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シャッター アイランド /
Shutter Island /
Ilha do Medo /
La isla siniestra

Martin Scorsese

2010 USA 138 Min. 劇映画

出演者

Leonardo DiCaprio
(Edward Daniels - 法務官)

Leonardo DiCaprio
(Andrew Laeddis - 放火魔)

Elias Koteas
(Andrew Laeddis - 服役者、放火魔)

Mark Ruffalo
(Chuck Aule - 法務官、ダニエルズの新しいパートナー)

Mark Ruffalo
(Shaheen - 精神科医)

Ted Levine (重犯罪服役者専用の精神病刑務所長)

John Carroll Lynch (McPherson - 副所長)

Ben Kingsley
(John Cawley - 精神科医、主任)

Max von Sydow
(Jeremiah Naehring - 精神科医)

Michelle Williams
(Dolores Chanal - ダニエルズの妻、焼死)

Emily Mortimer
(Rachel Solando - 行方不明の女子服役者、殺人鬼)

Patricia Clarkson
(Rachel Solando - 精神科医)

Jackie Earle Haley
(George Noyce - ダニエルズに情報を提供した服役者)

見た時期:2010年2月

ベルリン映画祭参加作品

ネタばれあり!

作品の方向がばれます。方向がばれると、犯人探しに大きな影響が出ます。

見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

★ 因縁の作品

今年のベルリン映画祭に特別出品されています。私に取っては因縁の作品。去年秋懸賞に当たり、見られるはずでした。ところが懸賞を企画した側からキャンセルが入り、ボツ。今年に入っていつも取っている映画雑誌の懸賞に出たのですが、先着順で敗退。DVDで見るしかないと思っていたら、ベルリン映画祭の直後、公開初日の券に当たり、見て来ました。ドイツ語版なのでカプリオの声優が下手糞。それでもまあ見たいと思っていたのでありがたく拝見しました。

★ 声優の問題

カプリオのドイツ語吹き替えをやる声優は子供が無理に大人の役をやっているような発声。図体も大きく、近年は大人の役ばかりやっているカプリオにふさわしくありません。予告編を一部英語で見たのですが、この声優がカプリオの役をやるとカプリオ自身が大根役者に思えてしまい、本人のためにはかなりマイナスに働きます。

★ スコシージ

去年の秋にもう懸賞に出ていて見られるはずだったのですが、制作年はなぜか2010年とされています。ドイツの公開が遅れた理由は分かりません。急な修正でもあったのでしょうか。

ビジネス的には最近のスコシージは好調です。約50年の間に50本に届きそうな数の作品を作っています。2007年にカプリオ主演でオスカーを貰いましたが、栄誉賞が出てもおかしくない域に達しています。どういうわけか1、2年間が開いたと思うと、急にぱっと複数作品をまとめて出す人です。50年代、60年代はまだ名が知られていなかったこともあり作品数は少ないですが、70年代からは平均すると年1本の割合で作っていました。この間テレビの仕事はほとんどありません。

意外と知られていないのが彼の音楽方面での活躍。音楽系の記録映画をいくつか作っています。そちらの功績も半端ではありません。時々オスカーをさらわれてしまうクリント・イーストウッドと競い合えるぐらい造詣が深いです。

2000年代に入ってからも早いペースで仕事をしていますが、企画は次々入っているようです。オスカーにも本人か関係者が何度か顔を出しています。デ・ニーロを手放し、ディ・カプリオに乗り換えて何度か作品を作っていますが、3人の関係は良好のようです。デ・ニーロに比べるとディ・カプリオの演技力は落ちます。しかしデ・ニーロのレベルの俳優が少ないことを考えるとまあ仕方ないでしょう。

★ 手抜きか、仕事が多過ぎて荒っぽく作ったか

シャッターアイランドはテーマてんこ盛りの作品で、原作はミスティック・リバーゴーン・ベイビー・ゴーンのデニス・ルヘインです。他の2作とは全く違う設定、展開になっており、作家としては力のある人ではないかと思います

シャッターアイランドと似たような展開の作品は他の監督の映画で見たことがあります。そういう意味では目新しいわけではありません。ただ、中に第二次世界大戦や50年代のアメリカの脳研究の事情などが盛り込んであり、そこで特徴を出そうと試みたふしがあります。盛り込んだテーマはそれ1つで映画を1本撮れるような話なので、上手に扱えばかなり重量級の作品が作れたと思います。

仕上がりはファンタ・レベルのホラーっぽいスリラー。こう言うとファンタのレベルが低いように聞こえますが、元々スコシージという監督はファンタのようなエンターテイメント系のスリラーには顔を出さない人です。スリラーをやるとすれば恐怖の岬のように主人公2人がしつこいクリンチを演じるなど、ファンタ以上に人物に重きが置かれます。ジョー・ペッシなどが出て来ると、もう本気で震え上がってしまいます。ファンタでは普通本気で震え上がっては行けないのです。

スコシージはシャッター アイランドには視覚的な面で力を入れたつもりなのでしょうが、全体的に雑な作りに見えてしまい、私は低めに評価しています。なのでこれはこのままファンタに出しても大丈夫です(笑)。

マックス・フォン・シドーまで呼んで来て世界大戦方面のシーンに力を入れようとし、50年代の脳研究の現実を掘り下げようとし、かつ、50年代、60年代のクラシックなスリラーの雰囲気も出そうとし、衣装や建物でレロトな雰囲気を出そうとした痕跡はあります。主人公が車や船に乗り、背後のシーンはスクリーンにフィルムを映すという昔風の撮り方を再現したりしています。撮影に選んだ場所も悪くありません。

しかしちょっと前に見たポランスキーの The Ghost Writer に比べ、掘り下げ方が荒く、俳優も役をこなし切れていません。仕事が多過ぎてこれ1つに集中できなかったのかなとも思います。

★ ストーリー

普通ならここでストーリーを語り始めるのですが、私にはどこまでが本当でどこまでが幻想なのか分からないのですよ。とりあえず出来事を表にまとめて見ます。主人公のテディーの視点です。ですから、原作者やスコシージの意図が正確に理解できたら、内容が入れ替わったり、削除になったりするかも知れません。

テディーの背景、行動
って言うじゃない・・・
説明
第二次世界大戦中欧州で従軍 ユダヤ人を収容所から解放する現場に居合わせショックを受ける。
その時偶発的に起きた武装解除されたドイツ兵の大量射殺にも関わり、自分も引き金を引いている。
トラウマになっている。
結婚していたが子供はおらず、妻を亡くしたばかり(焼死) 妻は放火魔アンドリュー・レディーズの犠牲になる。
レディーズはその後他の犯罪で捕まり、精神異常と見なされシャッターアイランド(精神異常の重犯罪者刑務所、治療が行われている)に収容されている。
戦争の影響で深酒と悪夢 妻の生前から。死後は目が覚めていても妻が幻として現われ、テディーと頻繁に会話をする。彼はこの妻が幻であることを自覚している。
テディーとチャックは法務官で新しく組んだパートナー 2人はシャッター・アイランドで刑務所の房から忽然と姿を消した女性受刑者レイチェル・ソランドの事件捜査のために島に来る。
レイチェルは子供を3人殺した殺人鬼。
刑務所内で調査開始 刑務所側から積極的な協力が得られない。
レイチェルの独房には《67番(目の囚人)はどこ?》とのメモが残されている。
レイチェルはその日グループ治療を受けた後房に戻る時に消えた。
治療を担当していたシャヒーン医師は休暇中で質問できない。
囚人の尋問開始 ほとんど全員が全く同じ答えをする。
1人はチャックを遠ざけ、テディーが1人になった時に彼のメモ帳に「逃げろ!」と書く。
チャックに疑問を伝える テディーはジョージ・ノイスという元この島の囚人だった男から薬物とロボトミーなどについて人体実験が行われているという情報を得て島にやって来ている。それをチャックに語る。
外出中に嵐でずぶ濡れになったため、2人は看護人から白い征服を借り、新しい煙草を貰う。
自殺的な頭痛に襲われる 主任精神科医コウリーに薦められアスピリンを取り休む。
建物Cを調査 電源に異常が生じ島中停電。囚人が房を離れ勝手に外に出る。
これを利用してテディーはチャックと一緒に建物Cに入る。C棟はテディーたちも勝手に入っては行けないことになっていた。途中でテディーはチャックからはぐれる。
C棟でジョージ・ノイスと再会 チャックからはぐれて1人でいる時にノイスを発見。ひどく殴られた跡がある。
「レディーズの問題なのだろうが、彼や妻の事は忘れて、ここで何が行われいるのかの方を考えろ」とノイスに言われる。
テディーはノイスを救い出したい。しかしノイスは間もなく灯台に連れて行かれてロボトミー手術を受けることになっている。
ノイスによると扱いにくい囚人は灯台でロボトミー手術を受けることになる。また彼はチャックについてどのぐらい知っているのかとテディーに聞く。用心しろという意味。
レイチェルの尋問 C棟を離れ、宿泊している場所に戻るとレイチェル発見の知らせを受ける。
レイチェルは混乱した様子で、テディーが自分の夫であるかのように振舞う。テディーの妻はブロンド、レイチェルは黒い髪。
悪夢の変化 レイチェル尋問の後テディーは第二次大戦中の悪夢で女性と子供を見るようになる。
書類を見ない チャックはレディーズに関する書類を発見しテディーに渡すが、テディーは灯台へ行くことを考えていて、見る暇が無い。
いざ灯台へ 1 2人は灯台へ向かうがチャックは夕方でもあり乗り気ではない。テディーは強行するが、水際に来て、満ち潮なので向こう側に渡れないことに気づく。戻って来ると、チャックが消えている・・・。崖下にチャックと思しき人影。
洞穴でレイチェルに出会う テディーはチャックを探すために岩壁を下り始める。チャックの姿ははっきりしない。途中に洞穴があり焚き火を発見。中に入ってレイチェルと名乗る女性に出くわす。彼女も黒い髪で、前のレイチェルと外見が似ている。
2人目のレイチェルの証言 こちらのレイチェルは犯罪者ではなく、刑務所で勤務していた心理学者。政府の行う研究に気づいたことから睨まれ、殺人者に仕立てられてしまう。
研究内容: 兵士とスパイに薬品を投与し苦痛を感じないように改造する。同時に記憶も失わせる。
レイチェルからテディーへ質問 島に来てから何か飲まされたり、煙草を吸ったか。 − テディー: イエス。
妙な夢を見ないか。 − テディー: 見る。
テディーについて
レイチェルの予想
薬の投与が始まっている。
いずれ彼らはテディーが発狂したことにするだろう。薬の投与から2日ほどの間に手に痺れが来たり、いくつかの反応が現われる。
チャックは恐らく政府の回し者だろう。
発狂したか
罠にはまったか
滞在している建物に戻ったテディーは主任医師に「チャックは戻って来たか」と質問。
コウリー: 「テディー君、君は1人でここにやって来たんだよ。」
いざ灯台へ 2 レイチェルの話が正しいと思える状況になる。
改めて灯台に向かう。今回は泳いで渡ることができる。監視の護衛官を襲って銃を奪い、中に入る。上の階にコウリーがいる。手術室などは見当たらない。コウリーと対決するが、銃には弾が入っておらず、奪い取った自分のピストルもモデル・ガン。
コウリーとの対決から分かった事 テディーは2年前から島にいる患者。元は法務官だった。
2年前子供が妻の手で殺されたことがきっかけで、妻を射殺。そのまま発狂。
島に来てからは新薬で医師団が何度か治療を試みている。今回上手く行かなかったらロボトミー手術が決定している。
 ・ 1人2役が2人 Edward Daniels であるテディーは島で1番危険な患者で名前は Andrew Laeddis。妻は Rachel Solando であり Dolores Chanal、つまりアルファベットを入れ替えただけ。
ジョージ・ノイスを襲って怪我をさせたのはレディーズことテディー。テディーをアンドリューの名前で呼んだため、テディーがかっとなって殺しかける。
 ・ ロボトミー手術を避けるには テディーが自分の犯した罪(妻を殺したこと)と現実を受け入れれば、薬物治療成功と見なされる。
現実が受け入れられない場合はロボトミー手術をしてテディーを扱いやすく改造する。
 ・ この決定の背景 所内には学者の間に2つの派がある。1つは新薬派、もう1つは手術派。
 ・ チャックの正体 チャックは所内で働く精神科の医者。テディーに付き合い、彼の様子を観察していた。
レイチェルが消えた頃、レイチェルの治療を行っていて、テディーが質問したかったのに「休暇に出たため会えない」と言われた医師がチャック。
 ・ テディーの行動の心理学的に見た意味 自分の罪が大きいため普通の状態では受け入れられない。そのために《テディー・ワールド》を作り上げている。悪い部分はレディースの役目として《テディー・ワールド》から遠ざけている。

★ ってなわけで

テディーにずっと付き合い最終確認をしたチャックことシャヒーン医師の最終結論に従い、テディーはロボトミー手術を受けるために灯台に連れて行かれるというシーンで終わります。

★ はっきりせい

ところがスコシージは物語に全く違う解釈の可能性を孕ませておいて、どちらが正しいのか示さないまま終わっています。全く違う解釈が成り立つので、見た人は疑問を抱えたまま困り切ることになります。

☆ 解釈1: カリガリ博士ドグラマグラ

素直で人を疑うことを知らない人なら、こう考えて家に帰り、その後はシャッター アイランドのことなぞ忘れてしまうでしょう。その場合上の表にちょっと変更が必要です。

テディーの背景、行動 説明
第二次世界大戦中欧州で従軍 ユダヤ人を収容所から解放する現場に居合わせショックを受ける。
その時偶発的に起きた武装解除されたドイツ兵の大量射殺にも関わり、自分も引き金を引いている。
トラウマになっている。
結婚していたが子供はおらず、妻を亡くしたばかり(焼死) 妻は放火魔アンドリュー・レディーズの犠牲になる。
レディーズはその後他の犯罪で捕まり、精神異常と見なされシャッターアイランドに収容されている。

というくだりなのですが、

テディーの背景、行動 説明
《第二次世界大戦中欧州で従軍》 ・・・したのか怪しい。少なくとも欧州でああいう体験をしたのかは不明。
結婚していたが《子供はおらず》、
妻を亡くしたばかり(焼死)
コウリーの説明を前提としてドロレスとレイチェルの氏名はアルファベットを入れ替えただけ、2人の人物でなく、1人しか存在していないとなると、どちらか1人は実在しない。
妻が発狂してシャッターアイランドに収容されており生きているのだとすると(その場合レイチェルが存在、ドロレスが存在しない)、レディーズが妻を殺した話はひっくり返る。
テディーの想像どおりのドロレスが存在するとすれば、当初は子供がおらず、所内でコウリーから頭痛薬を貰ってからは子供が3人いて、妻が子供を殺害した夢を見るようになっている。

のような疑問点が発生します。

このように考え始めるとと辻褄を合わせなければ行けない点がいくつか発生します。例えばテディーの見ていた悪夢に境目があり、子供がいたか、いなかったかが疑問点になります。もし子供がいたのなら、その子供を殺した妻を見てかっとなり、妻を銃で殺害という話が成立し、それが故に2年前からこの刑務所に収容されたという話も成立します。

しかしながらアメリカでは謀殺でなく、かっとしてその場で衝動的に殺してしまった場合は一段階刑が軽くなるはず。その上子供を殺されたという理由でかっとし、妻を射殺したのなら、発狂とは違うので普通の刑務所に入るはず。それまでの職業が法務官だと、それなりにきっちりした弁護士もつくだろうし、事情を考慮して比較的緩い刑にもなり得ると思います。それがロボトミー手術で終わるには何かそれ以外の事情が絡んでいるとかんぐってしまいます。

いずれにしろカリガリ博士説では妻が焼死していて、テディーが妻の死の原因を作ったレディーズを追い掛け回すという話はボツ。コウリーの説明を信用していいということになります。

島で囚人を使って実験を行っているのかは不明ですが、ロボトミー手術は行っているということになります。

☆ 解釈2: 大陰謀に巻き込まれている説

洞窟でのテディーと実際は精神科の医者だというレイチェルの会話が鍵。2人はこの時やたら専門的な薬品などの話をします。専門の医者が詳しいのは当然として、テディーもその話について行くことができます。法務官がどこでこんな予備知識を得たのか。島に来る前からここで実験をやっている疑いを持っていたとすれば、事前に資料に目を通していることが考えられるのですが、単にレイチェルという患者が失踪したために派遣されて来たのだとすればちょっと知識があり過ぎです。コウリーの話を信じてテディーが2年前から収容されているのだとすると、ますますもってどこからこんな知識を得たのかが分からなくなります。テディーの話ではレディーズが以前テディーにこの島で行われている実験について情報をもたらしたことになっています。事前にこの情報を得ていたのなら、予備知識があっても矛盾が生じません。

コウリーの口からは医者がロボトミー派と薬物派に分かれているという話も出ます。もし、陰謀があるのだとすればコウリー1人でなく、島の医者全員が秘密を外部に出したくない、政府も一緒になってやっているプロジェクトなので、テディーが島に来る前から監視されていたとも考えられる、などいくつかテディー正気説を裏付けそうな話も出て来ます。

そして現実の1950年代にはクライシス・オブ・アメリカの元ネタに当たる影なき狙撃者のような話もあり、政府をあげてこのテーマには興味を持っていたようです。実際に外国でこういう実験が行われ、実用に移されていると考えられていた時期です。

★ 監督はどちらの路線で行きたかったのか

2つの路線があります。両立する路線ですが、監督が「これを強調する」ときっちり決めてかからないとぼけてしまい虻蜂取らずになります。1つは主人公をどう扱うか。カリガリ博士の路線で行くか、カプリオを《自覚した犠牲者》とするかです。どちらに決めたにしてもカプリオの身に起こる事、結末は同じとすることができます。それでも見終わった時意味はかなり違って来ます。

もう1つはカプリオをめぐる事件を通して監督、あるいは原作者が観客や読者に何か訴える路線。原作は読んでいないのでここで論じませんが、監督にはこの題材を使って何かを告発する機会があります。当時の事を非難するもよし、それと似た事が現代に起きるぞと警告するもよし、歴史的な流れを示すもよし。恋愛映画やコメディーではなく、ホラー仕込みの政治映画です。監督の手には色々なカードがあり、どう使ってもいいはずです。その上に上にも書いたようにレトロな雰囲気もたっぷり入れてあります。幾層にも渡る謎のあるスリラーで、謎が解けたところで熱い戦争、冷たい戦争に絡む告発が可能になります。しかし監督は消化不良を起こしたのではないかと思います。上手にさばけていません。少なくともポランスキーには負けています。私は個人的にはスコシージの方が好きなのですが、長年の駄作を経て作られたポランスキーの最新作は冴えています。

★ カリガリ博士路線なら冒頭からばれている

冒頭シーンからすぐ目に付くのはスコシージがいつもと違うカメラの使い方をしている点です。新しいスタイルを実験しているのかと思うぐらいずっとこういうカメラで通します。

もし新しいスタイルを確立するつもりでないなら主人公の目線で撮っていることになり、そうなると主人公は狂人かも知れないということになります。それを頭に置きながら見ていたら案の定・・・。というわけで意外性はありませんでした。(湿った花火)

★ なら最後のシーンは蛇足

カリガリ博士路線ならカメラの使い方はあれが正しく、ショーダウンは灯台の中のシーンで事足り、最後の日階段のところのシーンでダメ押しをすればいいわけです。

ところが最後の最後にカプリオは謎の言葉を吐きます。この言葉が無ければカプリオはカリガリ博士の最後のシーンで落ち着きます。正気か狂気か、自覚しているかしていないか。それを知りたい人は混乱を起こします。

★ けっ躓いた

実は当初ここまであれこれ言うつもりはありませんでした。こんなに長く書くつもりもありませんでした。ところが私が引っかかっていたのと同じ所で引っかかった人がいたのです。

まだ観客がそれほどテディーの正気を疑っていなかった冒頭、尋問を受けている女囚の1人がテディーのメモ帳に「逃げろ!」と書きます。彼女自身が狂人かもちょっと分かりにくいのですが、彼女はわざわざチャックをその場から遠ざけてからメモを書いています。彼女がたまたまその日尋ねて来た法務官を前にしているのだとすれば、別に隠れてテディー1人にメモを見せる必要は無かったと考えられます。もし彼女がチャックを事前に知っていたら、警戒するでしょう。その上テディーに迫る危険も察することができたのではと疑念が浮かんでしまいます。

そしてテディーに毒が盛られたのではないかと思われるシーンがあります。それと夢の変化に関連があるとすれば、洞窟で出会ったレイチェルの存在が事実かも知れないという話に傾いて来ます。

スコシージは推理小説ファンを迷わせておいてそのまま置き去りにします。ご覧になる方はその辺を覚悟して見に行って下さい。

後記: ファンタで会った友人からの情報。原作をほぼ本の通りに忠実に映画化してあるそうです。1つ大きな違いは1番最後のシーン。小説だけですと、カリガリ式の結末という解釈になり、スコシージの映画ですと、小説には無い最後の一言があり、そのため解釈が複数可能になるそうです。

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