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顔のないスパイ /
The Double /
Codinome Cassius 7 /
O Espiao Fantasma /
Secret Identity

Michael Brandt

USA 2011 98 Min. 劇映画

出演者

Richard Gere
(Paul Shepherdson - 引退した CIA エージェント)

Topher Grace
(Ben Geary - 若手 FBI 分析官、事務職)

Martin Sheen
(Tom Highland - CIA 長官、ポールの元上司)

Tamer Hassan
(Bozlovski - ソ連、ロシアのスパイ)
(ソ連のスパイポウルの家族をジュネーヴで殺した男、カシウス)

Stephen Moyer
(Brutus - アメリカの刑務所に服役中のソ連スパイ)
(脱走して死亡)

Chris Marquette
(Oliver - FBI分析官、ベンの同僚、事務職)

Odette Annable
(Natalie Geary - 書店員、ベンの妻)

Stana Katic
(Amber - ワシントン在住のロシア人売春婦)

Yuri Sardarov
(Leo - アメリカ在住のロシア人の悪党)

Ed Kelly
(Dennis Darden - 暗殺された上院議員)

Randy Flagler
( Martin Miller- FBI・CIA 合同会議に出席したエージェント)

Jimmy Ortega
(Coyote - メキシコから密入国する男)

見た時期:2012年5月

要注意: 重要なネタばれあり!

見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

★ 期待が大きく外れた

近所の DVD 屋さんでは3本まとめて借りると割引してくれます。先日休日の1日前に借りに行ったら、休日サービスで「その値段で4本持って行ってもいいよ」と言われ、4本まとめて借りました。返すのは翌日の夜。

で、借り出したのが
 ・ ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル
 ・ 顔のないスパイ
 ・ ラスト・ターゲット
 ・ チャールズ・ポーティスの小説の映画化で勇気ある追跡のリメイクのトゥルー・グリット
期待しない順に並べてみました。

まずは軽い作品からと思い、トム・クルーズに着手。

ところがクルーズは進化するんですね。過去の3作のランニング・ギャグをまじえながら、失笑を買うようなシーンをユーモアに作り変え、アクションとミステリーを上手に混ぜ、過去に見た同シリーズの作品の中で1番満足度が高くなったのみならず、その辺のアクション映画より楽しめました。非現実の世界だということは見え見えに作ってあるので、細かい事にこだわらなければ、このストレスの多い時代に2時間弱大人向きのメルヘンが楽しめます。というわけで期待度最低の作品で簡単に満足してしまいました。

次にリチャード・ギアに取り掛かりました。

彼もトム・クルーズ同様ハリウッドが大金をかけて作り出したスターなので、その程度の期待だけでした。最近はマネージャーの言うままでなく自ら選んだのだろうかと思える意外な作品もありますが、大体はスター路線に上手に乗っかっているだろうと思い、その程度の期待。

ところがこれが4作の中で1番良く、ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコルがアクション・ジャンルとして非常に良くできているということで2位。

後に続いたジョージ・クルーニーとジェフ・ブリッジズの意欲作がこけてしまいました。オスカーの演技派と考えていたのでこちらの2本の方がいいだろうと踏んだのですが、見事に予想が外れました。

★ 本当に騙された

顔のないスパイはソ連、後続のロシア、アメリカの間のスパイ合戦で、根っ子は冷戦時代に遡ります。キューバ危機の頃「東西で直接ドンパチをやらない」ということで話がつき、専門職のスパイが代理戦争をするという風に切り替わっていました。素人さんに迷惑はかけないという原則です。なので両国とも相手国の言語に通じ、別人に成りすましながら相手国に潜入する能力を持つスパイを養成し、お互いに送り込んでいました。やり方は色々で、1つの例はソルト。この協定のメリットは、一般人にはとばっちり以外迷惑がかからないという点です。

映画を見る限りスパイという商売は多岐に渡っており、しょっちゅう仕事の依頼が来て出動しているのがミッション:インポッシブルのような人たち。あまり映画化されませんが、ジョージ・クルーニーがラスト・ターゲットで演じたような技術屋で、普通は自分は暗殺などのミッションには直接関わらないバックアップ係もいます。事務所にこもって書類や写真の分析をするだけの人たちもいます。そういう人はスパイと呼ばないのでしょうが、スパイ活動をする、あるいはさせる人たちに重要な情報を提供するという意味ではスパイ稼業に深く関わっています。

また、自国の国家公務員として直接実働組に入っている人たち、スパイ大作戦のように国に直接結びついているけれど、やばくなったら「僕知らないよ」とポイ捨てされるのを承知で動く人たち、民営化された傭兵のような人たち、そのなかでも民間の会社・組織に属している人たち、一匹狼で専門職の人たち、民間で普段は非合法な仕事をしている人たち(早く言えばギャングやマフィア)、さらにその中の一匹狼と色々な立場があるようです。

映画なので面白おかしく作られており、どこまで現実と似ているのかは不明。ドラマの素材としてやや深みが出せるのが引退した人間の扱い。顔のないスパイはそういう風に始まります。

★ あらすじ

当面の主人公はリチャード・ギア演じる引退したはずの老スパイのポール。以前は CIA に仕えていました。体調は現在もまあまあ、時々近所の少年野球を見に行ったりする静かな余生を送っています。結構贅沢な一軒家に住んでいて、きちんと片付いています。長年危険な任務についていたので、たっぷり年金が出るのだろうと想像できます。しかしその代償として家族はおらず、独り身。子供もいません。恋人がいる様子もありません。

彼の静かな老後は上院議員の暗殺で乱されます。冷戦が終わる前と冷戦後の両方の期間に何度も世界各国で起きていた暗殺と全く同じ手口で上院議員が殺されています。上院議員殺害犯と考えられる男はかなり前に死んでおり、関係者と目される男はずいぶん前から終身刑で重犯罪者の刑務所にいます。すでにけりがついており、冷戦後のある時期から事件は起きなくなっていました。

上院議員殺害事件は FBI が議員の対ロ関係を調査中、監視の真っ只中で堂々と行われます。犯人はかなり大胆不敵でやり慣れています。FBI・CIA 合同捜査会議では「当時の犯人の模倣犯だろう」という意見が何度か出ますが、検死の結果「似ている」では済まされないほど類似点が多いので、「表向き死を装った犯人が活動を開始したのだろう」という話も出ます。そこで呼び出されるのが老スパイのポールと若手分析官ベン。

FBI の事務職の分析官と CIA の元実務のスパイ、若手と引退したベテラン、家族持ちと独身者、大学で犯人の研究をし、論文まで書いたインテリと過去ロシア語を駆使して走り回った現実派という風に2人を対照的にしてあり、まずはお決まりの意見の合わないバディー物として始まります。

FBI・CIA 合同捜査会議などを通して観客に一通り過去の経緯と最近の事件を説明した後、2人がそれぞれ違うアプローチの仕方で事件を追う姿が紹介されます。しかし前半の途中でリチャード・ギアが実は表で知られているのとは違う行動を取っていたことが分かります。この段階で既に決定的な秘密をばらしてしまう構成に一部の映画ファンからは批判も出ています。しかし話を進めましょう。

表の顔自体が元 CIA のエージェントなので、FBI ほど堂々とそれを名乗って引退するわけには行かない立場。近所の人には全然違う話をしてあるのでしょう。その元 CIA のエージェントという立場にさらに上司も知らない裏があります。なんとそれはソ連のスパイ。当時ソ連がアメリカに送り込んで来たエリート・スパイ軍団カシウス 7 の訓練をしていたのがポール。ポールがロシア語がペラペラなのはロシア人だからです。

近年アメリカのこういう機関の副長官だか、かなり上の人がスパイだったか、スパイと通じていたという事件が発覚しています。そういう話を思い出しながら見るとおもしろいです。外国にヒットマンを送り込んで要人を暗殺し、その後国外にトンズラするような簡単な話ではなく、キャリアを積んで上層部に入り込み、命令に関与できる立場にまで入り込んでいます。

CIA 引退後ロシアに戻らず、アメリカで引退生活を送っていたポールはそれなりにスパイの厳しい事情を知っているので、若手の家族持ちのベンがあまり深入りしないように、夫人を通じて事件から手を引かせようとします。CIA ではなく FBI なので危ないとは言っても刑事のような危険。CIA のスパイとは前提条件が違います。研究熱心なベンはすでに膨大な資料を読み、重要な分析を行っているインテリ青年なので、ポールはいずれベンが自分に目を向けるだろうとの予想もついています。そうなるとポールはベンを消さなければ行けない立場になることまで予想がつきます。

上院議員暗殺事件の捜査は少し進み、メキシコから密入国者としてアメリカに入った中に紛れ込んでいたロシア人ボスロフスキーがカシウスではないかということで捜査線上に浮かんで来ます。

★ プロットの穴

この作品、よく考えるとプロットに穴が見えないこともないのですが、人物が良く描かれているため、お目こぼしをする観客が多いようです。タイトルが示すようにたくさんの《ダブル》が織り込んであります。わりと簡単にばれるのがリチャード・ギアがソ連時代にアメリカに送り込まれた二重スパイだということ。次にカシウスという暗号名で知られるソ連のヒットマンの正体に2つの姿があること。ギア自身がカシウスかもしれず、別にもう1人同じ手口で暗殺をする人間がいるかも知れません。

元々実戦は経験が無く、書類を見て分析することが本職のベンは、実戦に配置してもらい意欲満々でしたが、作品半ばで息切れ。調べても調べてもカシウスの正体が分かりません。1つには目の前にポールという名前のカシウス本人がいて、調査が進みそうになるとつぶしてかかるため。もう1つはカシウスの犯罪に混乱が見られるため。分析官に取って都合がいいのは資料が一定のパターンを示してくれること。しかしカシウスはそう簡単に尻尾をつかませてくれず、しかも本人の生死もはっきりしません。そこで1度原点に戻ります。

事務所に帰り、同僚に相談。大学でカシウス研究を課題としていただけあって、山のような書類がありますが、1度自分は一歩引き、同僚に任せてみます。すると同僚は山のような資料を仕分けして、ある年を境にすっきりしない事件が増えていることに気づきます。すっきりする事件というのはターゲットがいて、犯行があり、その理由がはっきりしている事件。ある時期から後はなぜその人物が殺されたのかはっきりしない事件が加わり、分かり易い事件に混ざって比較的頻繁に起きています。

それに気づいた同僚に感謝しつつベンは再び自分で分析を始めます。新たに写真を見てみると、現場写真のほとんどにポールの姿があることが判明。ベンはポールを疑い始めます。ここに至って、ポールは自分の立場上ベンを殺さざるを得ない成り行きが近づくため悩み始めます。ポールに対する疑いが濃くなり、ベンはどうなっているんだろうと考え始めます。

さらに私はここで全然違う考えを持ち、CIA 長官がポールに疑いを持っていたため、今回の事件に引っ張り出し、ぼろを出させようとしているのではないかとも思いました。長官の役にも重要な俳優を連れて来ているので、タダでは引っ込まないだろうと思ったのです。配役を読み過ぎて外れました。

捜査線上に浮かんだボスロフスキーとカシウスことポールには古い因縁がありました。ボスロフスキーもカシアスに負けないほど腕の立つ殺し屋。かつて結婚し、子供もいたポールが今独り身なのはボスロフスキーがカシウス(=ポール)の妻子を殺したため。ポールがソ連の規則を破り結婚して家族と暮らしていたためです。家族暗殺を境にベンが分析しているカシウスの犯行に不規則性が見られるようになっています。ベンはポールの事はまだ何もつかんでいないので、ポールが・・・ではなく、カシウスがパターンを崩し始めたと解釈します。

ポールは CIA としてカシアスの捜査をしていたので、カシアスの犯行現場の写真全てにポールが写っている事は説明がつきます。しかしベンと同僚の分析官はカシウスが犯行現場に舞い戻るタイプの犯罪者ではないかとも分析していました。

最近カシウスの手口で殺されたのは少なくとも2人。1人は上院議員、もう1人は証言を取るためにポールとベンが刑務所に訪ねた終身刑の男ブルータス。彼は間もなく脱走しますが、カシウスに殺されてしまいます。ポールのそぶりがおかしいことは映画の観客には分かりますが、その場にいたベンとブルータスには分かりません。ポールはブルータスと面談する時後ろに隠れてブルータスに直接顔を見せません。見せればかつて自分を訓練したポール=カシウスに気づいてしまいます。しかし男に脱走のチャンスを与えたラジオを差し入れたのはポール。面談中に2人はブルータスからカシウスにかつて家族がいて、カシウスはスパイのルールに違反したため、罰せられたという証言を得ます。

観客にはばれていても、ポール=カシウスということをまだ知らない捜査班は、映画の冒頭メキシコからアメリカに密入国したメキシコ人に混ざってロシア人ボスロフスキーがいたことを暫く経ってから突き止め、名前、居所もばれます。ポールとベンは直接ボスロフスキーを捜しに出向きもします。カシウスがそれまで外国にいて、この密入国でアメリカに再び姿を現わしたのだと解釈しているのが捜査班やベン。

ポールには当然ながら別な考えがあります。ボスロフスキーの再入国と最近の殺人事件の時期が近いので、ポールはボスロフスキーにカシウスの罪を被せようと考えている様子。そういう風にベンの目をボスロフスキーに逸らせることができれば、一石二鳥。問題はダブルに片付きます。

・・・とここまでは私もなるほどと思いながら見ていました。ところがその後あっと驚く展開。ベンを殺さずに済むように努力していたポールに取ってもびっくりの展開になります。何と、ベンがロシアのスパイで、アメリカで家庭を持ち、FBI に入り込んでいたのです。彼の任務はカシウスを見つけて消すこと。時代が変わって敵国で妻帯してもいいことになったのかも知れません。何も知らない妻子はいい迷惑ですが。

ベンも元々はポールがカシウスだとは思っておらず、大学で論文を書くという大義名分でカシウス探しをしていました。このあたりに説明不足が目立つのが批判の理由でしょう。特にポールがカシウスだとすると、なぜこれまで成功裏に引退生活を送っていたのに、上院議員を殺したのかという疑問が浮かびます。なので上院議員殺しはカシウスの手によるものではなく、ベンの側がカシアスをおびき出すためにやったと考えられない事もありません(となると、ボーン・アイデンティティーの原作のパクリ)が、十分な伏線がありません。手口が非常に似ていて、それでもカシウスの仕業でないとすると、CSI の目をすり抜けるほど巧みな模倣犯でなければ行けないことになり、やや破綻気味のプロットです。

★ アジア的なギア

完全に西洋風の話なら、最後殺されるのはベン。しかし主演がリチャード・ギアなので、私はギアが死ぬと踏んでいました。彼は東洋系の考え方をするようになっていて、そういう脚本を選ぶ事もあるからです。ポールとベンは一種の父子関係に描かれていて、かつて家族を失ったポールはベンの家族を自分の子供夫婦のようにも見ていました。なのでこの一家を傷つけたくない。ゲルマン人の掟に従うと、やむなく父親と息子が戦うことになり(っと、そこまでは西洋風に進む)、最後の対決で勝ってしまうのが父親。しかし事情を理解しない我が息子を殺さなくてはならず、後で勝ってしまった父親が嘆き悲しむというのがゲルマン式の大悲劇。それを東洋風に考えるギアが演じるので、ショーダウンは東洋的になるのではないかと思っていたら、その通りでした。

ここで欠けているのは、ポールが最後にもう一踏ん張りしてベンが生き残れるようにしたことのありがたみをベンがあまり感じていない点。話の展開上ポールの心にベンが近づく暇が無かったので、ポールだけがベンを気遣い、ベンはポールにさほど感情移入していないためです。そして最後にそういう事情を全く知らないポールの元上司が、ベンの活躍を認めて CIA にリクルートするという落ちまで用意されています。アメリカ合衆国に取っては一難(カシウスのポール)去ってまた一難(ベン)です。

★ 評判はそれほど高くない

後でインターネットで調べてみたら、意外と低い点がついていました。その上紹介記事も少ない。演じる俳優は役をよく理解していて、プロットの穴は見ている最中は目立ちません。コンビを組む老若の2人も上手くかみ合っています。珍しく硬派の役を演じるギアにも真実味があり、甘っちょろい若手として登場するグレースも事件を担当しながら様子が変わって行く過程を上手く演じています。

推理小説ファンとしてはもう少し工夫して辻褄を合わせてもらいたいところですが、意外性が何箇所にも埋め込んであり、その場ではゆっくり考える暇も無く展開します。世の中全部が推理小説ファンではなく、俳優に惹かれて見る人も多いでしょうから、出来のいい作品の部類に数えてもいいと思います。

配役も以前ジャッカルを演じたことのあるリチャード・ギアにふったのは効果的。ギアが西洋的なショーダウンを避けるかも知れないというのは私のうがった見方ですが、欧州の観客にはそこも意外に映るかも知れません。いずれにしろ、もう少し認められてもいいのではと思える作品です。

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