「おや、またアンタたちかい」
商店ローレライの店主ローレライは、店に入ってきた私たちを一瞥して言った。
「いつものように、魔道で手に入れた武器防具の引き取りをお願いするわ」
私は背負い袋に詰まった剣、鎧などを取り出し、カウンターの上に並べはじめる。
「あいよ。で、念のために訊くけど、未鑑定品はないだろうね」
「大丈夫よ。うちのビショップは優秀なんだから」
私は得意気にはにかんだ。後ろの「何度『恐怖除去』を掛けたかわからないけどね」という呟きは無視することにした。
「今回の探索の収入は、一人頭468ゴールドよ!」
金貨を仲間に分けながら、嬉しさに耐えられず笑みがこぼれた。
「クリーピングコインの出てくる宝箱で粘った甲斐があったわね」
「これで念願のスケイルメイルが買えるな〜。やっと革鎧からはおさらば出来るぜ」
「私は何か新しい武器でも見てこようかしら。槍なんか後ろの敵にも届くし、いいかもしれないわ」
「いいわねぇ戦士は。私なんて、この革鎧以上堅い盗賊用の鎧は取り扱ってないとか言われたのよ?」
私とガライが楽しそうに新しい装備について話し合っているところに、後ろからエルが口を挟む。
「商店で取り扱ってないだけで、盗賊にも着れる丈夫な鎧はまだいっぱいあるさ。
店で買えないのなら、僕たち自身の手で見つけてくればいいんだよ」
そんなエルを、セロカがたしなめる。
「それに、エルはまだマシだよ…」
「…」
二人は申し合わせたように、ちらりと一方に視線を向ける。
そこには訓練場で支給された安物のローブに身を包んだままの、アイークの姿があった。
じーっと表情も変えずにエルたちを凝視する彼の姿は、さながら怨念に満ちた亡霊のようだった。
「仕方のないことなんだけどね。僧侶呪文と違って魔術師呪文は、呪文の詠唱に複雑な準備動作が必要だから。
体の動きをちょっとでも阻害するような鎧は邪魔だし動くのも疲れるから、身に着けられないんだよ」
「じゃあ、何でセロカたちビショップや侍は、ある程度重い鎧を着てても魔術師呪文を扱えるの?」
「体の鍛え方が、魔法使いよりは頑丈だからね。ちょっとくらいの鎧なら動作に支障をきたすことはないんだ。
もっとも、その分高位の魔法を覚えるのには時間がかかるんだけどね。
特にビショップは同時に僧侶呪文も覚えなきゃいけないから、さらに修練に時間がかかっちゃう」
セロカは不機嫌そうにほほを膨らませた。
「ここに来るまではアイークより呪文使えたのに、あっさり抜かれちゃったしさ。
いいなぁ『電撃』とか『暗闇』とか…僕も早く使えるようになりたいよ」
「私としては、早く『治療』を覚えてもらいたいんだけどね〜」
セロカの呟きに口を挟んだのはシャロルだ。
「さすがに『治癒』や私一人の『治療』じゃ回復が追いつかなくなってきたし、私だけ何度も馬小屋で寝るのなんてイヤだもん」
「今だって、僕もシャロルと一緒に馬小屋に泊まりこんでるじゃないか〜」
「そうだけどねぇ、ちょっとは回数減るじゃん?」
そんな仲間たちの他愛無い会話を聞きながら、私はひとつ、考え事をしていた。
今、私たちは主にゴータナスの1階層で鍛錬を積んでいる。
新しい武具が買えるまで無理はせず、徐々に腕を磨こうという私の意見が受け入れられたからだった。
しかし、シャロルやセロカ、アイークが新しい呪文を覚え、私やガライの装備が整うにつれ、
1階層の敵では収入、経験ともに物足りなくなり始めていたのだ。
「みんな、買い物は済んだ?」
仲間が頷くのを見て、私は言った。
「じゃあ、宿屋で休んだ後、いつものように酒場に集合ね。
余ったお金で簡易寝台やエコノミールームに泊まってもいいけど、掛けられている時間加速の術には気をつけなさいね」
ムンカラマ唯一の宿「アリエスの宿」には、料金に応じていくつかの部屋が用意されているが、
無料で開放されている「馬小屋」以外の部屋には、傷の治癒を早めるため、泊まった者の肉体の時間を加速させる術が施されている。
自然治癒が早くなる一方、代償として年も早く取ってしまうという欠点もある。
年老いた貴族が養生のため「ロイヤルスイート」に1ヶ月泊まったところ、老衰で死んでしまったという笑えない話もあるのだ。
そのためか、あるいは貧困のためか、ほとんどの冒険者は「簡易寝台」にすら泊まることを避け、「馬小屋」で夜露を凌ぐ日々を送っている。
そういう私たちも「馬小屋生活者」の一員なのだが…。