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長ぐつをはいたネコ /
Puss in Boots /
Der gestiefelte Kater /
De gelaarsde kat /
El gato con botas /
Gato con botas /
O Gato das Botas /
Gato de Botas /
Le chat potté /
Il gatto con gli stivali

Chris Miller

USA 2011 90 Min. アニメ

英語版声の出演者

Antonio Banderas
(長ぐつをはいた雄猫)

Salma Hayek
(Kitty Softpaws - 爪の無い雌猫)

Zach Galifianakis
(Humpty Dumpty - 卵男)

Billy Bob Thornton
(Jack - ならず者夫婦の夫)

Amy Sedaris
(Jill - ならず者夫婦の妻)

Constance Marie
(Imelda - 孤児院の母)

Guillermo del Toro
(髭の隊長)

Chris Miller
(様々な役)

見た時期:2012年4月

★ 長ぐつをはいたネコの元ネタの民話は知らなくても大丈夫

長ぐつをはいたネコは漢字を使う、使わない、靴はき猫という言い方をするなど些細な違いはありますが、欧州の民話です。元をたどるともしかしたらトルコやアラビア、ペルシャなどに至るかも知れません。日本ではグリムが民話を収集して童話集を出したことになっていて非常に有名ですが、欧州では一時期童話ブームがありました。例えばフランスのペローという人も有名です。本当に各地を歩き回って集めたのか、横着して特定の人から聞いた話だけにしておいたのかなどの論争はあるにせよ、グリムやペローが発案した話ではなく、当時は有名な文学関係者が何人もこの種の民話を集めて出版していました。その1つが長ぐつをはいたネコです。

★ 長ぐつをはいたネコよりジャックと豆の木を思い出そう

アントニオ・バンデラスとサルマ・ハヤック版の長ぐつをはいたネコには粉屋の親父が死ぬとか子供が3人いて遺産相続をするという話は全く出て来ません。王様もお姫様も出て来ません。それどころか長靴を貰ういきさつも全く民話と違います。

無理して共通点を探すと出て来るのはオーガ。しかしシュレックがまだバンデラスの長ぐつをはいたネコの人生に登場する前の話なので、長ぐつをはいたネコはオーガの存在も知りません。やはりオーガが登場するジャックと豆の木(これも元は民話)に似たシーンが出て来ます。長ぐつをはいたネコが民話と似ていない分、豆の成長ぶりや木の上に城がある、金の卵が出て来るなどむしろジャックと豆の木を流用しています。

★ シュレックの監督

シュレックのスピンオフとしての長ぐつをはいたネコは 2004年から企画されていたそうですが、長い時間をかけた甲斐があったと思います。元々は劇場映画として企画されたものではなく、別な用途を考えていたそうです。2010年にギレルモ・デル・トロが制作に参加。シュレックが2本できた後スピンオフとして長ぐつをはいたネコが出るはずだったそうですが、シュレック 3 が先に仕上がり、公開。クリス・ミュラーは1本目から声の出演をするなど、最初から参加していました。シュレック 3 では監督に昇進。しかしドイツの雑誌には読者から酷評が寄せられていました。アメリカなどでは賛否両論。大成功とは言えませんでした。

どういういきさつで長ぐつをはいたネコの公開が後になったのかは分かりませんが、結果を見ると大成功。出演料を節約するためか1人でいくつもの役を受け持っていますが、作品全体は非常にゴージャスな仕上がりです。これでシュレック 3 の不調も挽回。

★ 出来のいい予告編

この作品が公開されるかなり前から複数の予告編がインターネットに出回っていました。その出来が非常に良く、シュレックのファンであってもなくても興味を引かれる作りになっています。シュレックに出ていた時も所々で個性を発揮していましたが、スピンオフで独り立ちするに相応しいキャラクターに仕上がっていて、それが予告編に存分に現われています。あまり楽しいので予告編だけで記事を書こうと思ったぐらいです。

公式予告1作目はバンデラスで有名になったマスク・オブ・ゾロ レジェンド・オブ・ゾロをたっぷり思い出せるような作りになっています。その一瞬のシーンに続いて軽快なリズムに乗ってステップを踏みながら村を闊歩する姿が出ます。ところがこういうシーンは本編にはありません。私はすっかり騙されて本編を見てしまいました。

公式予告2作目はほとんど本編に使われているシーンでできています。ドイツ語版に無かったのはバーでミルクを飲むシーン。似たようなシーンはあるのですが、予告に出て来たシーンはありませんでした。ところが私はそのシーンに惹かれて本編を見たのです。ここでも騙されてしまった。

公式予告3作目も2作目と同じで本編に使われているシーンのほかにミルクを飲むシーンが入っていて、私はもう1度騙されてしまいました。予告編3本を見ると上手い順番になっていて、1作目ではストーリーではなく、ネコのキャラクターを魅力たっぷりに紹介、2作目からはバンデラスの過去の作品を思い出させるようなシーンや宣伝文句を上手く組み合わせながら本編の内容をチラッと紹介しています。近年あまりいい出来の予告編を見ていなかったのですが、久しぶりに「これは見なくては」とうまく乗せられてしまいました。

しかし予告がやたら良くて、本編には見所の無い作品と違い、長ぐつをはいたネコは本編もたっぷり楽しめます。私は DVD を借りたのですが、英語とドイツ語で2度見てしまいました。

★ 長ぐつをはいたネコ vs 雌猫キティー: 決闘だ!

アントニオ・バンデラスが声を受け持っているだけではなく、彼の過去に演じた役にも合うイメージで脚本が作られています。共演で重要な役を演じるキティーもスペイン系の鼻持ちなら無い伊達雄猫に合うように、簡単には言いくるめられない雌猫のキャラクターにしてあり、それをペネロープ・クルスでなく、サルマ・ハヤックにしたのは大成功と言えます。2人はプロモーションのために世界を飛び回っていましたが、本当にいいコンビだと思います。ベルリンにも来ていました。

この雄猫がシュレック 2 に初登場した時は、敵に当たる国王側から差し向けられたヒットカーター(=雄猫)でした。それが依頼主を裏切り、シュレックの友達になってしまいます。シュレック 3 では孫悟空の仲間よろしく、完全にシュレック側についています。

スピンオフに当たる長ぐつをはいたネコではアウトローに成り下がってしまった長ぐつをはいたネコが宝の話を聞き、探し始めます。そこへライバルとして登場するのが謎の雌猫。最初は覆面をしているので雌だと知らず、怪傑ゾロよろしく真剣勝負。剣で始まった決闘はやがてフラメンコ・ダンスの戦いとなり、互角で勝負がつきません。

雌猫も一枚噛んで宝探しが始まり、過去の話として計画を練る卵男と長ぐつをはいたネコの間のいきさつが語られます。なぜ両者が信頼し合えないか・・・実は・・・という話になり、生まれたばかりの子猫が孤児院に収容されるところから始まります。

シュレックでご覧になったように長ぐつをはいたネコの最大の武器は下から相手の同情を引くようなまなざしを送ること。こういう目で見つめられるとかたくなな心でも溶けてしまいます。子供の頃から長ぐつをはいたネコはそうやって相手を上手に自分の側に引き寄せる術を心得ていました。

成長の途中で盗みやずるいことも覚え、孤児院の母からは「悪い事はしては行けない」と教えられ、善と悪の区別がつくようになって来ます。そしてある日老女を事故から救ったため、村人から尊敬される猫に成長。その時にブーツと帽子を贈られます。以降悪には一切手を染めないつもりで生きていたのに、ある日親友と思っていた卵男にはめられて汚名を着せられたまま村を後にせざるを得なくなります。

しかしモラルの大部分はまだ持ち続け、酒場に入ってもウィスキーは飲まず、飲むのは牛乳。盗む時も規則を作っていて、理不尽な事は断わります。そして剣術に長け、どんなアクションもこなす怪傑ゾロと並ぶ剣士になっています。

ならず者から秘密の豆を盗もうとたくらみ押し入ろうという時急に目の前に現われるのがキティー。当初は雌猫だとも分からず、自分の仕事を邪魔する奴ということで戦いが始まります。2匹の間の争いが災いして、ならず者にばれてしまい、そこから追いかけっこが始まります。まずは2匹の猫の間でオトシマイをつけることになり、ダンスの決闘。

このシーンが非常に洒落ていて、地下の猫酒場でフラメンコ合戦が始まります。戦いはダンスのみならず剣を使って行われ、周囲で他の猫が見守っています。空中を飛びながらステップを踏み、落下しながら踊り続けるシーンはアニメでしかできないすばらしいアイディア。初めて相手が雌猫だと知った長ぐつをはいたネコは、叩き殺すつもりだったのが、心境に変化が生まれます。スペイン男のマッチョぶりはそのままで、しかし威厳のある強い相手に対する尊敬の念もあり、弱い雌猫を護るのは自分だという自負もあり、感情が入り乱れます。

自分の事は自分で護れるという自信のあるキティーに取っては護ってくれる男なんぞうざい。その上彼女は頭も良く切れ、盗みの名人。あれほど強い長ぐつをはいたネコでも気づかないうちにブーツを取られていたり、ブーツの中に隠していた金を取られてしまったり、あっという間に帽子が消えていたり、見事な盗みっぷりです。

ダンス・シーンはプロのダンサーに踊らせ、それを撮影した上でアニメに作り直したようですが、言わば黒子の2人のダンスはすばらしいです。ここでもう1つイメージ作戦が成功しているのは、バンデラスとハヤックも踊りの名手だという点。そういう風に声を担当している俳優のこれまでのキャリアを上手くストーリーに織り込んであります。

バンデラスはアメリカのスラムの学校に赴任して来た舞踏家という役でレッスン!の主演を取っています(フラメンコではなくタンゴ)。ハヤックは踊りのセンスが非常に良く、時たま短いシーンが出る作品があると、もっと長く見ていたいと思います。ジョン・トラボルタも踊りのセンスが優れていますが、ハヤックも負けない才能を持っているのではと思います。分野は違いますが。そういう2人が2匹になり、アニメの世界ですばらしいステップを披露。2人の踊りを別な作品で見たことのある観客は想像力をめぐらし、大満足。このシーンだけでも入場料の価値があります。

★ 長ぐつをはいたネコと卵男のいきさつ

最近流行の「僕を置いてきぼりにした、1人きりにした」という話が絡みます。家族関係が崩れた現代ではこういうテーマが時々必要なようで、孤児の間の兄弟関係、友情、裏切りなどが絡ませてあります。私には何世代にも渡る家族関係を壊し、核家族、その先で子供は国が育てるなどという道を自ら選んだのが欧米社会なので、その弊害も受け入れるものと思っていました。ただ年長者だというだけで権威が認められ過ぎる古いやり方もどうかと思いますが、60年代後半に先の事を考えずに全部ぶっ壊してしまい、その後は残り火だけで生き、古い権威主義を壊した後どういう風に生きて行くのかを現在まで示していない新しい方法派もどうかと思います。家族の絆が失せて、国全体が精神的には孤児状態になっている現代。自分の事は自分1人でやりなさいというのは若く体調も良い、元気のある一時期だけいいことで、ふと1人になると孤独であり、信頼感もちゃんと育っていなかったということになります。中には孤児院の母のように限りなく愛情を注ぐ人もいますが、心の支えになる人を見つけるのはこういう放り出された社会では難しいです。そこを大きなテーマにしています。スペインやメキシコはまだ家族の結びつきが強く、がたがたに崩れていませんが、そういう国から主演やプロデューサーをを連れて来たためか、全編に人間に対する肯定的な目が感じられます。

後半豆の木の上から金の卵を産む鵞鳥を盗んで来るのですが、母鳥が小鳥を求めて地上に降りて来ます。ここでも親子の絆が表現されています。長ぐつをはいたネコは子供も対象にしてあるので(日12歳、米11歳、独0歳)、教育的観点からそういう風な作り方になっているのでしょう。

卵男は最初は長ぐつをはいたネコと一緒に孤児院で悪さ。その頃から頭脳明晰で作戦を練ったりします。悪さから足を洗った長ぐつをはいたネコを無理やり悪事に引き戻すために長ぐつをはいたネコを罠にはめたことがきっかけで両者は袂を分かち、お互い相手の行方を知らないままになります。

長ぐつをはいたネコはマカロニ・ウエスタンの主人公のような孤独な生活を続け、時々大山を当てようとしながらさすらいの旅。卵男がその間どこで何をしていたのかは分かりませんが、ある日金の卵を産む鵞鳥の話がきっかけで再会。口の上手さは長ぐつをはいたネコの上を行き、うまく鵞鳥の話で釣りながら長ぐつをはいたネコを言いくるめてしまいます。

反発し合い、助け合いながら2匹のネコと卵男は本当に大山を当てますが、またもや長ぐつをはいたネコは卵男の裏切りに遭います。そういう風に世間の現実を入れながら話が進み、最後は涙の決着。

★ マザー・グースも登場

☆ ジャック& ジル

ジャックとジルはマザー・グースの歌からの登場。歌の2人は兄と妹のようです。元々は同じ発音の男の子が2人。さらに元をたどると誰々だったという解説もありますが、実際のところ誰を指していたのかは確定していません。後には子供で兄と妹という話に落ち着きます。かわいらしい失敗談になっていますが、実は血なまぐさい死人の絡む歌だったそうです。

☆ 卵男: ハンプティー・ダンプティー

ハンプティー・ダンプティーは色々な所に引用されたりキャラクターが使われます。英国の伝説のようなテレビ・シリーズプリズナー No.6 のショーダウンのところにある登場人物がこの歌を大声で歌うシーンがあります。S・S・ヴァン・ダインやエラリー・クイーンも章のタイトルや登場人物に使っています。

マザー・グースは詩人の名前でもなく、グリムやペローのような収集家の名前でもなく、田舎でそういう伝承話を作った女性たちの総称。グリムの話でも分かるように、子供に聞かせるための話でありながらかなり残酷な内容で、世の中が楽しい事ばかりの天国ではないことを早いうちから童話、童謡の形で言い聞かせるために作られたようです。

★ スピンオフの続編?

ここで長ぐつをはいたネコが死ぬとシュレックに結びつかなくなるので、長ぐつをはいたネコは生き残ります。ネコには9つの命があるようですから(なぜか英語版の予告編には9つ、ドイツ語版の予告には7つの命と書いてありました)、まだ暫くは生きているでしょう。そのうちに別なスピンオフができるかも知れません。まだ余力はたっぷりです。

ハヤックとバンデラスがプロモーションで各国を飛び回っている記事が大衆誌に何度も取り上げられていました。2人のコンビは良さそうで、そこへギレルモ・デル・トロも加わるとなると、これ1作で終わらせるのは惜しいです。滅多に続編を望まない私ですが、長ぐつをはいたネコはやってみる価値があるかも知れません。

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