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In Bruges - La coscienza dell'assassino

Martin McDonagh

2008 UK/USA 107 Min. 劇映画

出演者

Colin Farrell
(Ray - ロンドンで仕事をするヒットマン)

Brendan Gleeson
(Ken - ロンドンで仕事をするヒットマン)

Ralph Fiennes
(Harry Waters - レイとケンに仕事をさせる男)

Louis Nummy (ハリーの子供)

Bonnie Witney (ハリーの子供)

Angel Witney (ハリーの子供)

Jordan Prentice
(Jimmy - ブールージュで撮影中の映画のアメリカ人主人公)

Clémence Poésy
(Chloë - 映画撮影現場にいた女性)

Jérémie Renier
(Eirik - クロエの元恋人、ドラッグ・ディーラー)

Thekla Reuten
(Marie - ホテルの主人)

Eric Godon
(Yuri - ブールージュの武器密売人)

Rudy Blomme
(塔の入場券を売る男)

Zeljko Ivanek
(レストランの客、カナダ人)

Mark Donovan
(アメリカ人観光客、巨漢)

Ciarán Hinds (司祭)

Theo Stevenson
(教会に来ていた少年)

見た時期:2009年1月

★ ネタバレタイトル

原題がいいです。ドイツ語のタイトルではネタがばれます。

★ どこの国の映画

制作国にアイルランド、ベルギーが含まれているクレジットもあるのですが、公式には英米となっているようです。主演の2人はアイルランド出身で、舞台はベルギーです。監督と助演のファインズは英国人。その他の目立つ脇役はベルギー近辺の国とカナダ。

★ ベルギーの観光映画か

舞台はベルギーの観光で有名な都市ブールージュ。日本ではブールージュという言い方が一般的のようですが、ベルギーには国語が複数あり、ブルッヘ、ブルージュとなります。ドイツではブリュッゲと言います。いずれも橋という意味で、運河にたくさん橋がかかっているからでしょう。

1000年以上の歴史を誇る町で、昔ながらの町並みをできる限り保存しています。運河の歴史も1000年には足りませんが非常に長いです。In Bruges の中で非常に重要な意味を持つ塔は教会の反対を押し切って建てられたものです。欧州には時々教会との確執があり、私の知っているお城(要塞)でも、てっぺんが教会より高いので問題になったことがあります。In Bruges ではカソリックの国アイルランド出身の俳優が2人、カソリック教会と確執があった塔で演じるという不思議なめぐり合わせになっています。

画面だけを見るとほぼ完璧な観光映画です。ベルギーを訪れるには最悪の季節に撮っているのにここまできれいに撮影するには、細心の注意を払ったと想像できます。雪でも降っていればまた別な美しさがあるでしょうが、雪の無い12月という最悪の設定です。

ブールージュには手作りのレース産業があるのですが、それには触れていません。しかし町の美しさ、運河の観光など町の宣伝になるシーンがいくつも出て来ます。それは主人公2人が仕事の依頼主に「ブールージュの観光をして来い」と厳命を受けているからです。

年配の男ケンは素直に従い、ガイドなどを見ながら観光を満喫。まだ若くてディスコなどに行きそうなレイには恐ろしく退屈に思え、拒否。その際何度も放送禁止用語を使ってブールージュをけなし倒します。確かに見ようによっては(特に欧州に住んでいる若者には)ブールージュは非常に退屈な町で、レイの意見に100%の賛意が出てもおかしくありません。となるとこの映画を一目見ただけで納得し、「そんな町には観光に行かないぞ」と即断する若者が出てもおかしくありません。なので、これが観光映画としてベルギーの国庫に寄与するかは微妙なところ。

逆に日本人など遠い所に住んでいて、貯金を叩いて観光に来る人にはとてもいい町です。ケンとレイと違い、数週間滞在するわけではなく、数日で駆け足で見て回る、私のように半日しか無い場合でも見た場所は目が覚めるような美しさ、非常に感銘を受けるでしょう。私も欧州は長いので、そういう町の裏側にどいういう退屈さが潜んでいるかは十分承知しています。400万都市ベルリンにも部分的にはブールージュに負けない美しさを持った旧市街があり、素敵ではありますが、私なら平民の住む貧民街に居住して、日曜日に暇でもあれば旧市街にお茶を飲みに行きたい、でも住むのはドンパチもある一般人の居住地の方がいいと思いますので。

★ ゴールデン・グローブにダブル・ノミネート

グローブ速報を書いていた時にはまだ In Bruges はタイトルしか知らなかったのですが、間もなく時間が取れ、DVDで見ました。驚いたの何のって。「こりゃオスカー取ってもおかしくないな」と思ったのですが、グローブには主演が2人ノミネートされていました。気の毒なノミネートです。

コリン・ファレルは国際的に名の知れた俳優ですから主演でノミネートしても文句はありません。そうすると普通ならブレンダン・グリーソンが助演となるのですが、In Bruges の2人は次長課長のようなもので、どちらかが欠けると成立しません。呆けと突っ込みのようなものです。グリーソンがいないとファレルは映えませんし、その逆もしかり。なので正しいことに2人とも主演でノミネート。賞は1つしかないので、ファレルに行ってしまいました。

監督はグリーソンを使って長編デビューの前に30分ほどの短編を撮っていました。これがデビューで、In Bruges が長編デビューです。短編にグリーソンを使った時に彼のキャラクターを良く理解したらしく、In Bruges では上手に使っています。そこへ国際スターでグリーソンよりはるかに名が知られているファレルを並べてもグリーソンはびくともしません。2人のタイプの違いを十分知った上でのキャスティングです。ですから2人を主演にノミネートというのも当然ですが、貰えるのは1人だけ。気の毒でした。

グリーソンは89年から仕事を始め、毎年コンスタントに映画やテレビに出ています。所々有名な作品に名を連ね、近年はハリー・ポッターにも顔を出しています。受賞は逃しましたが、今後もキャリアは上を向いて行くと思います。

★ ポリティカリー・インコレクトを目指している

コメディーで、元からポリティカリー・インコレクトを目指して作られています。ですから放送禁止用語続出、一般には言っては行けない差別用語も躊躇無く使い、やりたい放題です。コリン・ファレル演じるレイは教育が無く無節操な若者という役どころにしてあり、問題発言はもっぱら彼の口から出ます。伊達に年を取ったのではないケンが止めに入る時もありますが、レイは彼がいない時にも騒ぎを起こすので、ケンは全部をカバーし切れません。

槍玉に挙げられるのは超ヘビー級の体格のアメリカ人観光客。塔に登るのに通路が狭いからと配慮して出た発言ではあるのですが、レイと観光客は大喧嘩で終わります。仲裁のようにして後から出て来るケンも同じように配慮して発言したつもりではあるのですが、やっぱり似たような事になってしまいます。肥満体差別と思ってカッカ来る観光客はしかしレイとケンの危惧通り塔に登っている時に問題にぶつかってしまいます。

もう1つのハイライトは小人。たまたまベルギーを舞台にして小人を主人公にした映画を撮影しているという設定になっています。無節操なレイは小人にも言いたい放題。ここで注目すべきは小人を演じているジョーダン・プレンティスに監督はしっかりとした台詞のある役を与えていることです。長い間小人で映画に出る人は俳優としての扱いを受けておらず、ただ体を見せるだけでした。私が見た最初のきちんとした役は2003年の The station agent です。しゃかりきになって探せば他にもそういう映画があるのでしょうが、私が知っている例は The station agentCSI のエピソードの1つぐらいです。In Brugesでは彼は終わりに近い所まで脇役の1人として他の俳優と同じぐらい人物描写されているシーンに登場し、最後は重要な役割を担っています。

アメリカ人やベルギー人に対する意見も躊躇い無く言いたい放題。きちんとした教育を受けていない男レイという媒体を通して言いたい放題を言わせ、一部分ではその後フォローアップをしています。まっとうに見える人物がまっとうでなかったり、どうやらポケットの中身を外に出して見せるのがこの作品の目的のようです。

★ コメディーにしては悲劇の度合いが強い

とまあケンとレイの漫才部分の台本が上手に書かれているので、笑いこけることができます。

その反面ケンとレイがなぜよりによってブールージュに来ているのかが徐々に分かって来て、笑った顔が少しずつこわばって来ます。無節操なレイを演じるファレルが非常に上手い演技で、教育は無いけれど人間としての心は持っていることが良く表現されています。そしてそのファレルに始めから人間として接しているケンの心が後半にじわっと伝わって来ます。その2人の職業がヒットマン。なんじゃこれは。

★ ちょっと余ったファインズの役

DVDだったのでスペシャルを見ることができました。いくつかカットされたシーンが入っていましたが、ファインズの役に関しては私もカットに賛成します。

ファインズが演じるのはロンドンのギャングのハリーで、長年仕事で必要になるとケンに殺しをやらせていました。レイは最近ケンと組むようになった若者。ハリーは冷酷極まりない男で、癇癪持ち。自分の言う通りにならないと切れますが、その様子は尋常ではありません。最終版に採用された部分ではハリーが癇癪を起こして電話機を壊してしまいます。

実はハリーの残忍さはこんなものではなく、以前にファンタに出た Charlie を想像させます。一を見せて十を知らせることのできるファインズは優秀な俳優だと思いますが、彼がそのテンションで頑張ってしまうとケンとレイの繊細な演技が飛んでしまいます。ファインズはエキセントリックな役はお手の物でしょうが、自分が主演でないことは分かっていて、迷いがあったのかなと思える演技です。脚本には若い頃のシーンがあり、顔の表情も変えずにあっという間にあっと驚くことをやってのけます。それを前提に残忍さを押さえた演技でやらなければ行けないのですが、やり過ぎると主演の2人を食ってしまいます。

コメディアンがシリアスな役をやるほどの成功率ではありませんが、シリアス俳優がコメディーに乗り出して成功した例はいくつかあります。ここで目の当たりに見られるのがケンとレイの俳優。そこでファインズも一緒に乗れば良かったのですが、まだそこまでコメディーをこなせないのかも知れません。

ファインズの役はサイコパスとも言える性格を持った恐ろしくきっちりした男。なので、その几帳面さが祟るという所でコメディアンとしての能力が生かせたと思います。もう大分前の話なのでタイトルや名前は忘れましたが、その路線で成功した例を見たことがあります。In Bruges の脚本は彼にそのチャンスをオファーしていたように見えますが、生かし切れなかったようです。

★ カットしなかったらどうだろう

重要な鍵を握るシーンはカットされていました。ケンとレイが語り合うシーンなのですが、そこに今回の事件の全体の意味が込められていました。ここをカットすべきかどうかは私でも迷います。入れれば事件の謎はきれいに解けるので推理という意味では観客は納得します。しかしそれをやると観客の出演者に対する意見が明確になり過ぎ(善悪の境界線がはっきりし過ぎて)、最終版に残る微妙なニュアンスが飛んでしまうことも考えられるのです。

ファインズの決定的なシーンをカットしたのと同様、ここも思い切ってカットしてしまい、そのために最終版はいくらか霧がかかったようにぼけています。ぼかしのトーンが非常に良いバランスを保ち、ゴールデン・グローブのノミネートに繋がったのではないかと思います。

映画は大勢の人が時間をかけて作りますが、無事全部撮影し終わり、俳優が良い演技を見せてもまだ監督がシーンの取捨選択をするという難しい仕事が残っています。そこでの決定が全体のニュアンスをがらっと変えてしまうのですが、この監督はそこで才能を発揮したように思います。

★ ざっとあらすじをご紹介

もっぱらロンドンで仕事をしているヒットマン2人がクリスマス直前のブールージュへ観光旅行にやって来ます。裏の事情は仕事でドジをやり、予定外の人が死んでしまったため、ほとぼりを冷ませること。そのためボスが思いついて「おまえら暫くブールージュへ観光旅行に行って来い」と命令します。

ケンとレイは年齢も違い、考え方も違います。ケンは言われた通りガイドブックを見ながら観光旅行を満喫。レイは古臭い退屈な町に初日から辟易しています。短気が祟って行く先々でトラブルも起こします。2人は一緒に行動することをボスから期待されていますが、ちょくちょく別行動。ボスは時々連絡を入れて来ますが、ルールを破っているのを知り怒ります。

半分ぐらい行ったところでボスのハリーからケンに「レイを片付けろ」との命令が下ります。仕事に失敗したための粛正です。ハリーには人を殺すのにハリーなりの理由があるのですが、レイは一般市民を1人巻き込んでしまったのです。ブールージュ旅行はレイの地獄への土産とハリーは解釈しています。レイはそんな事は知りませんが、もし地獄への土産でしたらカリブ海の島の方が喜んだでしょう。

ブールージュに来て間もないというのにレイは起こしたトラブルの数々でレストランの客、新しくゲットした恋人の元彼、映画撮影中の小人など何人もの人から恨みを買っています。

ケンはまさか自分にレイを殺せとの命令が下るとは予想していなかったので前半観光を楽しんでいましたが、後半はジレンマに取り付かれます。元気の良過ぎるレイではありますが、憎んでいるとかではなく、レイがトラブルを起こすとケンはできるだけトラブルから引きずり出すようにしていました。命令には従う男なので(なぜケンがハリーに従順かを説明するシーンはカットされている − カットは正解)一応レイを殺しに出かけます。

ところが公園で自殺寸前のレイを発見し、ケンは思わず止めてしまいます。

ケンは一大決心をし、四の五の言うレイを無理やり電車に乗せ逃亡させます。そしてハリーにはレイを逃がしたと告げます。そのためハリーがブールージュへ乗り込んで来ることになります。ハリーに取ってはこだわりのある町。

ハリーをカフェで迎えるケン。対決は避けられずケンは死ぬ覚悟ができています。一般市民を巻き添えにしないのがハリーの原則なので2人は塔に登ります。しかしそこでの対決はこじれてしまい最終決着がつきません。悪い事にそこへ電車で出発したはずのレイが戻って来てしまい、ハリーはレイを追いかけなければ行けなくなります。クリスマス寸前の静かな町で殺人チェースが始まります。

誰がなぜどういう風に死ぬのかは予想を外しています。そしてこの静かな観光の町が血みどろのクリスマスを迎えることになります。

★ 季節はずれの観光

見終わって考えてみると何もかもが予想を裏切る設定になっているのですが、撮影のトーンがあまりにも静かなので最後になって初めて気付きます。よりによってこの季節のベルギーを紹介するのも変わっていますが、真冬に外のカフェに座って冷たいビールを飲んでいるケンとレイにも本当は驚かなければ行けません。確かにベルリンにもまだ真冬の2月に外に座ってアイスクリームを食べる人がいますから、隣のベルギー人がこう言う事をやってもおかしくありませんが。イギリスから来たケンとレイが外に座ってビールが飲めるのは、テーブルと椅子が外に出してあるからで、つまりそれはカフェが外に座る客が12月にもいるだろうと思っているからということです。この点はベルギー人に聞いて見るまで信用しない方がいいです。この映画のためにわざわざそう演出したということも考えられます。ベルリン人はさすがに12月にはやりません。

逆に観光の宣伝になるだろうと思えるのはレストランのシーン。あまり高くないレストランだとは思いますが、非常にきれいで落ち着いた雰囲気です。ドイツも含め欧州にはそういう場所が多いです。個人経営だったりして特に豪華ではないのですが、こじんまりとして伝統的な雰囲気があり、古いけれど素敵な家具を使っています。テーブルクロスなどもきれいです。この撮影は実情を良く出しています。こういう場所は室内なので季節に左右されることはありません。

塔の上から町を見下ろすシーンがあります。これはブールージュに限らず大陸側の欧州にはよくある風景です。町の作り方が似ていて、中心にあるのが教会、塔、市庁舎などと市場を開ける空き地。どこに行っても同じですが、ブールージュの中心街が物語りの舞台になっていて、そこが何度か出て来ます。それを1度上から見下ろすシーンがあります。

船の旅はブールージュへ初めて来た人が大抵やります。運河だらけの町で古い橋の下をくぐりながらのツアーができます。夏場が1番良くて、12月にやるのは狂気の沙汰とは言いませんがちょっと変わっています。無論12月に旅行へ行けと命令され、他の季節に来られなかったのなら仕方ありませんが、ベルギーというのは雨も多い国で、12月はどう見ても季節はずれ。

★ 買ってもいいDVD

私は近所のDVD屋さんから借りて来たのですが、In Bruges は買ってもいいかと思える作品です。買う方はスペシャルがついているか確認して下さい。上に書いたようなスペシャルがついています。先に本編を見て監督の最終版を理解して、その後で何を捨てたかを見るといいです。

観光でブールージュに来るつもりでしたら、DVDで下見ができます。

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