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戦場でワルツを /
Vals im Bashir /
Waltz with Bashir /
Valse avec Bachir

Ari Folman

2008 F/D/Israel 90 Min. アニメ

声の出演

Ron Ben-Yishai
(本人、レポーター)

Ronny Dayag (本人)

Ari Folman (本人)

Dror Harazi (本人)

Yehezkel Lazarov
(Carmi Cna'an)

Mickey Leon
(Boaz Rein-Buskila)

Ori Sivan (本人)

Zahava Solomon (本人)

見た時期:2008年8月

昨年ファンタの直後に記事を書いていたのですが、番号をつけ間違えていて、載っていなかったようです。ゴールデン・グローブオスカーにノミネートされ、グローブは受賞、オスカーでは本命視された2作に入っていたので、リンクをつけようとしたのに見つからず、初めて番号違いが分かりました。改めてご紹介します。

日本が戦場でワルツをを差し置いて受賞できたのは時期的な運があったかと思います。受賞した人たちには作品名が呼ばれた時もまだ 戦場でワルツをが受賞と思い込んでいた人がいたぐらいです。有名な映画賞にはそれぞれ癖があり、受賞しやすいタイプの作品とそうでない作品があり、戦場でワルツをが本命視というのは一般的な傾向だったようです。こちらとしてはおくりびとのような珍しいテーマがアメリカという国で認められたことを大いに喜んでいますが、イスラエルはアメリカ大統領就任直前に活発な動きをしたため、同じ国の中に違う意見の人もいるのだという風には取ってもらえなかったようです。

日本はいくら作品を送ってもこれまで門前払いで、ノミネート自体が受賞に近い価値を持っており、今回授賞式に出かけた人たちもそういう乗りだったように聞いています。棚から牡丹餅だったのかも知れませんが、作品自体は非常におもしろいらしく、私も早く見る機会が来ればいいと思っています。

2008年ファンタ参加作品

ファンタ参加の珍しいイスラエルで、これまた珍しくアニメです。まとめにも書きましたが、ファンタに参加するより一般向けではないかと思えるまじめな作品です。ファンタが不真面目というわけではありませんが、全体的にエンターテイメント性が強いので、ちょっとジャンルが違うかと思えます。またこの作品は一般の観客の間でもドイツなら十分客足が伸びるのではないかと思います。ベルリンには特にこういう作品に向いた映画館があります。

★ 背景 人物

この作品のタイトルになっている Bashir というのはバシール・ジャマイエル、1982年に暗殺された実在のレバノンの政治家のファースト・ネームです。

レバノンというのは多民族、多宗教、多文化国家で、周囲があれこれ口を出さなければそれなりに仲良くやって行けるばかりか、多様さが故に非常におもしろい国なのですが、場所が場所だけに色々な国が口だけでなく、手も出し、せっかく平和が来たと思ったらまた内戦という歴史を繰り返しています。

欧州に脱出するレバノン人も多く、自分はベルリン、親戚はスウェーデンに脱出しているなどという八百屋さんと知り合ったことがあります。私が知り合った人たちは他の文化への適応能力が強く、語学が良くでき、商売にも向いた人たちが多かったです。そして他のアラビア系の人よりオープンな印象を受けました。

ちょっと見回しただけでもスウォッチの社長のハヤック、女優のサルマ・ハヤック、俳優のオマー・シャリフ、トニー・シャルーブ、監督のテレンス・マリック、歌手のシャキーラ、作曲家のポール・アンカ(ライバルのニール・セダカはトルコ系)、環境運動家のラルフ・ネーダーなど各方面にレバノン系の人が進出しています。

政治の世界ではキリスト系マロン派の政治家で1982年8月23日に選挙で選ばれたばかりの大統領がバシール・ジャマイエル。父親も政治家で党を作っており、息子のバシールもレバノン統一のための党を作っています。父親の生きた時代とは違うのですが、激動の時代を生きたことは確かで、1982年9月14日爆弾テロで世を去っています。在任は1ヶ月にもなりませんでした。シリアが糸を引いていたと言われており、そういう意味では今年(2008年)シリアとレバノンが国交を正常化することになったのは歴史的な出来事です。

この話にどっぷりと首まで浸かっているイスラエルがちょうど今この時期に戦場でワルツをを出して来たのも偶然ではないでしょう。

★ 1982年頃のレバノン

一国の大統領が隣国の手引きで暗殺されてしまうというのは重大事件ですが、この事件の少し前イスラエル軍がベイルートを占領してしまいます。直接の軍による占領は間もなくやめますが、イスラエルの影響の強い人たちを通してレバノン占領を行い、やがてアメリカ、イギリス、フランスがやって来ます。イスラム側はテロ攻撃で応戦し、シリアも軍を出して来ます。暗殺された大統領はキリスト教系、糸を引いたらしきシリアはイスラム系だったので、シリアはアメリカとここで対決しています。三つ巴、四つ巴、五つ巴、六つ巴、もうめちゃくちゃです。これが6月頃から8月頃の話で、暗殺は9月。

この前もこの後もややこしい状況のレバノンですが、その話は大きくなり過ぎるので中断。しかしバシール・ジャマイル暗殺はその後に大きな事件を引き起こしています。

★ 映画のテーマになった事件

監督のアリ・フォルマン自身の物語だそうで、それを考えるとエンターテイメントのジャンルとは完全に外れるのではと思ってしまいます。映画の冒頭「記憶がはっきりしない」、「妙な夢を見る」と言いながら始まるのですが、フォルマンはかつてイスラエル軍の兵士でした(イスラエルは男女国民皆兵制)。出演者リストを見ると分かりますが、多くは本人の役で出ています。

サブラ・シャティラ事件として知られるこの事件は、ジャマイル暗殺直後に怒ったキリスト教系レバノン人と難民キャンプのサブラとシャティラに住む武装パレスチナ人の間で起きた紛争とされていますが、武器を持たない一般市民が多数巻き込まれています。

その頃防衛大臣だったのが、その後イスラエルの元首となったアリール・シャロンだったというのも因縁のある話です。上に書いたイスラエルのベイルート占領では当時軍人だったシャロンの命令でイスラエル軍が動いています。

アメリカ、フランス、イタリアなどの介入でようやく停戦に入ったところで暗殺事件。疑われたのはパレスティナ人。仕返しに向かったのがキリスト教系の人たち。難民キャンプのあるサブラとシャティラはイスラエル軍に囲まれてしまいます。

一応武装解除の目的で来た兵士ですが、そこにいた大半が一般市民だというのに殺されてしまいます。殺され方はただ単に《戦闘中に敵と思われる人を撃った》というものではなく、過剰な攻撃や襲撃があり、悲惨な状況だったと言われています。その責任の重要部分はイスラエルにあったものとされています。

フォルマンはどうやらそこに参加していたものと見られます。自分では長い間そのことを自覚しておらず、記憶にスパッと穴があいて、悪夢にうなされていたという説明になっています。映画が進むに連れ実際に何が起きたかに近づき、最後には思い出すという趣向になっています。

最後のシーンだけはアニメではなく実写フィルムを使っています。空しさが良く伝わります。事実関係を見ると9月の16日から18日の短期間に、レバノン側の発表で460人死亡。イスラエルは800人ほどと推測しています。2000人から3000人という説もあります。

フォルマンは記憶の穴を埋めようと当時戦闘に参加した友人の兵士などから話を聞きます。言わば自分探しの旅ですが、世界的に有名な事件の関係者なので非常に重い話です。

アニメのスタイルは一昔前のようで、古臭い印象を受けます。色も黄土色に統一されていて、近年アニメをたくさん見た観客には最初地味過ぎる、退屈だという印象になります。それが生きるのは最後に実写フィルムに切り替わる所。切り替えの効果を出すためにずっとトーンを抑えていたのかと思いました。何しろ凄いシーンが出されるのですが、それすら淡々と、あくまでも静かに出します。それだけ監督が事の重大さを自覚していることが伝わります。

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