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グッバイ、レーニン! /
Good bye, Lenin!

Wolfgang Becker

2003 D 121 Min. 劇映画

出演者

Daniel Brühl
(Alexander Kerner)

Katrin Saß
(Christiane Kerner - アレクサンダーの母親)

Maria Simon
(Ariane - 姉)

Chulpan Khamatova
(Lara - ロシア人看護婦)

Florian Lukas
(Denis - 電気屋)

Alexander Beyer
(Rainer - 姉の夫)

Burghart Klaußner
(Robert Kerner - アレクサンダーの父親)

Michael Gwisdek
(Klapprath - クリスティアーネの元上司)

Christine Schorn
(Schäfer - 近所の人)

Jürgen Vogel
(警察に捕まったデモ隊)

見た時期:2003年4月

速報:   ダニエル  ブリュールはそのうちにブレークするだろうと思っていましたが、遂に来ました。第16回欧州映画賞を一人占め状態。ベルリンで開催され、6賞取りました。

ブリュールは今年の欧州を代表する俳優と観客賞に選ばれ、共演した Katrin Saß、監督した Wolfgang Becker が監督賞と観客賞、脚本を書いた Bernd Lichtenberg が最優秀脚本賞。ドイツ国内では600万人以上の観客を動員。ドイツとしてはかなり良い成績です。来年のアカデミー賞にも欧州代表として出品されます。ブリュールはつきまくっています。経営状態の心細かった監督の経営する会社は当分安泰。

同賞では他に欧州を代表する監督にラース・フォン・トゥリアが Dogville で選ばれ、この作品は撮影賞も取りました。最優秀女優賞はスイミング・プールのシャーロット・ランプリング、撮影賞には Dogville28日後・・・で名の知られた Anthony Dod Mantle、新人賞はロシアの Andrei Zvyagintsev、ドキュメンタリー賞は S21, La Machine de Mort Khmere Rouge、最優秀外国映画賞はカナダの Les Invasions Barbares が入っています。

2003年12月7日

ばれます。

長い間見ようと思っていたのですが、機会がなくて先送りになっていた作品です。イースター休暇中にある映画館が午前中の回を格安にしたので、見に行きました。

できた当初から評判のいい映画で、出演者も密度が濃く、賞もたくさん取っているので失望することはないだろうと思っていました。賞を取ったからと言っておもしろいとは言えませんが、出演者の名前を見て大丈夫そうだという予測はついていました。コメディーということになっていたのでコメディーを期待していたのですが、そしてジャーナリストの書く批評には愉快だ、ユーモアだというトーンがありましたが、どちらかと言えば悲喜劇のの方が強いような印象を受けました。

作った側は100万人に見てもらえたらいいなあ、と夢のような事を考えながら、実際は負債を抱えて会社の将来も怪しくなるのではと心配していたそうです。100万という数は夢のまた夢のつもりでした。 この会社ドイツで有名な監督が3人でやっていて1人はラン・ローラ・ラン(下へスクロールして下さい)やヘブンを撮った人です。そのぐらい有名な監督が参加している会社でも、ドイツは台所事情が厳しく、資本は直接ハリウッドのアメリカ映画に投資されてしまうのだそうです。ドイツの大臣がオスカーの授賞式に招待されそうなぐらいの額を投資しているので、ドイツは映画に無関心な国ではありませんし、最近は一時に比べて映画関係者が活発になっていますが、ドイツの映画人は国がハリウッドでなく、国産の映画に投資してくれたらいいと思っているようです。

さて蓋を開けてみて目を白黒させたのはこの3人の監督。あれよあれよという間に、というか具体的には最初の数週間の内に400万近い人が映画館に来ました。6月現在で570万人を突破。マーチャンダイスもうまく行き、売れる売れる。1番驚いたのはこの3人だったというのは愉快ですが、私も間もなく日本で公開されるマニトの靴にどこまで迫るか楽しみに見守っています。公開後すぐの雑誌の発表ではすでにトップテンの1位に入っていました。

あらすじに行きます。見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

1980年代の終わり、東ベルリン。母親教師、息子21歳、娘大学生の3人暮らし。医師の父親は何年も前に西ドイツの会議に出席したきり亡命。そのショックで母親は一時精神を病みますが、やがて回復し、優等生の党員になり、2人の子供を立派に育てています。

ソビエトのゴルバチョフが東ドイツのホーネッカーを訪ねる頃、東ドイツ人が近隣の東欧で西側の大使館に大挙して押し寄せ西側に亡命を図ろうとしました。東ベルリンに残った人は毎日デモをしていました(実話)。息子アレックスもデモに参加。同じ日、母親クリスティアーネはホーネッカーに表彰されるために町の中心に向かっていました。息子がデモ鎮圧の警官に殴られているところを目撃した母親は心臓発作を起こし、意識不明。

昏睡状態が8ヶ月続きます。その間にベルリンの壁は崩壊、ホーネッカーは取引の末夫人と一緒に南米に住んでいる娘の所へ移住(実話)。彼の裁判は私の住んでいる所から自転車で5分ぐらい行った所で行われ、公判のある日はジャーナリストが恐ろしい数来ていました。この時期言われた事、言われなかった事など、片寄りがあり、公正だったか、あるいは双方都合の悪い事は言わないということで手を打ったのか、どうも分かりにくい裁判でしたが、とにかく暫くして一件落着。ホーネッカーが病気で死期が近づいていたこともあって、あまりむごいことはしなかったようです。ユーゴスラビアやイラクの事を考えると、なんとまあ静かな解決だったかと、これは今になって言える事で、当時のマスコミは大騒ぎでした。

この大騒ぎは昏睡状態から覚めたクリスティアーネには刺激が強過ぎ「次に発作が起きたら命はないものと思え」と医者から強い警告を受けます。これがアレックスを飛んでもない計画に追い込みます。

そんな事できるわけないと、素人の私でも思いますが、それをやってしまうところがダニエル  ブリュール。最初発作の影響で体が不自由になっており、トイレに立つこともできず、クリスティアーネは(都合よく)ベッドに釘付け。それで部屋の内装を東風に戻す程度で済みます。

井上さんのサイトを読んでいる方は50年代以降生まれた人が主流なのででしょうか。ここでちょっと御両親に話を聞きながら想像してみて下さい。1945年秋に昏睡状態から覚めたお母さんを失望させないために「戦争は終わった、日本は苦戦の末勝った」と称してアメリカの製品は一切目にとまらないように隠し、戦前、戦中の日常品だけを出し、テレビはないからラジオ放送を大本営発表風に当時のしゃべり方でやります。日本人の大人はあまり誕生日は派手に祝わないので誕生パーティーではそれほど問題は起きないと思いますが、隣組、挺身隊などと言って近所の人を集めてみたり・・・こういうのどのぐらい持ちこたえられるでしょう。長く続くとは思えませんねえ。2009 ロストメモリーズの舞台となった時代の様子はこれと似ていますが、あちらはあくまでも SF で、伊藤博文暗殺が失敗し、日本は大戦でアメリカと組んでいたという設定。映画の中では事実です。それに対してグッバイ、レーニン!ではアレクサンダー以下母親を除く全員が事実を重々承知している・・・無茶ですねえ。

ところが母親は徐々に健康を回復し、食欲も出て来るので、東丸本舗のきゅうりのピクルスが食べたいと言い出します。壁が開いて半年以上経ってしまい、そんな物は東のスーパーにも売っていません。仕方なくごみ箱を漁り、空き瓶をみつけて来て、西側のピクルスを入れ替えて出します。これがジャム、コーヒー、蜂蜜に拡大し際限なく続きます。

次にテレビが見たいと言い出します。まだ刺激が強過ぎるからと説得してもだめ。そこで新しくできた西側の友達デニスが助け船。2人は電気屋なので、ビデオ・レコーダー、カメラなど機材を自由に使え、それで古い東の番組のビデオを編集したり、一部改ざんしたりして、毎日ニュースとして流します。

誕生日には近所の人に頼み込んだり、子供に金を払ってかき集め「党の発展を祈る」などという挨拶をし、非常に東的な演出。終わってほっと胸をなでおろしますが、次から次からハプニングが起こって、計画が破綻しそうになります。グルでやっている家族や恋人にも「正直に言った方がいい」という意見があり、アレックスは落ち着く暇もありません。

その上アレクサンダーには分からないのですが、観客にはクリスティアーネのアルカイック・スマイルがどうも引っかかる。この母親もしかして真実を見抜いていて、孝行息子の努力をうれしく味わっているのではないか・・・ちょっとそんな疑問を起こさせるようなあいまいな微笑を見せます。女優の微笑み1つでそんな不安感を観客にもたらす、なかなか工夫ができています。

話はどんどんエスカレートして行き、最後には東ドイツの公平な生活が良くて、資本主義に懲りた西の住民が壁を破って東へ移住して来た、寛容な東ドイツは西の亡命者をあたたかく受け入れることにしたと、歴史を180度回転させてしまいます。 母子を残して西へ亡命した父親も最後には花束を持って現われ、シャリテーといううちの近所にある病院で母親は2度目の発作の後静かに息を引き取ります。

どがちゃかどがちゃかやりながら辻褄を合わせるというところがコメディーなのですが、脚本は東の人の立場も配慮しており、西側の人間として見ていても、足元からこれまでの体制がガラっと崩れただけでなく、すぐその後に西側の文化がどっと押し寄せて来たための 変化、ゆっくり考える暇もなくすぐ激しい変化に適応せざるを得なかった人たちの事が思い出され、ただ笑い飛ばすことはできません。良く考えてみると、戦争が終わったばかりの日本、イスラム体制だった所へいきなりやって来たアメリカ人など、時々こういう事が世界では起きています。ドイツでは家屋が壊され、電気が止まり、動物園のライオンが射殺されるなどということはありませんでした。そういう意味ではまだ幸運な混乱だったと言えるかも知れません。

この映画を日本に輸出して、受けるかが問題です。注釈をたくさんつけなければ行けない映画というのは原則的には出来が悪いと考えています。映像、サウンドなどで世界で通用する普遍的なものを表現する監督が偉いなどと考えることもあります。しかし グッバイ、レーニン!では特に目立つ技術的な手法は使っておらず、普通に正面から撮影しているだけ。外国人のためにたくさんコメントをしなければならないのは、仕方ないでしょう。ドイツという国の日常がアメリカの日常ほど知られておらず、最近40年の東西ドイツの事情を知らなければこの作品は味わえないからです。こういう事情を知らずに見ても理解できるのは親子、家族の絆というテーマだけ。それだけに120分も使い、家具、食器、本のタイトル、町並み、テレビ番組など細部に渡る描写を延々見せられては、観客は退屈してしまいます。

逆にドイツではこの延々と見せられる細部が強みになっています。西ドイツの人などは外国人と同じように改めて勉強しなければ分からないような部分もあります。そういう設定のストーリーの主演に西ドイツ出身のダニエル  ブリュールを置いたというのは冒険ですが、この俳優学校に行かなかった天才少年(最近は青年に成長して、婚約者もできたようですし、ベルリンに住んでいます!)は軽くこなしてしまいました。ついでですがもう1人の俳優学校に行かなかった天才俳優ユルゲンフォーゲルもちらっと顔を出しています。この2人、全然タイプが違うのですが、いつか名監督が現われて共演(競演)させたら凄いだろうなあと思います。2人ともコメディーが得意ですが、シリアスなものでもその辺の俳優が色あせて見えるような演技をする人たちです。

私は壁がある間ずっと西側のベルリンに住んでおり、陸地の孤島の住民でした。壁が開いた日には恐ろしい数の東ドイツ人が、我が貧民区に押し寄せ、目を白黒させた経験を持っています。壁がある時期に陸路で西ドイツへ行った時は国境検問を受け、その経験は何度もあります。そして1度80年代に東ベルリンへ行き、普通の人の住むアパートを見たことがあります。 そのため映画の描写が嘘でないというだけでなく、誇張もしていない、特に簡素な表現でもないということを証言できます。この作品が東の人からもあたたかく受け入れられたのはその辺の凝り方にもあったと思います。

監督は西の出身で、重要な役を演じる2人は西ドイツと東から各1名。その他はベルリン出身の俳優が多いです。西ドイツと西ベルリンというのは両方とも西側ではありますが、ちょっと感じが違います。西ベルリンと東ベルリンというのは政治体制が長い間違っていたため、使う言葉が違い、人の態度も違いますが、それを越えたメンタリティーは似ていて、ちょっと乱暴な口を利くけれど直接的、オープンで、ベルリンのユーモアは有名です。

ブリュールはベルリン出身でないため、まずはベルリンの方言から勉強しなければならず、そこに東独特のフレーバーをつけなければならないので大変だったろうと思いますが、準備は3ヶ月程度で足りたそうです。もっぱら東側の飲み屋に行って飲んでいたらしいです。

もっと愉快な変身は、彼の仕事の同僚デニス。役は西側の電気屋。仲良くなった東の同僚を助けるというので、ビデオの機械、ダビングなどの世話をしますが、急場をしのぐために東ドイツのニュースショーの司会者に変身。夕方のゴールデン・アワー用に重要なニュースを読み上げます。その変身ぶりは大笑いを誘いますが、リアルです。俳優という職業柄そのぐらいの事は誰でも軽くやってのけられますが、監督は変身前と変身後の姿をストーリーの一部にして見せてくれます。

俳優の功績の大きい作品です。例えば東ドイツが崩壊するまで学校の校長だったという役の俳優がその後失業して家にいるのに、アレックスに校長として駆り出される時の葛藤を、短い時間にこちらの心が痛むぐらい上手に表現しています。この人はほかの作品でもそういう演技を見せることがあり、東西問題を扱った Die Unberührbare などがあります。ブリュールとは Vaya con dios で共演しています。

アレクサンダーのガールフレンドはどこかで見たと思っていたら、ルナ・パパに出ていた Chulpan Khamatova でした。 久しぶりです。彼女は気立てのいい看護婦の役です。

主演の母親クリスティアーネの役を演じる Katrin Saß は東の出身で、党に忠実な、出来過ぎるぐらいしっかりした女性を演じています。党というものにしがみつくと、強さを発揮するというのはドイツでは時々見られるキャラクターです。西側では戦争に対する反省から戦後そういう風に国民がしがみつけるものを与えないようなやり方に変わり、国民は趣味、学業、金儲け、健康問題、環境問題などそれぞればらばらに違うものを生活の一部に取り入れるという風になりましたが、東側では、党活動というのが重要な位置を占め、それに積極的な人が多かったようです。90年代の後半学校に東の同級生が多かったため、クリスティアーネに似たようなタイプの人とも知り合いになりました。党活動に積極的だった人ほど東ドイツの崩壊が人生を強く打ち砕きます。ですからコメディーとはいえ、アレックスが母親の健康をここまで気遣ったのはジョークではなく、根拠のあることです。

そのクリスティアーネには複雑な事情、秘密があり、彼女なりのやり方で国に反抗はしています。しかしそれをデモ参加→警察に捕まる→地位剥奪→刑務所行き→西側に買い取られるというコースでやるわけに行かず、優等生党員→知り合いのために当局に抗議の手紙を書くという方法でやっています。優等生党員の娘ということですとアリアーネも大学に行くことができます。東ドイツでは大学に入るのは各高校の最優秀の生徒や党にコネのある人の家族だけでした。学校には党員の子供などが目を光らせており、授業中自由主義的な発言があると告げ口をされることがあると、壁が開いてすぐの頃やたら口の重い女学生が教えてくれました。彼女には授業中好き放題な事を言い、先生とやり合う西ベルリンの様子が信じられなかったようです。自由、人権などに関心のある東ドイツ人は上手に本心を隠さなければ行けなかったようです。このあたりの複雑さ、迷いを Katrin Saß は上手に表現しています。

登場人物だけではなく品物もこの映画では重要な役を果たしています。東側には松原団地や東西線で千葉方面に向かう途中に見られるような大規模な団地の建物がたくさんあります。西ベルリンには比較的少ないのですが、西ドイツの工業地帯に行くとまたそういうのがあるようで、Elefantenherz のオープニングにも西のそういうアパートが映っていました。東の人が壁の開く寸前まで使っていたような家具は西にもありましたが、ここのところずっと IKEA の家具が大流行り(後記: 日本にもあると思っていたら、今後開店予定で、まだ無いそうです。スウェーデンの家具会社です)で、古いスタイルは押され気味。とは言っても皆無になったわけではなく、私の住んでいる通りでも窓から時々そういう家具が見える時もあります。東で使っていたようなコーヒー・カップやポットは最近リバイバル・ブームなのか、スーパーで新しく売っているのを見かけます。

オスタルジーという東(オスト)とノスタルジーを合わせた造語があるのですが、言葉通り1度廃れてしまった商品が復活しています。映画の中でまず問題になるきゅうりのピクルス。映画が示している時期はちょうど東の会社が軒並み倒産し製品が市場から消えている時期ですが、最近は西の会社が東の商品名を復活させていたりします。東の名前がついていても商品はオランダから来ているとか、ハンブルクの会社だなどという事があり得ます。倒産ラッシュを何とか生き残った東の会社が作っている製品の中には、日本で言うとちふれの製品のように、華美なデザインをせず、あっさりした容器に入れた石鹸などがあり、値段も安いため私は使い始めています。壁が崩壊した後東の人がこぞって西の文化に合流し、それまで持っていた東の文化をあっさり捨ててしまったので、よその国の話ではありますがちょっと心配していました。「西の企業が壁が崩壊する前には東に生産を依頼していたぐらいだから東の製品の全てが悪かったわけではないはずなのになぜ」という単純な疑問が浮かんで来ました。そのあたりを10年以上たって冷静に考え直した人がいたのかも知れません。

よそから来て西に住んでいる私でもこのぐらい色々言うのですから、東出身でクリスティアーネぐらいの年代の人がこの映画を見たら、もっとたくさん解説できるエピソードが出て来るでしょう。そのぐらい密度の濃い作品で、俳優が皆素晴らしい演技をしています。問題はやはりこのおもしろさをどうやって外国に伝えるかです。

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