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2003 F/Belgien 100 Min. 劇映画
出演者
Lambert Wilson
(Brennac - 精神分析医)
Sylvie Testud
(Claude - 連続殺人鬼)
Valérie Lemaître
(クロードの母親)
Jérémy Bombace
(クロード、子供時代)
Frédéric Diefenthal
(Matthias - プロファイラー)
Michel Duchaussoy
(Karl Freud - 精神分析医)
Edouard Montoute (Ray - 連続殺人事件の担当刑事)
Tomer Sisley (Malik)
Jean-Henri Compère (Alex - 看護士)
Michaël Toch-Martin
(ピザ屋)
Raymond Pradel (田舎の警察署長)
見た時期:2004年8月
ストーリーの説明はありますが、肝心の結末はばらしていません。核心の部分はこのページでは伏せてあります。どうしてもそこが読みたい人は別なページをクリックして下さい。
テンションの高さから言うと前回ご紹介したハイテンションがファンタ中1番高かったです。珍しく再上映があったので、見た人は多かったと思います。しかしここからガクっとテンションが下がるのではなく、ここからはシックな語り口や、芸術的な騙し方をする作品など、静かに犯罪を満喫できるような作品に変わります。こういうカテゴリーでも今年のファンタは佳作揃いでした。
Dédales はハリウッドのリメイクが決まっているそうですが、この作品の主人公のようないい演技を持ち込める俳優が見つかるかが問題。ハリウッドはインディペンデンスの無名 俳優に任せる気にはならないでしょう。アイデンティティーのような作品ですと、グループ全体のバランスが問われるので、皆がそこそこの演技を見せれば上手 く行きます。しかし Dédales では個人の力量がかなりの比重を占めます。それを見事に成功させた作品です。
テーマとしては2003年のフェスティバルのオープニングに来たアイデンティティーにかなり近いです。設定も精神分裂症を病む容疑者を裁判にかけるべき か、病人として扱うべきかが争点。監督がしかけた罠が何箇所かあり、観客は気持ち良くその罠に落ち、後でしてやられたと頭を叩きます。エンターテイメント という面は押さえてあり、まじめな取り組み方。そこはアイデンティティーとやや趣きが違います。
見る前、重要な主演の1人がランバート・ウィルソン、使われる言語がフランス語だということでちょっと考えてしまいました。しかし解説などを読むと おもしろそう。Dédales が見られるかどうかは前日のインファナル・アフェア 無間序曲 (2)(井上さんの記事1、記事2(下へスクロール)) にかかっていたので、危ぶまれていました。ところがインファナル・アフェア 無間序曲 (2)と組んでいたハイテンション(これもフランス)が劇場公開にならない上、DVDも先行きがはっきりしないと聞いたので、清水の舞台から飛び降りるつもり でそちらへ。さらに Dédales と同時上映の予定だった フリーズ・フレーム がベルリンに届かず、ハイテンションが再上映と決まり、ハイテンションをもう見ていた私は Dédales へ。そのため予定外でフランスのおもしろい作品を2本見ることができました。
ちなみにインファナル・アフェ アーズ II (同井上さんの記事)はインファナル・アフェア 無間序曲 (2)がこけてしまったので、その犠牲になり、その代わりにキャラダイン一家のコメディー風ゾンビ映画を見ました(これはファンタ・ソフト。アハハの軽い作品)。インファナル・アフェ アーズ III(井上さんの記事)はまだドイツでは全然話題になっていませんが、I と II が来れば III も来るでしょう。I と II は注目を集めています。
後記: こういう混乱を醍醐味と言うと変ですが、番狂わせで玉突き的に見る作品を変更しなければ行けない状況もファンタのおもしろさです。
ブルーベリーでフランスの映画に対する印象はやや上昇していたのですが、これはあのドーベルマンの監督。例外だろうと自分では思っていました。ヴィドックもおもしろかったのですが、あれも典型的なフランス作品とは言えないだろうと当時は勝手に考えていました。しかし今年、これほど次々フランスの佳作を見せられ、これは先入観を改めないと行けないと思い直しているところです。
フランス映画というのはドイツ以上に国の保護が厚く、国産品を大切にしようという方針になっています。ただドイツと同じ弊害があるらしく、出来上がった作品はつまらない物が多いそうです。私もそう思っていました。ジャン・レノーもそういう見方をしていました。ドイツ人が持っている印象は「おしゃべりばかりして何も起こらない」というもの。私の印象も、ジャン・レノーの印象も同じ。ところが最近どうも動きがある作品、おしゃべりが少ない作品、見せる作品が増える傾向にあるようなのです。今年ファンタで見た作品はどれもそうでした。もうヴィ ドックやドーベルマンを例外と思わなくてもいいようです。
話は変わりますが、最近アメリカに2人、フランスに1人、スウェーデンに1人ウィルソンという男優が出て来て、全員の唇の形が似ているので不思議に思っているところです。アメリカの2人は兄弟ですが、ほかは関係がなさそう。その1人ランバート・ウィルソンが主演です。彼はマトリックスでしょうもない事を喋り捲った男。あの調子でやられたら嫌だなあと思っていたのですが、Dédales では用の無い事はしゃべりません。アメリカに行ってキャットウーマンなどを撮ると鼻持ちならぬけしからん男に変身するのですが、フランスではなかなかいい役をもらっています。
★ あらすじ
クロードという連続殺人鬼が捕まり、ゴシカに出て来たような厳重な警戒態勢の病院兼刑務所に収容されています。 彼女は25歳の少年っぽい痩せた女性。27人の男女を殺したとされています。この2年の必死の捜査の結果カタコンベ(舞台はパリ)で山のような死体が発見され、生存者も見つかります。2年間の捜査中には人が殺されたと思える現場のビデオが残されており、大量の血痕も残されているのに死体が発見されない状態が続いていました。
最後の決め手となった死体発見や、その前犯人のクロードがさいころを使って被害者と賭けをし、被害者が負けたら殺されるという手口を発見したのは、マティアスというプロファイラーの手柄。他の部下が手抜き捜査をやる中、一生懸命事件に食いついたのはレイという刑事。
犯人がクロードだという点は証人や証拠があるのではっきりしているのですが、問題はこの人物が公判に耐えうる精神状態かという点。重度の精神分裂症にかかっていて、キャラクターの一部は殺人犯、しかし他の部分は責任感もある善良な人間。現在表に出て来ているクロードの他に、アリアドネ、ダイダロス、ミノタウロス、テセウスなどに見事に分裂しているのです。
この名前どこから持って来たかと言うと、私もちゃんとは知らないギリシャ神話。西洋人はよくこういう時にギリシャ神話、ローマ神話、聖書などから名前を持って来るのです。犬神家の話で「よきことをきく」と言われて、私たちがはっと何かに思い当たるのと同じで、フランス人はふむふむとなるのですが、私は辞書を開いてややこしい説明を見ても、普段親しんでいないので、ぴんと来ません。
アリアドネは王子テセウスに恋をし、ラビリントスという迷路にテセウスを案内する時、脱出の手引きをするために糸を与え、迷路でミノタウロスという怪物を退治するといういきさつが古代ギリシアにあります。テセウスは脱出には成功しますが、結局彼女を置き去りに。
優秀な職人ダイダロスには身内を殺した過去があります。そのため他国へ亡命し、亡命先の王妃のために木製の牛を作ります。その中に王妃を入れたら王妃を牝の牛だと思い込んだ雄の牛と結ばれることに。そのため王妃は牛の頭を持った怪物ミノタウルスを産んでしまいます。ダイダロスというのは迷路(ラビリントス)を作った人でもあり、ラビリントスというのはこの作品の別名でもあります。
映画を見る前にはこんな話全然知らなかったのですが、欧州の人は予備知識があるのです。私なんか、書いていてもまだぴんと来ない。
クロードという名の人物がこういくつもの人格に分裂しているのは本人に取っても苦しいことでしょうが、担当の医師も大変。頭の中を整理しながら数人の人間のどれが出て来るか待ち構え、その都度適した対応を迫られます。中には文化程度の高いちゃんとした話のできる人物もいるのです。迷宮の女はクロードが逮捕されるまでの2年間の最後の6日をドキュメンタリー映画のように振り返ります。
並行して精神病院での治療を兼ねた調査が出て来ます。逮捕後精神状態が普通でない事が法廷で認められ、とりあえず仮処分として精神病院に検査入院。催眠術を使ったりしますが、あまりにもあっさりしたクロードの態度に驚かされます。この普通に見える人がああも簡単に人を殺すのかと。このクロードのあっさりした調子はハイテンションのマリーを思い出させます。どこと無く孤独そうなボーイッシュな女の子。その辺にいくらでもいそうなタイプです。
捜査中真相に迫る側には有能なプロファイラーがついていましたが、職業柄プロファイラーは性格が破綻する寸前。この仕事に就く人はハンニバル捜査と同じく、自分 の性格が悪に侵食される危険を伴います。昔は「警官のような立派な仕事に就きなさい」などと親や教師に言われたものですが、最近では潜入捜査官とプロファイラーにはなるまいと固く心に誓っています(笑)。
このようにクロードがつかまるまではプロファイラーが彼女に迫り、逮捕後の検査入院では才能ある精神分析医が1人では行き詰っていた院長に頼まれ嫌々仕事を引き受けます。
そして最後は《あっと驚く為五郎》で、ふむふむ、そう言えば・・・とうっちゃりをかまされたことに気づきます。そういう筋もおもしろいですが、演じている人がわざとらしくなく、スムーズな語り口なので、ついその雰囲気に乗せられて、監督が決めた速度であまり裏まで考えず進んでしまうのです。凝った作りではあるのですが、凝ったぞと押し付けがましくないのが快いです。
クロード捜査と精神分析は一定のテンポで進み、観客は退屈しませんが、後半の後半クロードの全性格と彼女が犯行に至るまでの原因、クロードの驚愕が明かされるという大々的な種明かしが行われます。監督は非常に丁寧に冒頭から伏線を引いています。2度見るとそこがきっちり確認できます。
★ 俳優は良く考えて役を引き受けた
この作品の脚本を渡された俳優は引き受ける前にじっくり読んで、矛盾が無いかを確認してから承諾したそうです。ウィルソンはあの頃ハリウッド映画に出るようになっていて、一定のイメージが作られていました。それを同じ頃自国で撮ったこの作品で打破できたと思います。私は外国の作品とフランスの作品両方を見ることができたので、ウィルソンに特定のイメージを持たなくなりました。タクシー・シリーズのコメディーに出ていた俳優も参加しており、イメージの固定を防ぐのに寄与しています。そして最も重要な役割を貰ったクロードの女優は見事としか言いようがありません。ハリウッドですとわざとらしくなるニュアンスの使い分けが非常にスムーズにできています。この人1人で7つのキャラクターのうち5役です。私は最初フランス語で見たのですが、その段階ですでに出来の良い俳優だと言うことが伝わりました。
この後のアッと驚く真相は別なページを見てください。
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