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俺たちフィギュアスケーター /
Blades of Glory

Josh Gordon, Will Speck

2007 USA 93 Min. 劇映画

出演者

Will Ferrell
(Chazz Michael Michaels - 全米一の男子シングルのスケート選手)
Chad Brennan
(Chazz、スタント)

Jon Heder
(James MacElroy - 全米一の男子シングルのスケート選手)
Zachary Ferren
(James、子供時代)
Ethan Burgess
(James、スタント)

Will Arnett
(Stranz Van Waldenberg - 全米一のペアのスケート選手)

Amy Poehler
(Fairchild Van Waldenberg - 全米一のペアのスケート選手、ストランツの双子の姉または妹)

Jenna Fischer
(Katie Van Waldenberg - ストランツとフェアチャイルドの妹)

William Fichtner
(Darren MacElroy - ジェームズの育ての親)

Craig T. Nelson
(Coach - コーチ)

Romany Malco
(Jesse - 振付師)

Nick Swardson
(Hector - ジェームズのファン)

Luke Wilson
(セックス・セラピーの指導者)

William Daniels
(Ebbers - スケート連盟の会長)

Scott Hamilton
(スポーツ番組のアンカー /
オリンピック5位と1位、
世界選手権4位1回、3位2回、1位4回、
全米5位1回、全米1位4回、
現在本職のスケート解説者)
Nancy Kerrigan
(オフィシャル / オリンピック3位、2位、世界選手3位、2位、
全米3位、2位、1位)
Angela Chee (レポーター)
Brian Boitano
(審判 / オリンピック6位、1位、
世界選手権3位、2位各1回、1位2回、全米2位3回、1位4回、カナダのブライアン・オーサーと一緒に現役当時《2人のブライアン》と呼ばれ、大ライバル関係にあった、オーサーは引退後キム・ユナのコーチになる)
Dorothy Hamill
(審判 / オリンピック1位、世
界選手権4位、1位各1回、2位2回、全米5位、4位、2位各1回、1位3回)
Peggy Fleming
(審判 / オリンピック6位、1位、
世界選手権1位3回、
全米1位5回)

見た時期:2007年5月

「真央ちゃんかわいい!」、「飛べ美姫!」と思っている方はこの作品避けて通った方がいいです。見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

最近日本で盛んになっているアイス・スケートの物語です。この作品はスケートが好きな方には大受けするか、あるいは頭から湯気を出して怒られてしまうかのどちらかです。

政治的な方向がはっきりした作りなのですが、そういった事を無視して見ても楽しく大笑いするか、カンカンに怒るかのどちらかになります。

意見が真二つに分かれてしまう理由は、《スケートは神聖な競技だ》と思っている人たちと、パロディーを《パロディーとして受け入れる》人がいるからです。スケートは一般的には上品な競技で、特に欧州、ロシア、日本などではそういう風に受け取られています。一方アメリカでは強い者が勝つという原則で、勝つためには姑息な手段、時には犯罪も辞さないという思い切り過ぎた決心をしてしまう人もいます。そのはっきりした例は、この作品にも出演しているナンシー・キャリガンの事件(後述)。

一応スポーツなので《強い者が勝つ》という原則があっても、大きな大会では同じ国の人同士がつぶし合いをしないという風潮もあります。でもそれは映画には出て来ません。

現実には先輩が先に海外に出て行って、大きな大会で6位以内、メダルなどを取って帰って来てくれると、次に自分たちが出られて上位を目指せると選手が考える国もあります。何事も勝負、エゴを通さなければ行けないと考える国もあります。エゴが鍛えてあると国内ですでに厳しい戦いを勝ち抜いているので、国際試合でも動じないという見方もあるかと思います。国、地域によりその辺はかなり違うようです。

もう1つアメリカと、スケートが盛んな他の地域では映画の作り方に差があります。アメリカ映画には汚い映画、醜い映画というジャンルがあり、その原則で作られる作品は社会のルールを故意に破り、嫌がられる事、やっては行けないとされている事がバンバン出て来ます。実際の生活であれこれ規制されて鬱憤がたまっている人がこういう映画を見て映画館の中で思いっきり笑うという仕掛けです。例えばバッドサンタがその例です。Blades of Gloryはアイススケートにしてはちょっと汚らしいという印象を持つ方がおられるかも知れません。

とまあ、少し覚悟を決めてから見ましょう。その一線を超えてしまうと、愉快な作品です。内部事情もちらほら出て来るので、スケートをご存知の方には納得の行くシーンがあるかも知れません。後ろで制作をしているのは、ベン・スティラー。彼自身は以前にドッジボールを作っています。ドッジボールも愉快でしたが、インパクトは Blades of Glory の方が強いです。

まずは2人の主人公。ファレル演じるシャズはマッチョ・タイプ、大柄な男子シングルのフィギュアー・スケーター。ロシアのプルシェンコ、フランスのジュベールを思わせるスポーツ的、男性的、ダイナミックな演技を得意とします。一匹狼でコーチを使わず、1人で練習をして大きな試合に出て来ます。たいていは優勝候補。

対するジェームズは体も小柄で、姿もメルヘンの王子か女の子のようで、繊細な表現力のある踊りを得意とします。バレーを氷上に持って来たような選手で、例えばアメリカのジョニー・ウィアーを思い起こさせるような技術を持っています。彼も大きな試合に出ると優勝候補。実は孤児で、カソリックの孤児院にいたのを有名な監督にスポーツの才能を見出され、子供の時に引き取られています。本当に孤児や生活苦にあえいでいる家庭の子供を養子にして大選手に育てたという例がスケート界にはいくつかあります。もうこの辺から実話を参考にして作られています。

この2人オリンピックへの登竜門となる全米の大会で一騎打ちになり、小数点以下まで同点になってしまったために2人で金メダルを分け合うことになりました。理由は Blades of Glory と違うのですが、1位が2つという例も実際にあります。男性的なシャズと女性的なジェームズは相手が受け入れ難く思え、表彰台の上で大喧嘩を始めてしまい、それがエスカレートして怪我人まで出る事件に発展。結局喧嘩両成敗。2人は終身出場禁止になってしまいます。

2人の運命はそれからまっさかさまに奈落へ。シャズは地方のアイス・ショーで衣装をかぶり顔が見えないようにして出演。自分でもつまらない役だと思って飲んだくれています。バッドサンタのビリー・ボブ・ソーントンといい勝負の崩れ方で、今にも汗とお酒の匂いが漂って来そうです。

ジェームズの方はそこまで崩れませんが、育ての親に雪の道中ポイ捨てされてしまいます。彼はお酒には行かず、友達にいい事を教えてもらい、女性のパートナーを探します。男子シングルに出ては行けないけれど、他の競技なら禁止されていないと、不正をせずに正式に参加する抜け道を教えてもらったのです。そのため女性パートナーを探しにアイスショーにやって来て偶然そこで働いていたシャズに出くわします。シャズは都合よく首になったばかり。

当時1位でも2人はすぐ忘れられ、彼らがやめてしまったことを残念に思う人は少ないですが、それでもゼロではありませんでした。コーチが2人が再び殴り合いの大喧嘩をしているところを目撃。シャズがジェームズを投げ飛ばすシーン、ジェームズが投げ飛ばされるシーンを見て、この2人をペアにすれば凄い事になるぞと見抜きます。それで嫌がる2人を無理やりくっつけて合宿に入ります。捨てる神の次に来るのは拾う神です。

2人とも相手が原因で永久追放されたと思っているのでうまく行くわけがありません。しかし正反対のタイプ、性格の人はボタンを掛け違いさえしなければ次長課長のようにお互いを補い合っていいコンビにもなれるのです。

そして指導コーチには恐ろしい秘密がありました。ペア用に考えた凄い技があるのですが、非常に危ないので現在までそれを実現した人はおらず、試しにやってみたのは北朝鮮。結果は恐ろしい事故になり、女子選手は一瞬にして命を失いました。その技をあたためていたコーチは、もし選手が男性2人ならできるだろうと思ったのです。(ここだけホラー映画)

3人はそれぞれに納得して練習に励みます。そしていよいよオリンピック出場をかけた全米選手権。今度のライバルは双子の姉弟選手。兄妹選手かも知れません。2人はウィンター・スポーツで有名な夫婦の子供でしたが、両親は事故死。もう1人下の妹がいて、上の2人はアイス・スケートのペア選手になり、妹は2人の使い走りをしています。

この双子がシャズとジェームズに危機感を抱き、妹にスパイをさせます。妹の弱みをつかんでいると思っている双子が無理強いするのですが、妹とジェームズは恋に落ちてしまいます。男性2人がスケートで男女の役を踊るのでゲイの映画かと思われがちですが、実はシャズはウーマナイザーでセックス狂い、ジェームズは女の子に夢中になるので男女関係はゲイではありません。兄妹、姉弟のペアというのも実際のスケート界には時々見られる話。中には物凄い気分屋の選手もいるようです。それに比べ舞ちゃんや真央ちゃんの行儀の良さには関心します。

Blades of Glory の敵役2人のレパートリーはちょっと扇情的で、氷上でケネディーとモンローを演じます。シャズとジェームズが演じるまでは2人は1位です。無論その後に出場する男性2人はむきになってがんばります。

ご本人様登場という点でこの作品にはスペシャル・ゲストが多く、私が気づいただけでも現役選手のサッシャ・コーエンが名前をクレジットされずに顔を出しているほか、かつてのアメリカの名選手がぞろぞろ。さすがにケリガン事件の加害者トニヤ・ハーディングは出ていませんが、被害者のナンシー・ケリガンは出演。そしてケリガンに挑戦したハーディングにまつわる事件がネタに使われています。クライマックスになって相棒が会場に現われないので失格かも知れないというシーンはハーディングで実際に起きた事件。

【有名なケリガン事件】

1994年のオリンピック出場をかけた全米の選考会の時に、ライバルだったトニヤ・ハーディングの当時の夫が雇った男が練習を終えて控え室に向かっているナンシー・ケリガンを襲い、脚を殴ぐるという事件が起きています。ケリガンはハーディング側の狙い通り脚を負傷。この時有名な「なんで今なの、なんで私なの」という言葉を吐いていますが、そりゃそうでしょう。今ケリガンを襲ってオリンピック出場不能にしてしまえばハーディングにメダルのチャンスがやって来ます。オリンピックでメダルを取ればプロになる時に大金が転がり込みます。そしてその後のギャラも高い。

アメリカ選手のライバル意識は他の国より凄いらしいです。他の国ですと国が戦略を持っていて、今年はこの選手、次の会は別な選手を中心に据えてというような暗黙の了解があるらしく、選手も練習には励みますが、それほどピリピリ、カリカリしていません。強い者だけに栄誉が与えられるアメリカではそうは行かないらしく、自分の腕で、いえ、スケートですから脚で勝ち取らなければ行けないようです。

そんな中、ケリガンという人とハーディングという人が運悪く同じシーズンにぶつかってしまいました。ケリガンというのは容姿が上品な感じで、白鳥に例えられたりします。もらう衣装もすっきりした物が多く、それがさらに彼女のイメージを上品にします。そして顔も上品な美人。それに対しハーディングは筋肉を鍛えてあり、鉄の意志でここまで上がって来た人。特別美人というわけではありませんが化粧次第でキッドマン程度の顔にはなります。しかし贅沢が許されない境遇だった様子です。

これだけですと何もケリガンとハーディングだけの差ではなく、一般的に恵まれた人とそうでない人はあるようで、現在の日本にもそういう事情はあるのではないかと思います。ここでもう1歩ハーディングを犯罪の方へ押しやってしまったのが、周囲の人の事情。ケリガンは経済的に恵まれていただけでなく、愛情にも恵まれていた様子なのです。襲われた時泣き叫んでいましたが、身近にいたのはお父さん。そしてお父さんに抱かれて病院へ向かっています。暫くして悲しみの記者会見でもお父さんが隣についていました。彼女の心が張り裂けていることをお父さんが記者に説明し、ケリガンは泣くまいとがんばって気丈に言葉を選んで話しています。

ハーディングの周囲にいたのは怪しげな友人を持つ夫。厳しい家庭環境の中で彼女に思いやりを示す人は少なかった様子。この夫はハーディングを助けているのか害するような事をやっているのかよく分からない人で、違法ではあってもケリガン襲撃がハーディングを助けるためだったとすると、その後は逆にハーディングが困るような行動に出ています。本人に人を見る目があったのか、襲撃が一体誰のアイディアだったのかは分かりませんが、彼女の周囲にまっとうなアドバイスをする人がいなかったことは確かなようです。

逆境の中でがんばるスケーターは他にもいます。この年にオリンピックで1位になったウクライナ人のオクサナ・バユールなどは逆境コンテストでチャンピオンに選ばれてもおかしくありません。しかし彼女は犯罪に走らなかった・・・。同じ頃家庭環境は恵まれても周囲の人種差別では大変だっただろうと思われるフランス選手もいました。しかし皆犯罪というムチャには進んでいません。と言うわけでハーディングの周囲にはマイナス要素がいくつか重なってしまった様子です。

オリンピック選考会ではハーディングがまんまと1位で出場決定。2番手にはミシェル・クワンがついた様子ですが、必死の回復でケリガンが浮上し、クワンは補欠。オリンピックではバユールが1位になりましたが、当時の彼女は最近の日本女子選手と比べてもいいような演技も出るので順当(ジャンプなどでは最近の選手の方が上ですが、彼女の踊りの才能は天才的)。2位は多少事件のボーナスがあったかも知れませんがケリガン。事件を起こしたハーディングは6位以内に入れませんでした。実行犯とされた夫は司法取引。アイススケートの裏にはよくドラマがありますが、警察が出て来る例は稀です。

その他にポップコーンだ、氷に着氷している時間より滞空時間の方が長いとからかわれたスコット・ハミルトン、2人のブライアンの対決で勝ったボイタノ、1位しか取らなかったフレミングなど、日本で言えば《タイトルを取り捲った後引退した安藤、浅田、織田、高橋をスケートの劇映画で見た》とでも想像していただければ実情に沿っていると思います。しかし日本だったらもう少し上品な映画作るでしょうねえ。

レポーターの方もどうやらご本人様というケースがいくつかあるらしいのですが、私はアメリカに住んでいないのでよく確認できませんでした。

この作品のもう1つのポイントは審判が保守的だという点。実際のスケート界には何人か革命的な変化をもたらした選手がいたのですが、その人たちはほぼ黙殺されています。(無名な人ももちろんですが)かつて有名だった選手が後にコーチになってスケート会場に顔を出すということが時々ありますが、私が名前を覚えているような選手はなぜか顔を見ません。名前も聞きません。中にはその人のエピソードだけで1本映画が作れてしまうような元選手もいます。

いずれにせよアイススケートが映画化されることはまれで、しかもそれがどたばたのコメディーというのはもっとまれ。ですから「真央ちゃんかわいい!」と思って夢を壊されたくない人を除いては一見の価値があります。

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