皇帝の正しくないチェス

2003 全国大会 8R


はじめに

 8Rのお相手は、ベテランのK三段。レート順では、参加者の中で上から9人目。

 全国大会の終了後に、このHPを通じてメールを頂きました。
 何度かのメールのやりとりの中、自戦記をお願いしたところ、快く引き受けていただきました。

 「好調なレート下位者が、不調にあえぐ上位者をイジメに」なんて文章もありますが、あれは嘘です。調子の上がってこないレート上位者が、下位者を叩くことで調子を取り戻していくんです(笑)。

Kさんによる「はじめに」

 全国大会の組み合わせ方式は、スイス式を基本とするZシステムです。30人強の参加者をレイティング順に上位組と下位組の二つに分け、大会前半の6試合はそれぞれ別々にスイス式で組み合わせ、後半の7試合は全員を対象にして単純スイス式で組み合わせます。

 ですから、大会も四日目ともなると、好調なレート下位者が、不調にあえぐ上位者をイジメにやって来るのです(^^;)

棋譜解説

[Event "Zenkoku Taikai"]
[Site "PIO"]
[Date "2002.05.02"]
[Round "8"]
[White "D.K"]
[Black "anon-emperor"]
[Result "1-0"]
[参考図書] Jaan Ehlvest, << The Leningrad Dutch >>, Batsford, 1993.

            
1 d4f5(図−1)
図−1
【図−1】

 ダッチ・ディフェンス。ものの本によれば、「妥協とは無縁の、攻撃的な定跡。黒番でも『ドローでは満足できない。勝ちたい!』という人にうってつけの戦型」だそうな。

   
2 c4 Nf6
3 g3 g6
4 Bg2 Bg7
5 Nf3 0-0
6 0-0 d6
7 Nc3(図−2)
図−2
【図−2】

 そのダッチ・ディフェンスの中で、黒がBg7とフィアンケットする形はレニングラード・システムと呼ばれます。

 エストニアのGMのヤン・エルベストによれば、「1930年代の半ばにレニングラードで活発に指されたことからこう呼ばれるようになったが、しかし一般には不人気な定跡で、長く埋もれていた。トッププレーヤーたちの間で広く指されるようになったのは、ようやく1980年代である。黒側と白側の陣形が非対称なのでドローになりにくいため、『面白い』と注目されるようになった」そうです。
Jaan Ehlvest, << The Leningrad Dutch >>, Batsford, 1993.の前書きより。

   
7 ... a6?(図−3)
図−3
【図−3】

 白がNb5と跳ぶのを未然に防ぐ手ですが、不要。7. ... Qe8 8.Nb5 Na6 で何事も起きませんし、次に黒が9...c6と突けば10 Nc3と戻るしかなく、白は手損になります。

 本譜。黒の7...a6を逆に手損にすべく、白は持ち時間をかなり使ってあれこれ考えた末に指したのが・・・、

   
8 Qc2? Qe8
9 d5?(図−4)
図−4
【図−4】

  下手な考え、休むに似たり(T_T)
 正着は直ぐに8.d5でした。

 参考1図は定跡型の7. ... Qe8 8.Qc2まで。

参考1図
【参考1図】

 「8 Qc2では、黒は少しも困らない。8. ... e5 9.dxe5 dxe5 10.e4?! Nc6 11.Be3 f4! 12.gxf4 Nh5」<< The Leningrad Dutch >>,前掲書、p.41.
 黒がf4と突き捨て、取られたボーンをそのままにNh5と跳ねるのがこの定跡における一つの形であり、白が常に覚悟しておかなければならない反撃手段です。

 参考2図は7. ... Qe8 8.d5 a5まで。

参考2図
【参考2図】

 「8. ... a5は、8. ... Na6と並んで有力な手段。白に先んじてQ側で展開し、場合によっては... a4から... a3と突き越す狙い。対抗上、白はすみやかに中央に駒を展開しなければならない。」<< The Leningrad Dutch >>,前掲書、p.18.
 8. ... a5以下 9.Nd4 Na6 10.e4 fxe4 11.Nxe4 Nxe4 12.Bxe4 Bh3 13.Bxg2 Bxg2 14.Kxg2 Nc5でほぼ互角、が一例として挙げられています。

 これらを併せて考えますと、本譜で白が8.d5と指せば、参考2図に比べて黒はa6のボーンが邪魔になってナイトが跳べず、(1)もう一手かけて... a5と突き、手損を甘受するか、(2)8 ... a5でも8. ... Na6でもない別の手、定跡にない手を何とかひねり出すか、という難しい選択を迫られることになったはずです。

 また、8.Qc2と指してしまったなら、次は何でも9.e4と突かねばなりません。

 本譜は白の指し手に一貫性を欠き、黒の7手目の失敗が帳消しになりました。

   
9 ... Nbd7
10 e4(図−5)
図−5
【図−5】

 証文の出し遅れ。手順に黒のナイトがさばけるので気は進みませんが、ポーンをe4と突いて駒を替えていくのがこの定跡における白の形ですから、行くしかありません。

   
10 ... fxe4
11 Nxe4 Nxe4
12 Qxe4 Nc5?(図−6)
図−6
【図−6】

 12. ... Nc5に対して白がおとなしく13.Qe2と引けば13. ... Bf5と勇躍し、次に14. ... Bd3でクイーンとルークの串刺しを狙って、黒はいい調子に駒が展開しますが・・・。

   
13 Qh4(図−7)
図−7
【図−7】

と回られて、にわかに黒の本丸に危険が迫ります。次に14.Bh6と蓋をしてから15.Ng5と跳ね、16.Bxg7から17 Qxh7+と突入する狙い。これを見せられたので、

   
13 ... Nd7
14 Re1 Nf6
15 Bh6(図−8)
図−8
【図−8】

と、黒はナイトを本丸に引き戻します。最善の頑張りです。

 このように、d7からc5に跳んでしまったナイトをもう一度d7に戻してからf6に跳ぶ、というのは、12. ... Nc5が疑問手だったことを自ら認める手ですから、勇気のいる手です。
 実戦心理として「失敗したことを相手に悟られるのはイヤだ。つけ込まれそうで、怖い。」となりがちですが、しかし別の手を選んで前後の辻褄を合わせようとすると、却って戦況を悪化させるのがオチです。本譜のように「素直に自分の誤りを認める手」が、被害を最小限に食い止める道なのです。

 さて、ビショップをぶつけられて、黒の応手は?

           
15 ... Rb8
16 Ng5 b5
17 Re2 bxc4
18 Rae1 e5
19 f4(図−9)
図−9
【図−9】

 15. Rb8と指した手、駒の当たりをそのままにするのは手筋ではありますが、2手損の黒は当面、辛抱の 時間。15. ... Bxh6 16.Qxh6 Rf7(次にQf8とぶつけて清算を迫る狙い) 17.Ng5 Rg7と、堅く、低く構えれば、これをこじ開けねばならない白はなかなか大変で、手数がかかります。黒が反撃に転じるのはそれからでした。

 本譜。白にNg5の一手が入ると、黒はルークをf7に上がれなくなり、極めて窮屈な陣形に陥りました。

 17.Re2では、ここが決め所と思い、ボーン取りは放置することにしました。手堅く指すならば17.Bxg7 Kxg7 18 Nxh7 (変化1図)

変化1図
【変化2図】

 e7をクイーンとルークに睨まれているので、このナイトは取れません。18. ... Rh8と回ってピンしても、19.Nxf6と取った手がe8のQに当たるので、駒損のやぶ蛇。従って黒は18. ... Rf7と辛抱するしかなく、以下19.Ng5 Rf8 と局面を落ち着けさせてから、20.b3と自陣に手を戻します。20. ... bxc4と取って来れば21.Qxc4と取り返し、c7とa6の弱点を狙ってじっくりと指せば、白ははっきり優勢です。黒はボーンを一枚損しているのでエンディングは極力避けねばなりません。白が駒をぶつけて来ても、うっかり交換できないという制約に悩みながら、黒は苦しい戦いを強いられることになったでしょう。

 19.f4ですが、アンパッサンで取る手は考えませんでした。19.dxe6 Qe7となると確かにパスポーンは出来ますが、その後ろに二枚のルークが縦に並んでいるのは、いかにも重い。強力ではなく、鈍重。
 ポーンが取れるのは斜め前なので、真正面を敵の駒でブロックされると、にっちもさっちも行かなくなる恐れがあります。

 パスポーンを作るなら(部分図)のように「軽く」作りたいです。作ったばかりのパスポーンをビショップで取らせてから、ルークを縦に二枚並べて串刺し。Rf6と支えても、Ng5と跳ねておしまい。

部分図
【部分図】
   
19 ... Qa4(図−10)
図−10
【図−10】

  二枚ルークの効き筋から一足早く逃れる手ですが、白クイーンの横ピンも回避する19. ... Qb5がどうやら最善だったようです。

 対局中は19. ... Bg4(変化2図)を警戒してました。駒のぶつかった瞬間が反撃のチャンスであり、当たり(fxe5)を放置して当て返す(Bxe2)手に要注意、と思ったからです。

変化2図
【変化2図】

 これに対して考えられる応手は(A) 20.Re3、(B) 20.fxe5の二つ。

 (A) 20.Re3は、対局中は反射的に捨て、その先は読みませんでした。先を読む気にもならない手です。なぜなら、ルーク取り(Bg4)を掛けられたので「ごめんなさい」と謝り(Re3)、後手を引くのが気に入らないからです。いわゆる「効かされた」形。
 将棋には「風邪を引いても後手引くな」という格言があります。
 しかし、理外の理。よく検討してみますと、この20.Re3が実は一番明快で、最短距離の勝ちだったようです。e7へルークが侵入してg7とh7の両狙いで攻め続けるメリットが、後手を引くデメリットを補って余りあるからです。

 さて、20 Re3と指されたら、黒はどうするか。

 (1)20. ... Rxb2と飛び込む時間の余裕はありません。21.fxe5 dxe5 22.Rxe5 Qb5 23.Re7となって、(1-1)23. ... Rxg2+ 24.Kxg2 Qb2+ 25.Kh1 (1-2)23. ... Rb1 24.Rxg7+ Kh8 25.Rge7で、いずれも黒の攻めは切れてしまいます。
 (2)まだしも20. ... Qb5 21.fxe5 dxe5 22.Rxe5 Rfe8と頑張る方が勝ります。次にBh8と引く狙い。しかし23.Bxg7 Kxg7 24.Nxh7! Nxh7 25.Re7+ Rxe7 26.Rxe7+ Kf8 27.Qxh7で、黒、受けなしです。

 (B)20.fxe5が予定の手でした。対局中はこちらばかり読んでいました。しかし、かなり危ない。20. ... Bxe2 21.exf6? Bxf6 22.Bxf8 Qe3+ 23.Kh1 Bxg5、黒のカウンターパンチが炸裂して形勢逆転の様相。

 実際には21.Bxg7 Qxe5となったでしょう。局後の感想戦でもこれを中心に小一時間検討しました。以下 22.Bxf6 Rxf6 23.Qxh7+ Kf8 24.Ne6+ Rxe6 25.dxe6 Qxe6 26.Qh8+ Qg8 27.Qxg8+Kxg8 28.Rxe2

 ひとしきり立ち回った後、質駒のビショップを抜いて駒得のエンディングですが、手数はまだかなり長くかかりそうです。次に29.Bd5〜30.Bxc4があるので優勢は優勢ですが、R+BvsRのエンディングにはドローの目もあり、神経を使うことおびただしい。

 結局、19. ... Bg4は、反撃手段としては足りないものの、白が20.fxe5と指すつもりだったことを考えると、一つのチャンスではありました。

       
20 fxe5 Nh5
21 Bxg7 Kxg7
22 exd6?(図−11)
図−11
【図−11】

 取らずもがな。

   
22 ... cxd6
23 b3(図−12)
図−12
【図−12】

 22. ... cxd6でcファイルが開いたので、ルークを回す反撃手段が黒に生まれました。

 23.b3はクイーンを横にピンしているのを利用した手。一旦は自陣に手を戻し、体勢を整えるべき所と判断しました。

   
23 ... Qb5
24 Qxc4 Qb6+
25 Kh1 Bf5
26 g4?(図−13)
図−13
【図−13】

 白の指し手は、あちこちつまみ食いする風情で、焦点ボケ。22手目でeファイルをオープンにしたのですから、26.Re7+と入るべきです。26. ... Kh6 27.Rxh7+ Kxg5 28.Qh4#なので、26. ... Kg8と下段に逃げるしかありませんが、対局中はそこから先が読み切れず、後ろ髪を引かれる思いで予定変更。

 一般論で言えば、上記のように「相手に二つの手段があるが、その内の一つを選ぶと綺麗に決まる」場合、もう一つの方も大同小異で決まる可能性が高いです。たとえその先が読み切れなくても、信じて突っ込むべきでした。
 26. ... Kg8 27.Nxh7 Rfc8 28.Qh4(この手が対局中は見えませんでした。次に29.Nf6+ Nxf6 30.Qxf6の狙いが厳しい。)で白勝勢。

   
26 ... Rbc8
27 Qa4 Bd3
28 Qd7+ Kh6
29 Nxh7(図−14)
図−14
【図−14】

 この手が「詰めろ」であることを、黒はうっかり見落としてしまいました。

   
29 ... Bxe2??
30 g5#(最終図)
図−15
【図−15】