〔3〕
30分もした後、私は藍子と、片付けられたテーブルに
向かい合わせで座っていた。
藍子は、私が問いを発する前に、一気にしゃべりだした。
それは、どれだけ私が自分を偽って日常を過ごしているかであった。
それがどうした。私は自分を偽ってなんかいやしない。
あんたが勝手に自分のイメージを作り上げているんだろうよ。
私は、あんたの人形じゃない。あんたの思い通りになんかならない。
そう思って、話を無視しようと、顔を藍子からそむけようとした時である。
「しっかり聞いて!」
椅子から体を持ち上げ、両手で私の顔をはさむようにして、
自分の顔を見るようにと、固定される。(なんだ?!)
「私、あなたのことがなぜかわかるの。
…正直、始めはわかりたいなんて思わなかった」
「こっちだってわかって欲しくないね」
「そうあなたがそう考えていると思って、
最初は、お節介するのもやめようと思いました。
あなたのためを思うのなら、それもいいかもしれないと」
「ならなぜ、かまう。私はかまって欲しくなんかない。
誰とも付き合いたくない。私を一人にしてくれ!!」
藍子の腕を力任せに振りほどいた。かなり興奮している自分がいる。
ハッとした。思わず叫んでしまった。なんて失態だ…。
藍子の表情を見て驚く。安心している表情だ。
「ちょっと、本心を出してきてくれた。よかった…」
「私が沙紀さんにお節介するのは、
別に、沙紀さんを救いたいとかいう、親切心からではないです」
「じゃぁ、何よ。哀れみ?誰とも上手く付き合えない
私に、慰めようとでも思ったわけ?」
「私はそんなに立派な人間ではありませんよ」
藍子という人物が気になりはじめる自分がいるのに気がついた。
口では、突き放そうとする言葉が出るが、
心のどこかで、この正直に自分を出すこの一人の人物が、
私を動かそうとしているのを感じる。
なぜ?今までこんな子が自分の周りにいなかったから?
「私は、沙紀さんが好き。この気持ちに正直になっているだけです」
「何で、私なんかが好きなの?」
「『なんか』なんていって、自分のことを卑下しないでください。
沙紀さんは、素敵な人なんですよ」
「あなたは私のどこを見てそんなこと言うわけ?」
「全部です。沙紀さんの、全てです」
「外見はまだしも、人間の心は、目に見えないわよ。あなたはそれを見たというの?」
藍子は、微笑んでいる。それが余計に私を腹立たせる。
「ねえ、何とか言いなさいよ。あなたに私の何がわかるっていうの!」
「もちろん、心は目では見えません。でも、心の形は外見や、行動、それから、
言葉に表れます。それに、心は…心で感じることが出来るんです
沙紀さん、こういったら、『私は心なんか外に出さない』って思ってるでしょ?」
だんだん、藍子のペースにはまっている。それだけじゃない。
それに反抗が出来なくなりそうになっている。
「確かに、普段は沙紀さん意識して自分を出さないようにしています。
でも、実際は逆なんです。それで、出しているんです」
そういって、私のほうに視線を合わせる。
「私にはわかります。沙紀さんは愛されることを望んでいます。
何が原因かは私にはわかりません。でも、沙紀さんの心は、
求めているんです。のどの渇いた旅人が、オアシスを求めるように。
無条件の愛を…まだ、自分では気づいていないと思いますが」
(私が、愛を求めてる…!?)ちがう、ちがう!ちがう!!
そんなはずない。そんなことあるわけがない。私は一人だ。
ずっと孤独であるべきなんだ。愛なんて、愛なんて…。
テーブルの上に手を組んでおき、その上に頭をのせる。
体が、震えている。言葉にならない思いが、体を動かさせる。
「沙紀さん」
驚いた。気づかぬうちに、藍子は、私の背後に立ち、
私の背中から、自分を覆いかぶせる形で、体を預けてきた。
柔らかな感触が、私の心を揺さぶる。
「私が、私だけが、沙紀さんに愛を与えられるんです。
だって、私は…本当に沙紀さんのことを愛しているから」
私の手に、自分の手を重ねる藍子。跳ね除けることを考える思考能力を、
私はすでに無くしていた。
「私は、沙紀さんから何も望みません。
何も欲しいなんて思いません。
だって、沙紀さんの喜びが、私の喜びなんです。
あなたが愛を望むのなら、私はあなたを愛しつづけます」
そういって、私の手を取り、顔を近づけ、口づけをする。
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