〜9〜

「…ありがとうね、祐巳」
そういうと、聖さまは、私を両腕で持ち上げた。
「降ろしてください!重いですよ!!」
じたばたすると、重いだろうと、じっとしたまま叫ぶ。
「いいから、いいから」
我気にせずという感じで、そのまま、
聖さまの部屋に連れて行かれる。
(これは、その、何?)展開の早さに、動悸が高まる。

「ドアを開けてね」
両手がふさがっている聖さまのかわりに祐巳がドアを開く。
初めて入る聖さまの部屋。クリーム色の壁が目に入る。
そのまま、少し大きめの、セミダブルのベッドにゆっくりとおろされる。
「とうちゃ〜っく!!」
子供のようにはしゃぐ聖さま。聖さまって、普段は大人だけど、
小さな子供みたいな行動を取るときがある。
「どぉ、好きな人にお嬢さま抱っこされた気分は?」
「何も思うひまなく、終わっちゃいました…けど」
「ありゃ、ふつう、嬉しいらしいんだけどね。
アンコールはまた今度ッと」
と聖さまはいうと、ベットに仰向けに体を横たえた。

「こうして祐巳と二人でいられること、ずっと待っていたんだ」
天井を見ながら話す聖さま。
「嫌じゃない?」
「何がですか?」
上半身を起き上がらせると、すぐ隣に座る祐巳にキスしてきた。
「こんなことをする私。これ以上のことを望んでる私」
「嫌いだったら、ここにいません」
それは正直な気持ちだった。
目の前に聖さまの顔がある。
別に、ここから逃げ出したいなんて思えない。

「祐巳はいい子だね」
「子ども扱いですか?」
「そう。ちょっとだけ手のかかる体の大きな子供よ」
ちょっとだけ頬を膨らませ、反抗の意を示してみる。
それが子供っぽいことだとしっていて。
「ひどい言い方じゃないですか」
「でも、そこが祐巳の魅力なのよ」
(みりょく、それが?)子供っぽいのが魅力というのだろうか。

「大切なものが出来たら自分から一歩引きなさい」
「聖さまのお姉さまの言葉ですね」
「そう。その言葉を私は守ってきたわ。別にお姉さまがいった
言葉だからではなくて、自分に本当に必要なことだと思ったから」
聖さまの顔が、祐巳の肩にのる。
守ってきたということは、守る対象があったってことだよね。
それって、私のこと…でいいんだよね。
「もう守れないかも…」かすれるような声。

祐巳は、そんな聖さまの姿を見ているだけで、胸が押しつぶされる気がした。
聖さまと過ごした1年間で、見たことのない悩んでいるお姿。
今、この姿を救えるのは自分だけなのだろうか。私なんかでいいのだろうか。
再び不安を抱いたとき、祥子さまのスールになったときのことが頭をよぎった。
そうだ。あの時だって、悩んだけど、ふさわしくないと思うことが、
祥子さまが選んでくれた自分だからと、足りないことはそれから努力すればいいと、
祥子さまのロザリオをお受けしたのだ。それと似た状況。
(きっと、私しかいないんだよね…)うぬぼれでもなんでもない。
純粋にお互いの必要性を認め合う二人。

「…聖さま、私、火傷してもいいですよ」
聖さまの背中に手を回し、いたわるような仕草をする祐巳。
「…!?」
聖さまは祐巳の言葉を聞いて、体を離す。
口を軽くあけ、目を見開き、明らかに驚愕の表情をしている。
「心の中の炎で、自分自身だけを傷つけないでください」
これだけで聖さまならわかってくれる。

祐巳は、ゆっくりとまぶたを閉じた。
「どうぞ、襲ってください」って状況作ってるよ、私。
自分でも聞こえるぐらいの音で、心臓がドクドクしてる。
目を閉じてしまっているから、聖さまが何をしているかがわからない。
(先走りしちゃったかな…)
と、全身で、聖さまの体温を感じた。


次に進む 前に戻る マリ見てのページの戻る