〜6〜

自宅に帰ると、母親が、玄関まで出迎えてくれた。
遅くなったのは、特に気にしていないよう。
「夕飯は、ご馳走よ」といって、支度に忙しそうだ。
私は部屋に戻り、制服を脱ぐ。アイボリーのセーラーカラー。
緑を一滴落としたような光沢のない黒の制服。この制服も、
もう今日で着ることがないかと思うと、普通ならば、
何か思いにふけるところだが、
今の祐巳には、そんな余裕はなかった。

「聖さまは私が好き」
祐巳は、つい先ほどまで一緒にいた聖さまとのやりとりを、
自分なりに整理しようとした。
「聖さまは私と一緒に住みたい。…私が好きだから」
思い出すだけでも、胸がときめく。
突然の再会。そして、一緒に住みたいという申し出。
…キス。そして告白。そのどれを思い出しても、
頭から湯気が出る思いである。

「本気なのかな…」
それが冗談でなければ、とんでもない申し出であることは間違いない。
もちろん、冗談だとしても、意地の悪い冗談だ。
が、どこかで、聖さまと一緒に住むのもいいかもと思う自分がいる。
いや、一緒に住みたいと考えている。
「ハ〜ッ」
大きなため息をつく。卒業すれば悩みが減るかと思っていたが、
生きている限り、悩みはつきもののようである。


それから、何日か、祐巳は、時間があれば、白薔薇さまだった頃の
聖さまのことを考えていた。約束の一週間まであと3日。
祐巳は自分の部屋の机の上に両肘をのせ、
手の上に顎をのせる形で、昔を思い出す。

高校生時代の聖さま。
前と変っていないといっていたから、
一緒に薔薇の館で過ごしていた日々を、思い出していた。
常に、祐巳は白薔薇さまに支えられていた気がする。
祥子さまのスールになれたのにもかかわらず、
どう接すればいいかとまどい、思いがすれ違うことも、よくあった。
そんな時、どこからともなく、手を差し伸べてくれたのが、白薔薇さまだった。

白薔薇さまは、ご自分のスールであった志摩子さんとは、
「鏡」の関係だといっていた。ある程度の距離をおき、
お互いの行動に口出し、手出しはほとんどしていなかった。
にもかかわらず、祐巳に対しては、それこそ、親身になってくれていた。
まるで、手のかかる後輩を持ったというよりも、志摩子さん以上に、
妹に対する、姉のような態度で接してくれていた気がする。

セクハラおやじみたいに抱きついたりしてきて、
祥子さまに焼きもちを焼かせていたのも、二人の関係が、
自然になるようにという、白薔薇さまなりの、心遣いだった気がする。
あの時は、気付くことがなかった、白薔薇さまの優しさが、今ならわかる。
白薔薇さまの行動は、どんなときも、祐巳のことを考えた上での行動だった。
中年オヤジ化して取っていた行動でさえ、祐巳を救うものであった。
「やだ、どうしよう。私、白薔薇さまのことが、好きになってく…」
思い出せば、思い出すほど、その思い出に胸がキュンとする。

思いに胸が苦しくなり、ついには、考えることを中断し、「バフーン!」と、
おもいっきり、体をベットの上にのせる。
「ふーっ。何で白薔薇さま、私のことなんかが好きになったんだろう?」
白薔薇さまが知っている祐巳は、勉強は、平均値。顔は、ふつう。
祥子さまが大好きな、ただただ、普通の女子高生だった。もし、あえて、
他の人と違う点を上げるとすれば、白薔薇さま曰く、「百面相」をするところぐらい。
勉強は、常に学年十番以内。美人とはいわないかもしれないが、
彫刻のように彫りが深く、目鼻立ちの整った顔。
下級生に人気があった白薔薇さまとは、雲泥の違いだ。
ベットの上で、目を閉じる祐巳。考えがまとまらなくなり、
思わず、睡魔に襲われる。そうでなくても、最近、このことばかり考えていて、
あまり寝ていない。

まぶたが重くなり、なんども、なんども、閉じては、開いての繰り返し。
ついには、ぴったりとまぶたくっつき、開くことはなかった。

春の優しい日差しが入る部屋の中で、祐巳は、白薔薇さまの夢を見る。
祐巳は、温室の近くを一人出歩いていた。
温室の壊れたガラスからのあいだから、白薔薇さまの姿が見える。
祐巳は、白薔薇さまに声をかけようと、温室に近づいていく。

「しろば…」声をかけようとして、思わず息を飲む祐巳。
白薔薇さまは、一人ではなかった。誰かを、抱きしめていた。
(志摩子さん?)はっきりとは相手の姿を確認できないが、
髪の色が、志摩子さんとは、違うようである。
(栞…さんだ)あったこともない人だけど、そこにいる人が、
栞だと、祐巳はわかった。

「ズキン!」
胸に痛みを感じる祐巳。
…と。夢から、目が覚める。

「栞さん…。白薔薇さま、栞さんのことはどうなっているの?」


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