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ラストキング・オブ・スコットランド /
The Last King of Scotland

Kevin Macdonald

2006 UK 121 Min. 劇映画

出演者

James McAvoy
(Nicholas Garrigan - スコットランド人医師)

David Ashton
(ニコラスの父親、医師)

Barbara Rafferty
(ニコラスの母親)

Forest Whitaker
(Idi Amin Dada - ウガンダの将軍、後大統領)

Kerry Washington
(Kay Amin - アミンの妻の1人)

Louis Asea
(Campbell Amin - アミンの50人ほどいる子供の1人、ケイの息子)

Gillian Anderson
(Sarah Merrit - ウガンダの無医村で働くボランティア)

Adam Kotz
(David Merrit - 無医村で働く医師、サラの夫)

Simon McBurney
(Nigel Stone - ウガンダの首都に住むイギリス人)

David Oyelowo
(Thomas Junju - ウガンダ中央病院の医師、元は院長)

Abby Mukiibi Nkaaga (Masanga)

Peter Salmon
(ウガンダの首都に住むビジネスマン)

Idi Amin Dada Oumee
(報道の映像)

見た時期:2007年3月

○○機軸クラブ正式メンバーに推薦されそうな独裁者の人間的な面に触れた作品です。ドイツの雑誌には残虐な悪人についてこういう風なアプローチをしていいのかという含みを持たせた記事がありましたが、いずれにしろ単純に正面から「あいつは悪い」と決めつけるアプローチではありません。

ここで思い出したのは Lord of War のインタビュー。関係者に「武器商人というのは、やっている事は大悪人だが、話をしていると魅力的な人物が多くて、うっかりするとその人柄に引き込まれてしまう」と言った人がいます。

人間の醜い面を知り尽くした結果悪につくと決めた人ですと、それなりの負の深みもできるのでしょう。しかしそこに吸い込まれては行けません。

スコットランド人の監督がスコットランド人の俳優を主役に据えての作品。監督はドキュメンタリー映画でオスカーを1つ持っています。2人のキャラクターがぶつかり合う物語なので誰が主演かというのは難しいところです。私にはスコットランド人医師も主演というにふさわしい演技をしたと思えます。

ウィタカーはテキサス出身で、私が見たこれまでの彼はソフトな役ばかりでした。そういう意味ではイディー・アミンの役を引き受けるというのはかなりラジカルな変化に思えます。イディー・アミンは193センチの巨漢ですが(70年代には私は2メートルを越す巨漢と聞いていました)、それを演じたウィタカーも189センチ。決して小さくはありません。

俳優のキャリアは長く、ゴールデン・グローブは2度目のノミネートで、今年受賞。2001年にはラジー賞にもノミネートされ、助演で惜しくもバリー・ペッパーに敗れています。ペッパーはあまり名前を聞かない俳優ですが、ジョン・トラボルタのアクションSFに出演。この作品は2年で9回ノミネートされ、公開の年のノミネートが8個、受賞7個。唯一受賞を逃した人がフォレスト・ウィタカーでした。長年待った甲斐があって、今年は主演でオスカー受賞です。ラジー賞はまだ1つも受賞していません。

受賞が実力に合っているかは期待する内容に左右されますが、この作品は珍しくゴールデン・グローブ、オスカー共ウィタカーの1本釣り。一発ノミネート、一発で受賞となっています。何かの部門で賞を受賞するにふさわしいとは思いますが、主演男優賞というのは意外でした。

ウィタカーというのはデニーロ、ニコルソン、パシーノなどと正反対の位置にいる人で、大袈裟な事はせず、メジャーに乗り出さず、地味にソフトにやっている人という印象を受けていました。どこかのインタビューで「25年のキャリアの中で」という発言をしていますが、80年代初頭から名前が出ています。ベトナム戦争関係の映画に出たり、クリント・イーストウッドから主演にしてもらい、チャーリー・パーカーになったりしていますが、興行的にはそれほどうまく行っていません。私が見ているのは60を越える作品の中、6、7本です。いずれもソフトさを感じさせる演技でした。正直言って、演じているのかただそのまま出ているのか見分け難い人です。

ラストキング・オブ・スコットランドでは珍しく凶暴な男の役を演じていますが、イディー・アミンが持つ重量感が出ていません。アミンは巨漢で、ボクシングもできる人。それに対してウィタカーは映画の中では175センチぐらいの印象を受けます。ところが実際にはアミンといい勝負の身長。役のために食事を増やしたのか一応太めです。それでもずっしりとした重さが伝わりません。負の方面で大活躍していた頃報道で見かけたアミンとは差があります。ウィタカーの本性である優しさが災いしたのかも知れません。近所に住むおじさんがウィタカーだったら人は彼に「子供を見ておいて下さい」などと頼むかも知れません。

それに対しいい加減な理想に燃え「貧しい人を救ってやろう」と意気込んでウガンダに来たスコットランド人青年がどんどんまずい事になって行く様子は評価に値する演技です。そして首都にたむろする怪しげな白人社会を形成している脇役もいい演技です。

加えて伝記映画風の作りでありながら、最初の15分ほどの退屈さを克服するとその後はジェットコースターのようなスリルと起伏に溢れる筋で、最後の地獄に向かって突進。脚本、演出、助演、脇役のアンサンブルはオスカー候補に値します。監督が出したかったテーマは十分前に出て来ます。

なぜ最初の15分ほどが退屈かと言うと、《その退屈さこそが平和の証拠》みたいな面があるからです。初めてスコットランドを出てアフリカのど真ん中に来、民族音楽、その地の気候、自分の立場に慣れるまでがこの間に描かれます。世間知らずの青年が、世間を全然知らないアフリカ人の住む田舎にやって来たのです。それを観客も実感できるように作られたシーンです。テレビや本、学校で知ったことと現実の違いがその後のジェットコースター・シーンで展開します。

今年はキングとクイーンが受賞、イングランドとスコットランドが受賞などとアカデミーは画策したのでしょうか。ウィタカーが貰えるのならエディー・マーフィーはなぜ貰えなかったのかも考えてしまいます。2人とも今までと違い新機軸で別な役に取り組み、気合は十分。だから両方にあげるか両方にあげないかにすれば良かったと言うのが私見です。ハル・ベリーが主演女優賞を貰った年も、彼女より演技ではもっと凄い人がいるのにと思ったのですが、ハリウッドが受け入れるタイプの俳優というのがあるのかも知れません。

ストーリーは元から「事実だけではない」と断わってあります。事実はイディー・アミンという軍人が大統領になってウガンダという国を治めていたこと。王国などの形式を経て植民地になり、独立は1962年で、当時流行っていた社会主義路線。9年後に破綻し、アミンの登場です。映画はちょうどこの政権交代から始まります。

スコットランドの黒い王様という原作があります。

社会主義の後は独裁主義の恐怖政治。主人公のニコラスはスコットランドで医学を修め、あてずっぽうで無医村を探し、たまたまウガンダに指が行ったのでウガンダ行きを決心します。政権交代については何も知りませんでしたが、それはちょうど彼の渡来と同時だったので、出発する時にはまだ何も起きていかなかったのかも知れません。

事実関係を見ると、恐怖政治は8年ほど続き、アミンは失脚。その後はサウジアラビアに逃げ、2003年病死しています。アミンが追い出した人がまた戻って政権につきました。

アミンというのは非常に問題ありの人で、今でこそルワンダを始め各国から虐殺のニュースが色々入って来ますが、当時30万、報道によっては50万人を殺したという、悪行の時代をリードした人で、後に出た政治家は彼に習ったのかも知れません。この種の報道には政治的な意図も絡み、本人も強さを鼓舞するために極端な発言することもあるので、割り引いて聞いておかなければなりませんが、それでもかなり凄まじいことはやっている様子です。ボクシングの腕はプロ級というか、本当にプロだった様子で、ヘビー級。他のスポーツもたしなんだそうです。巨漢でボクサーとなると、敵に回すと怖いですが、その辺の様子は映画でも良く描けています。

医学部卒業したニコラスは、地元で父親の跡を継がず、ウガンダの無医村に赴任します。そこでイギリス人の医者夫婦のサポートを始めます。ちょうどその時にクーデターが起き、それまでの社会主義政権から軍出身のアミンに交代。ニコラスは見る事聞く事全てが珍しく、夢中になって情熱的な演説をするアミンに手を振ります。横で見ている医者の妻は複雑な顔。これがあのXファイルの大スター、アンダーソンです。私はファンタに来た分しか知りませんが、Xファイルはドイツでは大評判を取った番組です。アンダーソンはウガンダでは彼女と分からないぐらい地味に演じています。

たまたまニコラスの赴任地の近くを訪れていたアミンが事故で腕を傷め、ニコラスが応急手当をすることになり、アミンと知り合いになります。首都に招かれずるずるとそのままアミンの主治医、そしてアミンの作った大病院の重要ポストにおさまります。

首都のアミンの周囲には胡散臭い人物が出入りしていて、皆自分の思惑を人を介して実現させようとします。薄っぺらなニコラスはアミンに認められたことがうれしく有頂天ですが、そんなニコラスの周囲にも怪しげな人物がにじり寄って来ます。アミンとの間は純粋な友情で結ばれていると思っているニコラスは、アミンの裏で誰かが画策していると感じ、それを知らせます。「1度あの男と話した方がいい」

ところがアミンはその男をすぐ消してしまいます。自分の発言が人の命を左右した初めての経験です。ショックを受けて凹んでしまうニコラスですが、何とか周囲と折り合いをつけ、アミンとの付き合いは続いて行きます。無医村の夫婦はその辺の事情をニコラスよりは深い所で知っているため、アミンには近付きたがりません。

映画のアミンは政権についた始めの頃は真面目に国を良くしようと務めたという描き方になっています。その話は私も一応信じます。欧米で評判の悪い各国の政治家の中には本当に最初は理想に燃えて取り組んだ痕跡の見える人もいるからです。特に60年代前半に次々と独立を果たした各国の中には本当にマジだったのだろうと信じるに値するケースもあります。しかし途中で政権を追われたり、殺されたりしなかった場合、金を差し出す人に逆らわず腐敗に向かい、後には自分が以前圧政に苦しんでいたのに、自分が圧政をするようになって行くケースもちらつきます。

ウィタカーのアミンの場合はっきりとした因果関係は出されていませんが、自分の命を狙う前政権の回し者に怯え、疑心暗鬼になって行くというような筋になっています。70年代にそんな話を聞いたら私なら「被害妄想だ」と言ったでしょうが、その後起きた各国の政権交代劇とその後を思うと、現代ではそれが常識だと見た方がいいと考えるに至っています。

ニコラスの軽々しさ、軽率さは常識を逸していると言いたいところですが、あの頃からそういう世代が育っています。スコットランドだからというのではなく、西ヨーロッパ全体の傾向ではないかと思います。ちょうど経済が上向きで暮らしは楽になっています。戦争を経験した親の世代も徐々に享楽的になって行く時代です。親が躾のつもりで言葉を吐いても、子供は聞き流し、そのまま80年代後半に問題が表面にも見えるようになるまで、人はのほほんと生きていました。日本も数年遅れてその路線を行きました。ですからニコラスの軽さは一般を代表していると言ってもいいでしょう。彼の軽率さの極は、アミンの夫人を妊娠させてしまうこと。アミンは多妻で、実際に子供の数は50人を超えたと言われています。その中の1人だからいいじゃんと思うのは部外者。大統領の夫人に手をつけたとなると、アミンには面子があります。

ニコラスがアミンと意気統合する理由は英国嫌い。アミンは英国の支持を受けて政権につきますが、英国の介入が強いのです。そこへ自分はスコットランド人だと思っているニコラスの登場。英国嫌いでは意見が一致。裏からの支配のベテラン英国は好かれる、嫌われるを基準に動いているのではなく、権力闘争。権力闘争となると英国人は忍耐強いです。それにうんざりしている2人がぴったり組み合わさってしまったのです。

せっかくの友情も自分の軽率さが原因でアミンを怒らせることになり、パスポートを取り上げられてしまいます。ウガンダのパスポートを与えられます。青春の大失敗にけりをつけてスコットランドに引き上げようと考えていたニコラスは、目に見えない檻に入れられた形になります。首都に住む限りは上流の生活を保証されますが、帰国はかないません。アミンが拷問や処刑を行っていることを知った後では、人生を楽しむことはできません。ホラーは自分が妊娠させたケイが消えた後。ここはファンタの超ヘビー級のホラー映画といい勝負です。あまりにもグロテスクだと批判している記事も目にしました。

脱出の道が閉ざされたところで後にエンテベ空港事件として有名になるフランス機のハイジャック事件が起きます。ギリシャ発のフランス航空のエアバスが乗っ取られ、ウガンダに着陸します。ニコラスはこの時アミンとまずい事になっていますが、アミンはハイジャックのニュースを聞き、嬉々として空港に駆けつけます。犯人はパレスチナとドイツ系の解放運動の人たち。当時の政治の流れからアミンは犯人を保護します。アミンは人質を引き取り、イスラエル人以外は解放との決定をします。この乗客に紛れてパスポートの無いニコラスは国外に脱出します。その際彼を助けたウガンダ人医師はそれがばれてアミンに殺されます。彼を巡って命を落とした人は映画の中だけで数人。

この作品はすぐ答を出せない問をいくつか投げかけています。なぜアミンはああまで人間不信なのか、ニコラスはなぜ死者が出てもアミンを離れなかったのか、人間はどこまで残忍になれるのか、人間はどこまで都合の悪い事実に目を背けて暮らせるのかなど。答は映画を見た人の宿題。冒頭ニコラスがウガンダへやって来たのが1971年ということになっていて、脱出は1976年。5年間ウガンダにいたことになります。状況を悟るのにこれぐらいの時間が必要だったということなのでしょうか。

これは映画のフィクション部ですが、エンテベ事件は本当に起きており、イスラエルは解放されなかったユダヤ系の人質を強行奪回。国際的な協定を守らなかったハイジャック犯対国際的な協定を守らなかったイスラエル軍の対決となりました。着陸許可も無く外国に飛行機でやって来て、ウガンダ滞在中のテロリストを4分の3殺し、100名を越える人質を奪回。犠牲者は最小限。明らかな主権侵害に当たるのでウガンダは国連安全保障理事会に持ち込もうとしましたが、国連は拒否。フランスの飛行機、その枠内で主権を侵害された会社と乗客、それを取り戻すための手段としてウガンダの主権侵害をしたイスラエル、イギリスの力の強い国連と。フィクションのニコラスが去った直後のウガンダには複雑な問題が起きたわけです。

その3年後にアミンが失脚します。

伝記系の映画でここまでスリルとサスペンスに溢れ、ホラー要素もあるのは珍しいです。ファンタに出しても十分通用します。ウィタカーがシンボル的に貰ったオスカーですが、スタッフ、キャスト皆上手く調子が合い、テーマからそれず、がんばったのはウィタカーだけではなかったという作品です。(例えばアミンの護衛官も不気味な存在です。)

エディー・マーフィーのこれまでの芸能界への貢献度とドリームガールズの演技をまとめるとウィタカーの方が弱いと思います。しかしウィタカーは時々優秀な監督に好かれるらしく、その辺は人徳なのかも知れません。

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