〜7〜


祐巳が泊まりに来る当日、私は朝からなにか落ち着けなかった。
朝、モーニングコーヒーを飲んでいる時には手がわずかにだけど震えていた。
バイトを入れておいたのは、結果的に良かったのかもしれない。
とてもじゃないが、こんな私を祐巳に見せることなんてできやしない。

バイト中は何とかいつもと変わらぬ様子を保てたと思うけど、
それでも、ふと、意識が飛ぶ感覚があった。もちろん祐巳のことで。
自分でも認めなければいけない。自分は恐怖していると。

一番私を私らしくしてくれる人物の選択を待つ我が身は、
十字架に磔られ、死と生とさえ自らの意思では選べぬ哀れな罪人のようだ。
・・・祐巳は私にとっての聖母マリアさまになってくれるのだろうか?
迷える子羊・・・私の魂を救いたまえ・・・って言うべきかな。

何とか、バイトを無事に終えると、すぐに店を後にする。
どうせ、祐巳は私がバイトに行っていることを知っているから、
そんなに早くは来ないはずだし、いきなり話に入るのも、
お互いに話しにくくなってしまうだろう。夕飯の材料と、
甘い物好きの祐巳のために、わりと評判らしいケーキ屋で
ショートケーキとプリンを購入して家路に着いた。

もちろん、何もしないで待つのが辛かったのがあったのも事実だ。





時計の針が19時を指す前に、我が家のチャイムが来客を告げた。
コンロの火を一度消すと同時に、大きく息を吸い込む。
私の不安な顔なんか祐巳に見せることなんて出来ない。
そして「はーい!」と、自らを奮い立たせるがごとく大きな声をあげ、
来客を出迎えるために玄関へと向かった。

来客者が意中の人だとわかってはいるが、
つい、小さな窓からドアの外に立つ人物を確認してしまった。
そこには、大きなバッグになにやら色々と荷物を詰めてもってきた、
少し顔に不安げな表情を浮かべる祐巳がいた。

(さっ、佐藤聖、しっかりしろ!!)
最後のハッパを自分に掛け、ドアノブに手を掛け、一気にあけた。
「やっ、本当に来てくれたんだ」
実際に祐巳がこうして来てくれたことに私は感激していた。
さっきまで抱いていた、不安と恐怖とを笑顔で覆い隠す。

「ごきげんよう、聖さま。お言葉に甘えて、泊まりにきました」
ぺこりと、お辞儀をする祐巳。うん、やっぱりかわいいよ、この子は。
そう思ったら、祐巳にいつも見せている自分が出てきた。
「ん、よしよし。しっかりとお泊りグッズ用意してきてるじゃない。
今日は、寝かせないわよ、ゆ・み!」

まさか、こんな軽口がいつものように自分の口から出るとは思わなかった。
だけど、不思議なことに、それが当たり前のように感じる。
逆に、不安を抱いていた自分が取り越し苦労ばかりいつもしている母親のようで、
思わず(年をとるとそうなるのかな?)と思ってしまった。

「もちろん、それって、夜通しで話そうってことですよね?」
「さーっ、どうかしらね?私の部屋、お客さま用の布団なんて立派なものないし、
今夜は、私のベッドで、二人っきり。食べちゃおっかなーっ!」
そう言って、「ガァー!!」と赤ずきんちゃんにでてくる狼のように、
祐巳におそいかかるマネをすると、さすがに祐巳に、
「かっ、帰らせていただきます」と回れ右をされてしまう。

逃げようとする祐巳の腕をとると、「冗談よ」とウインクしながら言った。
「とりあえずは、話をするだけだから、心配しないで」
「はぁ・・・」と気のない返事の後にのそのそとドアから入る祐巳。
「あの、予備の布団もないんですか?」
「ないわよ。でも、私のベッド、広いから大丈夫。
あれ、一緒に寝るの嫌なの?残念。
祐巳の柔らかい体を久々に抱けると思っていたのに。
大丈夫。予備の毛布はあるし、私がソファーで寝るから。
それより、いつまでも玄関に立っていないで、入った、入った」
ぽんぽんと、祐巳の肩をたたき、中に入るよう促す。

「お邪魔します」
ようやく靴を脱いでスリッパに履き替えた祐巳。
二人してリビングに向かおうと歩き始めると、
祐巳が素っ頓狂な声をあげた。な、なに?
「あっ、もしかして夕飯の準備してくれたんですか?」
「とーぜん!せっかく来てもらったんだから、
私の手料理ぐらい振舞わなくてどーします。
でも、時間がなかったから、パスタだけど、もしかして、夕飯食べてきちゃった?」
「ええ、軽く…。でも、食べられます」
「無理しなくていいからね」

祐巳と二人きりの夕食。もちろん、初めてだ。
これから祐巳とこうして食事をすることが出来たら、
どんなに楽しく、明るい食卓になるだろう。
目の前で急いで作ったカルボナーラを食べる祐巳。
ほんと、何ておいしそうに食べるんだろう。
これなら、作った私も、材料の生産者も幸せというものだ。

「さて、おしまいっと」
夕飯を食べ終えた後、「洗います」という祐巳の申し出を断って、
嬉しさを抱きながらお皿を洗った後、最後に、テーブルをふきんで拭く。
そして、食後のデザート用にお湯を沸かす準備をする。
その間、祐巳はリビングのソファーに座って、なにやら百面相をしている。
本人は見えていないと思っているのだろうけれど、意外と見えているのだ。

そして、そんな祐巳を見ている間に、自分を取り戻した私は、
久しぶりに祐巳をからかうことにした。まだ祐巳が緊張しているようだし、
そんな状態で話しを始めても上手く会話が進むとは思えない。
それに・・・やっぱり祐巳はからかい甲斐があるのがいいんだし!
よし、お湯が沸くまで、少しからかってリラックスさせましょうか。

「じゃぁ、祐巳ちゃんを、いただくとしますか!」
ソファーに座っている祐巳のすぐ隣に腰をおろし、
祐巳の上半身を自分の方に向ける。
「いや、ちょっと、聖さま…」
両手を前にだし、体全体で拒否をしようとする。
「おっ、祐巳は、そんなに私のことが嫌いなのか?」
表情を曇らせ、「お姉さんは悲しいぞ」といった感じの表情をする。
祐巳は目を大きく開け、首をブルンブルンと振りながら、
「す、好きですけど、これはちょっと…」と、焦りながら訂正をする。

(本当?)という感じで首をかしげると、
祐巳は思いっきり首を上下に動かした。
(なら・・・)体を少し動かして、いよいよ襲う動作を見せると、
さすがに祐巳の体もこわばり始めた。

・・・と、「ピーッ」と、お湯が沸いたことをケトルが告げた。
鳴るのがわかって襲い始めたのだけれど、
「ざんねん」と言って、笑いながら台所の方へと向った。
軽くため息と、うっすら脂汗をかいているようだけれども、
来た時ほど、緊張はしていないみたいだ。
よし、これならば一気に話を進めても大丈夫かな?


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