第三章 ―成長―

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 次の日の朝、「ローズの酒場」に全員が集まったのを見て、私は昨日考えた事を話し出した。

「そろそろ、本格的に魔道の探索を始めましょう」

「おっ、ようやくクリーピングコインとのじゃれ合いをやめるのか」

「悪かったわねぇ」

 地下1階層に棲みついている魔物のうち、最も鍛錬に向き、しかもお金を貯めこんでいる魔物はクリーピングコインだった。
私たちは探索の途中クリーピングコインが住処にしているらしい古びた宝箱を見つけ、
連日そこで戦うことにより経験とお金を稼いできたのだ。

「ただ、私たちまだ下に下りる階段を見つけてないのよね。
 だから今日は、今まで行ってなかった地域の探索と、隠し扉なんかの発見に力を入れていこうと思うの」

「ようやく私の腕の見せ所ね!」

 隠し扉の発見と聞くなり、エルが意気込んだ。

「そうか、全然当てにならないってことだな」

「な、何よガライ!!」

「だって、オマエ皮袋に仕掛けられてる罠すら満足に解除出来ねぇじゃねぇか。
 何度ファイアーボルトの罠に引っかかって死に掛けたことか」

「仕方がないでしょ! 私今まで箸より重いものを持ったことがなかったのよ!!」

「それと器用さは関係ないだろうが」

「ふんっ! 今度ガライにファイアーボルトの罠が命中するように解除してやろうかしら」

「やってみろよ、出来るのならな!」

 いつもの調子で喧嘩を始めてしまった(というか、喧嘩するほど仲がいいのだろう)二人は放っておいて、
私は先日商店で購入したマップ記録シートを取り出して広げた。

「ここに、封印されている両開きの扉があるわよね。で、この扉より東側の地域が全く埋まっていない。
 見たところ壁ばかりだけど、多分どこかに隠し扉があると思うのよ。
 一度通った場所でも、見落としてる可能性があるから、みんな気をつけてね」

「…お姉」

「何?」

「一番そういうことに長けてるエルが聞いてないんじゃ、話にならないと思うんだけど…」


 エルとガライの喧嘩が収まるのを待って、私たちはゴータナスの採掘場へ赴いた。
いつも採掘場の見張りをしている兵士二人と挨拶を交わし、すっかり歩きなれた魔道を進む。

「シートで見る限り、あの封印されている扉の部屋付近が怪しいと思うのよ」

「封印されてる扉の先に階段があるとは考えてないんだ?」

「えぇ。だってあの封印の先は魔道とは違う『異次元』に通じているらしいんだもの。
 それに、あの封印はジェルマの杖により施されたものらしいから、解くことは誰にも出来ないのよ」

「今のところ行くすべはないってワケか」

「少なくとも、今の私たちの目的ではないわ」

 ゴータナス1階層に異次元へ通じている扉があるという話は、砦の兵士から聞いたものだった。
先代の皇帝が存命しているときに施された封印で、ジェルマの杖がないと封印を解くことも出来ないらしい。
先に何があるのかまでは、兵士は話してはくれなかった。

「いつかは行くことになるのかな?」

シャロルがそんなことを言った。

「私たちが? シャロル、あの封印が解けるのはジェルマの杖を取り戻した後なのよ。
 その時点で私たちが魔道に潜る理由はなくなっているじゃない」

「だね! へへっ、ちょっと行ってみたいな〜って気がしたんだけどね」

 無邪気に笑うシャロルを見て、やはり彼女は魔道にいるべき人間ではないと思う。
…彼女を冒険者にしてしまったのは、他ならぬ私の責任だ。
たとえ私が魔道で命を落とすことになっても、彼女だけは死なせるわけにはいかない。
自分のせいで、大切な家族を失うのは二度とごめんだった。

 …二度と?

一瞬、自分で思った言葉に何とも言えない違和感を感じた。


 行く手を阻む魔物たちを難なく切り抜けながら、私たちは封印の扉のある部屋へ通じる、両開きの扉の前へ辿り着いた。
私はこの辺に隠し扉があるのではないかと睨んでいるのだが…

「あっ!」

 パーティの後ろの方を歩いていたエルが突然声を上げた。

「どうしたのエル!?」

 私の疑問の声も聞かず、エルは扉の脇に続く道を走り始めた。もっとも先は行き止まりで、すぐにその足は止まったのだが。

「ここ…ひょっとして!」

 エルは壁の僅かなでっぱりを掴むなり、それを勢いよく引っこ抜いた。
すると、彼女の横の壁が崩れ、中から扉が現れたのだ。

「ビンゴ!」

 エルは得意気に私たちを振り返り、親指を立ててみせた。

「なんてこった…いともあっさりと…」

ガライがあんぐりと口を開いた。

「どうガライ? 私ってすごいでしょ?」

「ハイハイ…この腕が宝箱にもあればなぁ…」


 隠し扉の先には、奇妙な魔法陣が床に描かれた部屋があった。

「何かしら、これ…」

エルが魔法陣に近づこうとする。

「待てエル! 何かの罠かもしれねぇぞ!」

「えっ…」

 ガライの制止は遅かった。エルはすでに、その魔法陣に一歩足を踏み入れてしまっていた。
しかし、魔法陣にこれといった変化は起こらず、エルのきょとんとした声が返ってきただけだった。

「…何も起こんないわよ?」

「……何だよ、驚かせやがって」

安堵のため息をつき、ガライも魔法陣へと近寄った。つられるように全員が魔法陣を取り囲む。

「何の魔法陣なのかなぁ?」

「さぁ…まぁ、エルが入っても何も起こらなかったってことは、もう効力を失ってんじゃねぇんか?」

「違う」

 普段からは想像つかない強い口調で、セロカが言った。

「これは契約の魔法陣だ。魔界の者と契約を交わし、己の魔力と引き換えにその魔物をこの世界に喚び出す。
 召喚の心得のある者以外には、何の意味も持たない、ただの落書きに過ぎないけどね」

 そして、自嘲的にふっと笑った。

「まさか、こんなに早くお目にかかれるとはね…僕の勘も捨てたもんじゃないね」

「ちょっとセロカ、魔界の者と契約を交わし…って、まさかこの魔法陣から悪魔がわんさか出てくるわけ!?」

「違うよ。ここは魔素も全然薄いし、そんな高位の魔物は召喚できない。
 この文様だと下位妖魔…せいぜいゴブリンかコボルドが関の山でしょ。
 それに、普通術者が契約を交わし使役できる魔物の数は、一度に1体から多くても5、6体が限界だから」

セロカは不意にまゆをひそめた。普段は優しげな彼の瞳が、魔法陣を貫くように鋭く細められる。

「セロカ…?」

「別に放っておいて平気だよ。召喚術は失われし魔術。今やこの魔法陣から魔物を喚び出すことのできる人なんかいやしないさ。
 …さぁ先を急ごう。こうして無駄な時間を食ってる間にも、魔道の侵食は進んでるんだから」

 セロカは魔法陣に背を向けると、そのまま早足で先に進んでいってしまった。

「あ、待ちなさいよセロカ!」

 後衛である彼に先頭を行かせてはまずいと、慌てて一歩を踏み出したとき、

「……怒ってる…」

 小さな声で、アイークがそう呟いた様な気がした。

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