言葉を守ると同時に、
祐巳を現実へと戻そうとする。
祐巳は、わずかに首を縦に動かし、肯定の意を表してくれた。
(祐巳、感じて私の想いを…)
再び、祐巳の唇が私の唇と触れ合っていく。
先ほどとよりも、もっと自分を感じてもらいたいという
想いをこめた口付け。私の胸のうちで燻っていた、
祐巳への想いの炎が、再び燃え上がり始めていた。

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