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Retornados /
The Returned

Manuel Carballo

Spanien/Kanada 2013 98 Min. 劇映画

出演者

Emily Hampshire
(Kate - ゾンビ病院の女医)

Romy Weltman
(Kate、少女時代)

Rhea Akler
(ケイトの母親)

Kris Holden-Ried
(Alex - ケイトの恋人、元ゾンビ)

Shawn Doyle
(Jacob - ケイトの友人)

Claudia Bassols
(Amber - ケイトの友人)

Melina Matthews
(Eve - 病院の薬保管庫係)

Jamie Lyle (医師)

Barry Flatman
(病院の主任)

Stephen Chambers
(反対運動家)

見た時期:2013年3月

2014年春のファンタ参加作品

ストーリーの説明あり

最後のネタバレはしませんが、ストーリを大部分紹介しますので見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

★ 何がまずかった?

写真を見るとまだ若い監督です。これまでに短編、テレビ・シリーズのエピソードなどを作っており、長編は3作目。ホラーやスリラーなどファンタ向きの作品を作っています。

映画は色々な才能が集まり、それがマッチしないと仕上がった時に輝きません。この作品はスペインとカナダの合作ですが、今一つ輝き方が弱いです。

プロットは良く、俳優の演技、撮影はまあまあ。これより良い要素を揃えた作品もあるでしょうが、別に見劣りするようなあらはありません。特筆すべきは視点で、そこは輝いています。しかし全部の要素を組み合わせてみるとあと一歩というところで輝き切れていません。

★ ゾンビその後

ゾンビ映画ではあるのですが、伝染病のようにゾンビが世界中にはびこった恐慌の時期は去り、人類が元の生活に戻って落ち着いたというところから始まります。

ゾンビ病が80年代から徐々に発生。手に負えなくなるほど広範囲に伝染し、28日後・・・のような苦境を乗り越え、科学者が全力を尽くし、スタップ細胞ならぬ、特殊な蛋白質を開発。それを早い時期に取ると、1度ゾンビに噛まれてしまった人でもゾンビ状態にならず(発病せず)、日常生活を送れるところまで来ていました。映画全体は架空の与太話ですが、エイズを思わせる発想です。

★ 医療費の問題 - 現実の話

現在のドイツでは各種の病気にかかっている人に基本となる手数料を払うだけで薬を出しています。日本と全く違うシステムで、薬類は大きく分けて要処方箋、要薬局購入、その辺のスーパーで許可無く買える3種類に分かれています。これは大雑把な分類で、無論救急病院に収容されてその場でもらう、値段が高くても患者には無料の薬なんてのもあります。

普通のケースは自分に生活保護世帯にならない程度の収入があり、自分が健康保険に入っている場合か、家族を養える程度の収入のある人の扶養家族の場合です。その他に低収入で費用免除と、大金持ちで私的な保健に高額の保険料を払っているため、いざ病気という時は無料というケースがあります。

病気の程度により処方箋を医者からもらって薬局へ買いに行きます。その際大体こんな感じに分かれています。
・ 基本料金の500円程度だけを患者が負担するケース(大多数)(アベノミックスの前と後で円の値段が大きく変わりましたので、交換レートを参照すると違う値段になりますが、国内物価の体感価格として大体500円ぐらいです)
・ 医者が処方箋を書かないと薬局は売らないけれど、全額を自分で負担するケース(少ない)、
・ 処方箋無しに自分の判断で好きなだけ買えるけれど、薬局でしか手に入らないケース(特定のクリーム、病気治療のためではなく健康管理に必要そうな物が多い)、
・ 薬局だけでなく、スーパーなどにもある(喉飴、ビタミン強化剤、健康茶など)
です。

鼻風邪から一生医者の世話になる病気まで様々ありますが、500円程度の基本料金を患者が払うケースが多く、場合により、これより高い基本料金を払うこともあります。しかし全体的に薬の値段の1割を超える料金を請求される事は稀で、製薬会社が定価としている値段と500円ほどの基本料金の差額は健康保険が負担しています。

健康保険はほとんど国営と言っていい大きな一般健康保険と、国の基準に準拠している代替保健があり、代替保健はよく業種ごとに分かれています。代替健保は一般健保より組織が小ぶりで、見通しがいいこともあり、企業努力が見られ、同じ保険料でも良い待遇が受けられる部分があります。またある時から日本の真似をしたのか、予防策に大きな予算を使い、結果としてその健保の会員の発病率だけ低い、悪化前に治療という例があります。

鼻風邪ですと1000円も行かない薬をもらい、自分が500円負担程度で終わりますが、ドイツでも癌患者は多いですし、老人で長患いをしている人も見過ごせない数いるので、健康にかかる費用はドイツでも長い間大きな政治のテーマになっています。

ある時コストが爆発的になってしまったので、大改革が行われ、それまで健保が負担していた物をばっさりカットしています。「なぜこんなものまで健保が負担するの?」と思うような物に気前良く払っていたそれまでの方針はどう見てもおかしかったので、改革は必要だったと思います。医療というお墨付きで大儲けしていた屁理屈部門がありました。改革後初めて500円とかの本人負担分ができ、不要に長い入院は止め、無料の休暇旅行と間違えるような転地療養も減らし、患者が要らないと言うのに薬をたくさん押し付けることを止めたため、ある程度コストは抑えられたようですが、一定の矛盾は現在も引きずっています。この問題はどの国でも理想的な解決方法は無く、試行錯誤を繰り返し、少しずつ利口になって行くようです。なので日本が長い歴史のあるドイツ式にすぐ飛びつくのはだめ。日本式解決を探すしかありません。

長々とドイツの医療制度のコストの部分を説明したのは、単に医療費膨張について話したかったから。ゾンビ映画に医療費の話が出て来るところが他のゾンビ映画と違うところです。

★ 映画の中では

医療費問題を念頭に置いて見ると分かり易い映画ですが、ゾンビ治療薬が作られていて、どうやら国が無料配布しているようなのです。当然費用はかさみますが、誰かがゾンビに変身してしまうとすぐ町中がゾンビだらけになってしまうのでこれはどうしても国がまかなわなければならない費用。

苦しいゾンビ蔓延時代を乗り越えた国民の同意があるので、国がお金を使ってワクチンを配布するのは構いません。町にある配布所に行くと糖尿病の人がインシュリンを打つような感じで使えるワクチンを貰えます。現実のドイツでは糖尿病患者も一定の基本料金を払い、インシュリンを必要な年数貰い続ける事ができます。財産も収入も無い人は手数料無し。話を戻し、ゾンビは1日1本必要です。治療を受けていない発症ゾンビに噛まれても、速やかに病院に行って治療を受ければ回復し、その後は《1日1本》生活。感染するのは健康人の傷口にゾンビの血液が接触した時だけ。他の接触では問題は起きません。

この作品が他のゾンビ映画に差をつけているのは、医療制度に話を結びつけたところで、エイズも、糖尿病も、ゾンビも普通の病気として扱い、病気に適した対策を取る限り社会に溶け込み、普通の生活が送れるということを前提にしているところです。

ところがある日、ワクチン生産の原料が不足して来ます。

そのとたんに、これまで友好的に行っていた社会のバランスと平和が崩れ始めます。

★ あらすじ

主人公の女性はゾンビ病院勤務の女医ケイト。彼女はゾンビに噛まれて収容された人たちの治療に当たっています。まだ国民はゾンビ恐慌時代の記憶が生々しく、人によっては「あなたのお子さんは回復しました。家に連れ帰ってもだいじょうぶですよ」と言われても、不信感丸出しで、子供をもっと病院で預かって欲しい態度ありありの両親もいますが、大部分の人は恋人や家族が帰宅できる、自分が外を自由に歩けることを喜んでいます。ケイトの恋人アレックスも1度ゾンビになってから回復した人物。アレックスは学校でティーンエイジャーに音楽を教える物静かな男。回復した幸せを噛み締めながら地味な生活を送るカップルです。

ケイトの父親はまだ治療法が発達していない時代にゾンビになり、ケイトはやむなく子供が親を撃ち殺さざるを得ないという厳しい経験をしています。

巷にはゾンビを日常生活に復帰させる事に反対な人もいて、運動をしています。その上ワクチン不足の噂が流れます。国への報告義務が厳しくなったり、感染者には住みにくい社会にあっという間に変貌して行きます。

ワクチン不足の原因はゾンビ患者の減少。死んだゾンビ患者の体の成分から作られるため、患者が減れば原材料が減ります。喜ばしい出来事が危険を生むわけです。新薬開発が急務ですが、まだ完成していません。

ケイトは役職柄情報は早めに入るため、アレックスのために病院からワクチンをくすねています。薬係の女性エヴァに大金を払って買い、密かに家の冷蔵庫に貯めています。

平和共存していた元患者と非患者の間には対立する感情が生まれ、非患者は元患者を殺せなどと乱暴な事を言い始めます。徐々に襲われる人も出ます。

新薬開発者は必死で研究を進めていますが、政府はどこまで真剣なのか分かりにくい感じで、わざわざワクチンを提供してまで生きてもらう必要は無いのかもと思わせるような、あまり気合の入っていないキャンペーンを行います。

間もなく政府のボロが出ます。突然元患者を隔離する命令が出て、兵隊が動員されます。この部分の展開はマーシャル・ローでアラブ系の住民が隔離されるシーンとそっくりです。

★ 真の友

ケイトとアレックスには作家アンバーとそのエージェントをしているジェイコブという友人夫婦がいて、2人でアレックスを助けようとしてくれます。ケイトはアレックスが元患者だと2人に打ち明けていて、現状を危ないと考えるアンバーたちと協力してアレックスを当局の手の届かない所へ逃がそうとします。新薬の完成が近いので、手持ちのワクチンで何とか生き延び、その後新薬に切り替えられるのではと希望を繋いでいます。

私は2人がケイトとアレックスを助けるというシーンで不信感を抱き、もしかしたらアンバーが2人に張り付いてドキュメンタリーを書き、後でジェイコブがエージェントとして本を出版社に売り込み、大儲けをするつもりなのかと疑いました。この疑いは見事にはずれ、それとは全然違う展開になりました。

自宅を離れ緊急避難していたケイトを見張っている人物がいました。以前ケイトはいざこざに巻き込まれ、その時関係した人物です。彼は自分の側の都合でワクチンを必要としています。見張った結果エヴァのアパートを嗅ぎつけ、エヴァを殺してしまいます。ケイトが貯めたワクチンを狙うのはその男だけではありませんでした。

時代が激変し、モラルは吹っ飛び、自分か身内を生き延びさせるために薬の略奪が始まってしまったのです。

★ 完全ネタバレはしません

ミステリー部分の作りは緩いので、ミステリー・ファンの期待には応えていません。ここの詰めをもう少しきっちりするとかなりの意外性が出せたのではないかと思います。医療費と絡ませたストーリーに加え、意外性を出せていれば大ヒットしたかも知れません。

元ゾンビが差別を受けるようになり、エヴァが殺されたあたりからは動きも早くなりますし、意外性でも勝負ができるのですが、その話を詳しくすると完全ネタバレになってしまうのでここで止めておきます。

★ もったいなかった

制作はスペインとカナダ。スペインは近年非常に出来のいいスリラー、犯罪映画、SF を出している国で、スペイン一国で作ったら、もう少し詰めのきっちりしたメリハリのある作品に仕上げたかも知れないと思います。

一方カナダはアメリカに進出すると俳優はかなり差別を受けますし、カナダ一国で作品を作ってもアメリカ市場ではあまり大きく巾を利かせる事ができません。しかし有能な俳優はいますし、その気になればいい作品を作る土壌はあるのではないかとかねがね思っていました。

ですのでカナダがハリウッド経由のアメリカ市場を狙わず欧州と組んだ試みは的外れではないと思います。しかしまだ組み合わせがちぐはぐで、近年のスペインのレベルに達していません。

がんばれカナダ、もっとがんばれスペイン。

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