〜5〜

祐巳が自宅に帰ると、私は部屋に戻り、リビングのソファーに身を沈めた。
体がわずかにだが震えている。・・・信じられない。この私が震え?

飄々と生活してきた私には、緊張や、恐怖で震えた事など一度もない。
そう、建前だけとはいえ存在する会長選挙の演説や、
大学の合格通知を受け取る時でも、震えなど起きなかった。
生まれて初めて自分が震えられることを知った私は、
おどろきよりも、嬉しさを感じていた。

「ふふふ・・・。ハハハ・・・。はっーははははは・・・!!!」

我が身を強く抱きしめ、震えているのを確認すると、
私は狂ってしまったかと思われるほどの大声で笑った。
これを笑わずにいられようか。この佐藤聖ともあろう者が、
この身を切られるようなつらい別れをするくらいなら、
二度と他人を求めないと心に決めていたはずの私が、
福沢祐巳という一人の女の子を心から欲しているのだ。
それだけじゃない。祐巳本人にも気があるのを察し、
そのままその身を奪おうとしていた。

なんていうことだ。栞以外にもこんな気持ちを抱けるなんて。
いや、それ以上の気持ちを祐巳は私に抱かせている。
一つになりたい・・・と言う気持ちはもちろんある。
栞の時と同様。・・・だが、それだけではないようだ。

祐巳に私を変えてもらいたい。
あの子のあの明るさ、素直な所、天然ボケな所は、
ひねくれまくってしまった私を真っ直ぐに戻す手助けをしてくれる。
汚れきってしまった私を・・・浄化してもらいたい。
栞とは別の意味で・・・だ。

魂の救いを私は栞に求めていたのかもしれない。
自然と同化し、そのままこの身と存在を抹殺したいと
願っていた私の前に現れた白き人に。

もしかしたら、この身を滅ぼそうとしている自らにせめてもの救いをと、
栞を巻き込もうとしていた・・・のかもしれない。
そしてそのことを栞は気付いた。一緒にこの世から消えるよりも、
苦しくても生きることを選ばせたかったのだろう。

そして、その後、私は志摩子と出会った。
今振り返れば・・・準備期間であったのかもしれない。
祐巳との出会いのための。人は必要とし、必要とされるという、
単純なことを志摩子と私は互いに学んだのだ。
そして、それがなければ、私は祐巳への気持ちを
自覚する事はなかったのかもしれない。

なら祐巳とはどうであろう。
高校時代からすでに抱いていた祐巳への熱き想い。
それは、共に未来を歩んでいきたいと言う気持ちだった。
もちろん、栞とのことで得た苦い経験からでもあるが・・・、
祐巳自身にそう私に思わせる何かがあるのだ。
そして、私は確信している。祐巳にも私が必要だと。

まるで壊れ物を手に持っているかのような感覚だ。
生まれたばかりの生命をこの手に抱いているような。
私はそれを見て、自分が生き返るのを実感しているのだろう。
そう・・・私の傷は癒されている。祐巳の存在によって。

そして、それを祐巳に告げ、共に手を取り歩むことを私は望んでいる。
もし、祐巳が私の申し入れを受け入れなかったとしても、
私は彼女のことを恨みはしない。もうすでに彼女からは
言葉では言えないほどのものをもらっているから。
それ以上のことを望んではいけないのだと、自らを諌めよう。

もし、申し入れを受け入れたとしても、学生時代だけに留めておこう。
(はっ、期限付きだなんて、志摩子との姉妹関係を結ぶ時にも言ったっけ)
もちろん、単純にこの部屋を借りていられるのも2年だからというのもある。
しかも、祐巳は短大に進学だから、私と同じ年に卒業を迎える。
学生時代のよき思い出にするつもりはないが、少なくても、
私達の関係がずっと続けられるものであるのか判断するのに、
それぐらいの時間の設定が必要だと思うからだ。

色々と思いにふけっていると、いつの間にかに体の震えは止まっていた。
その代わり、祐巳に自分の想いを打ち明けることができた達成感のようなもので、
心の中が熱いもので満たされるのを感じていた。・・・なんともいえぬ幸福感。

さて、祐巳が私との同居をどうするか考える一週間の間、
私はバイトに励むとしよう。そうしないと、幻想の世界にこの身をおいてしまいそうだ。
それは私には似合わない。どちらにせよ、シフトの変更をお願いしないといけない。
明日は、早めにバイトに行くとしようか。

「祐巳、今ごろ何を考えているのかな・・・」

おそらく私がキスをしたことでも思い出して、
顔から火が出るくらいの恥かしさを味わっているかな?
祐巳の豊かな表情の顔を想像し、私はようやく落ち着くことができた。

今日のこの良き日の思いを胸に抱いたまま、
今夜も健やかな眠りにつくとしよう。過去を振り返るためではなく、
未来を生きていく為に・・・祐巳と共にだ。


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