映画のページ

千と千尋の神隠し /
Spirited Away /
Chihiros Reise ins Zauberland

宮崎駿

2001 J/USA 125 Min. アニメ

声の出演者
(オリジナル版)

柊 瑠美 (千尋、千)

内藤剛志 (父親)

沢口靖子 (母親)

入野自由 (ハク)

菅原文太 (釜爺)

玉井夕海 (リン)

夏木マリ
(湯婆婆、銭婆)

我修院達也 (青蛙)

見た時期:2003年6月

2002年 ベルリン映画祭参加作品

さらに後記: わりと有名な映画雑誌で千と千尋の神隠しは破格の扱いを受けました。 スターウォーズマトリックスなど超大型映画ですと、特集記事が出たりと、全然別な扱いを受けますが、普通に扱われる映画の中ではこれまでに例のない良い扱いです。「普通の扱い」というのは写真が1、2枚と解説で良くても1ページ、「中ぐらい」で半ページ、運が悪いと箱の中にいくつも他の作品と並べて入れられてしまいます。ところが千と千尋の神隠しは4ページ。写真は大きな物が7つ、小さな物が7つ。宮崎氏の他の作品にも触れています。解説を書いた人は非常に誉めています。有名な普通の新聞雑誌でもおおむね点数が良くて、硬いことで有名なシュピーゲル誌も合格点を出しています。ライバル社はライバルなので悪い点をつけました。私は視点がプロの批評家とは違うので辛目ですが、元々出来の良い作品だという認識で注文を出しており、私は注文のうるさい客だということです。

ちょっと話がそれますが、全職殺手ファンタに出た後、暫く小さな規模で公開され、その後 DVD が出ています。評価は75%程度で、まあ良い方。その他ファンタに出た作品は直接ビデオや DVD に行ってしまうケースが多いようです。もののけ姫もファンタに出、その後どうやらちょっと映画館で公開されたようですが、不発弾。あちらは公開する時会社の方にあまり気合が入っていませんでしたが、千と千尋の神隠しではどうやら始めから気合入れてかかったようです。

後記: ベルリンでは今日から公開されます。今週同時に公開される作品にはこれといって目立ったものがない幸運なスタートを切ります。ラジオの紹介では千と千尋の神隠しが1番目でした。スターウォーズハリー・ポッターと同時ですと、知名度のために観客がそちらへ流れてしまいますが、今週は大人向けも子供向けも知名度の高い作品が入っていません。

ラジオのアナウンサーは「チヒロ」と発音するのに苦労しています。文字を見るとドイツ人は「ヒヒロ」と発音したくなってしまい、最初の「ヒ」は「イッヒ・リーベ・ディッヒ(Ich liebe dich)」の「ヒ(ch)」のように最後が少しかすれるような発音、2つ目の「ヒ」は普通の「ヒ」、そして「ロ」は「LO」でなくて「RO」なのでフランス人が発音する「R」のように喉の奥の方から出て来ます。それを連続して発音しなければならないので、ちょっとしたストレス。

もののけ姫が日本で成功したという話がまだ記憶に新しいですが、千と千尋の神隠しが大成功したという話が今年のオスカーより前にもう耳に入っていました。監督はイラク戦争を気にかけてオスカー・パーティーには出席しませんでしたが、作っているスタジオがジブリ(砂嵐)というのでは何となく納得の行く話です。丹念に人間を描く監督は戦争で人が死ぬ事に心を痛めるのでしょう。

ドイツでこのアニメが日本のような成功を収める兆しはありませんが、どうやら正式に映画館には来るようです。アニメ、マンガに関しては近隣の国の方が先進国で、ドイツはまだこれからという市場ですが、徐々にでき始めています。マニアの間だけでなく普通の映画館でも公開され、普通の人が見に来るというのは、お先真っ暗でないという風に受け取って構わないでしょう。

日本のアニメはドイツでも一部の人の間では結構長い間好まれています。アニメ関係の専門用語を知っている人もいますし、日本にアニメの勉強のために留学しようという人もいます。ドイツにもアニメに力を入れている映画学校ができたりしています。しかし映画館を見ると典型的なディズニー作品や最近のコンピューター・アニメなどが力を持っていて、もののけ姫千と千尋の神隠しはまだこれからがんばらなければならないジャンルです。しかし大人の観賞にも耐えるストーリーを出して来る日本には勝ち目はあるでしょう。

さて千と千尋の神隠しの内容の方ですが、私は世間一般と違う所で感心しました。ストーリーはご存知の方もおられると思いますが、夫婦と10才ぐらいの娘の3人が車で郊外へ引っ越す道中不思議な廃墟に迷い込みます。「アミューズメント・パークが倒産して荒れ果てているんだろう」というお父さんの推測に賛成したくなるような、和中折衷の無茶苦茶なデザインの建物が並んでいます。色はやたら赤を強調してあって、あまり日本的でなく、食べ物は中華。ところが家の中は日本的な要素もふんだんにあって2時間近い上映中不思議な魅力に取りつかれていました。

普通ですと主人公の女の子は良い子。ところがこの千尋はちょっと問題児。両親は素直な心の持ち主で、素直にあたりの景色に驚き、好奇心を見せるのですが、千尋はあまり周囲に溶け込もうとせず、頑固です。ガリガリに痩せているのにあまり物を食べたがりません。

その彼女が神の国に迷い込んでしまい、いろいろな事を体験し、最後に両親の所へ戻って来るというストーリー。オズの魔法使い、青い鳥などのパターン。この2つの物語では主人公は旅をしますが、千と千尋の神隠しでは舞台は大きな建物の中。彼女は人間なので生臭く、神に人間だということがばれると大変な事になるという設定にしてあります。それでも時々千尋を助けてくれる者がいて、話は進みます。千尋がいる場所は神が保養に来る所で、千尋はお風呂の掃除を受け持ちます。これまで人のために働くという事をしていなかった千尋にとっては辛い仕事です。そうです、これは教育映画です。

画面は非常に日本的、中国的になっていますが、ストーリーには西洋的な考え方も盛り込んであります。日本人はそれほど名前というものにこだわりませんが、ドイツ人などを見ていると、自分の名前で呼ばれるかどうか、人が名前で呼んでくれるかどうかに日本人では考えられないほどこだわります。私などは人が私という存在を認識して、それなりに普通に扱ってくれればそれだけで大喜びしてしまいますが、ドイツ人にとってはその人の名前を覚えてもらい呼んでもらうということが、どういう扱いを受けるかより前にある重要問題。「この国は毎日が選挙運動か」とマジで思ったこともありました。

名前などは結婚すれば変わる、養子に行けば変わる、死ねば戒名に変わる、落語家は昇進すれば変わる、昔は子供が大人になるだけでも名前はどんどん変わりました。前の名前が使えなくなったからといってその人が死んでしまうわけでもなく、主体性を放棄してしまうわけでもありません。その人はずっと存在し続けるのだと私は考えるのですが。 千尋が本名を認めてもらえず千になってしまい、物語の最後にまた千尋になる、ハクが自分の名前を忘れてしまったというのがストーリーで重要な意味を持つのは、私に言わせると非常にバタ臭いです。

ストーリーの方は心理学の大衆科学のように月並み。最近世の中で見られる各種のトラブルを献立表のようにずらっと並べシンボル的に出し、その登場人物が最後にそれなりの解決を見い出すという、そうです、これは家庭内、身近で問題を抱えている人たちのための生き方マニュアルです。日本で本を読む大人は、問題がある時それがどういう問題なのかは大体分かっているでしょう。困難を感じているのは「家庭内暴力だ」「自己中だ」「依存だ」「拒食症だ」などと理解した後、「じゃ、どうしたらいいのか」が本人にも、周囲の人間にも分からないという点です。

この作品を単純に解釈すると「貰うだけに慣れていた過保護気味の少女が与えることで救われる」という図式が見えて来ます。しかしわがまま、自己中だった人が180度転換して急に人のために何かをやりだす・・・のだったら問題だなあと思います。世の中を人のためだけに生きるというのは修道院にでも入り全財産を神に託した人(これはちゃんとした契約)だけにしておかないと大きな問題を起こします。

千尋がこのアミューズメント・パークを去った後どういう人間に育っていくか、180度の転換でなく、90度程度にして適度に自分本位、適度に相手の事も考えるといった具合にバランスが取れるか、それとも180度で自分をきれいに捨ててしまい、他人のためにのみ生きるのか、その辺はちょっとあいまいです。どうせ教育映画を作るのなら、この先がどうなるかをもう少し詳しく、きめ細かく示してもらいたいところです。

もののけ姫千と千尋の神隠しと大作を2つ興行的にも成功させ、海外でも良い評判、オスカーまで取ってしまったので、将来に大いに期待したいところですが、監督は年齢を感じてそろそろ仕事の縮小を、などと考えているようです。私はその監督の生き方の方に手本を見たような気がしました。あるインタビューで「この仕事はかなりのストレスになり大変だが、一緒に仕事をしてくれる人が主体性を発揮し、がんばってくれた」というような趣旨の話を読みました。監督自身はその、ほどほど、90度転換という、自分にも人にもちょうど良い角度を発見したのだなあと思いました。

2時間を越える間画面は私たちの世代の大人を充分楽しませてくれます。 子供、ティーンの頃、20歳から30歳になる頃などに色々旅行をしましたが、ああいう大きな和風の宿に泊まったこともあり、千尋が眺めたような場所で窓から外を眺めたことがあり、素晴らしく大きなアジサイ、つばき、梅が庭に咲いている家に住んでいたこともあり、とにかくいろいろなシーンに魅了されました。その旅行中出会った人たちもついでに思い出し、私にとっては旅のやり直し、二重に楽しめました。全体的には何度も言うように日本文化と中国文化の折衷のような作りですが、後半出て来る湯婆婆の双子の姉銭婆が住んでいる家は不思議なことに北ドイツの農家にそっくりでした。千尋が終わりの方で乗るような2両連結の電車に乗ったこともありますし、小さな人のいない駅に降り立ったこともあります。二条城のような派手なデコレーションのついた建物を見た事もあれば、あっさりした木造家屋も見た事があり、そういうものが2時間至る所に出て来ます。おまけに私には千尋という名前の友達までいました。その子は全然問題児ではありませんでしたが、小学校で普通の子として知っていたので、千尋というのが珍しい名前だとは知りませんでした。映画では珍しいと言われています。

返す返すも残念だったのはキャスト。日本の名だたる大スターが声の出演をしていますが、ドイツ語版は吹き替え。しかしそれでも楽しい2時間でした。

この後どこへいきますか?     次の記事へ     前の記事へ     目次     映画のリスト     映画以外の話題     暴走機関車映画の表紙     暴走機関車のホームページ