〔2〕

渡されたメモ。そこには藍子の自宅の住所と、電話番号が書いてあった。
そして、「今日から3日ほど、両親は留守です」とも書かれていた。
私の頭は思考回路をフル回転に働かせ、藍子が話した言葉と、
行動とを分析しようとした。

藍子が私にずっと話し掛けてきてくれたのは、
どうやら、本当の私とやらに話し掛けたいかららしい。
(私のことを理解しているだって?自分だって、わからない自分を?)
なぜか、妙に腹立たしかった。私のすべてを見透かすような瞳を向けていた藍子。
第一、理解しているのなら、こんな、自分勝手な人間に、
ましてや同性に、告白なんかする筈がない。
「本当の私だって?あんたは私の何を本当だって決めつけるんだ?」

私は結局、藍子の自宅に行くことにした。
電話で行くことを告げるのは気が重かったが、幸いにして、留守電につながった。
留守電に、「19時にいく。話がある」とだけ入れておいた。
入れておいた時刻より少し前に、藍子の家に着く。

まだ留守のようなら帰ろうと思ったが、玄関に明かりがついている。
どうやら帰ってきているようである。
(なぜきてしまったのだろう)

今ならまだ間に合う。再び帰ろうかと思う。
しかし、藍子の言葉に惑わされたままと言うのも、
嫌なものである。本人に確かめなければいけない。
(えーぃ、どうにでもなれ!)
いつも表情を顔に出さない私には珍しく、
眉をしかめ、目を瞑り、火の中にでも飛び込むような顔で、呼び鈴を鳴らす。

「はーい!」
藍子の声が聞こえる。
どうやらお勝手のほうから向かってきているようだ。
そういえば、何か煮ているような匂いがする。
「はい、どちらさまでしょうか?」
今度は扉の向こうで声がする。
「高梨です」

「カチャッ」と鍵をあける音がして、
「キー」という金属音をさせつつ、扉が開く。
エプロン姿の藍子が、満面の笑みで私を迎える。
「来てくれたんですね。待っていました。どうぞ」
興奮しているのか、いつもより早口にしゃべる藍子。
扉を大きく開け、私を、中に入れる。
「お邪魔します」
そう言って、私は、靴を脱ぎ、玄関マットの上に揃えられていた、スリッパを履く。
藍子は鍵を閉め、私に、ドアが開いているほうへ向かうように指示をする。
そこは、リビングだった。奥にはダイニングがあり、二人分の食事の支度がされている。
扉のところで立ち止まっていると、藍子が私の脇から部屋の中に入ってくる。

「沙紀さん19時にきてくれるって留守電に入れてくれたんで、
急いで支度したんですよ。先、食べませんか?」
何を考えているのだこの子は。私は「話し」をしにきたのであって、
「食事」をしにきたわけではない。

「せっかくで悪いけど遠慮する」そう言うと、
藍子が、私の顔を覗き込んできた。
「沙紀さん、私の料理、まずくないですよ」
そうじゃないだろ。うまいまずいではなく、
食事そのものが必要ないのだ。
あからさまに不快の表情を顔に表すが、
「いいから、いいから」と、藍子は一向に気にせず、
私の背中を押し、無理やり、食卓につかせる。

こうなったら、はっきり言ってやる。
「どういうつもり?」
藍子の顔を思いっきりにらみつけ、低い声を出す。
「もちろん、一緒に夕飯を食べるんです」
暖簾に腕押し。聞かれるのがわかっていたのか、
落ち着いて答えを返してくる。逆に、私がうろたえている気がする。

「そうじゃない。昼間のあのことも含めて、何で私にこんなことするの?」
「好きだからです」
「それだけでこんなことが出来るわけ?」
「そうです」
わからない。なぜ藍子がこんな行動を取れるのか。
それもこんな私を好きになって。

「…わかった。食べさせてもらう。そのかわり、
この後、私が聞くことに答えて」
食べる方が言う台詞ではないが、私が
望んでいたわけではないのだから、許されるはずだ。
「ありがとうございます」
嬉しそうにお礼をいう藍子。
普通なら、お礼を言われるのも変だが、ここは放っておく。
まずそうにも、おいしそうにもたべず、ただ、もくもくと胃の中に
料理を収めていく。正直、味はまずくなかった。


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