「なるほど…確かに報告は承った」
魔道から帰還したとある冒険者パーティの報告を受け、砦を守る兵士は眉間にしわを寄せた。
「『最後の鍵』か…何かしらの物品なのだろうか、それとも…
こんなときにモルブデン殿がおられれば、何かご存知であったかも知れぬのに」
「モルブデン殿、とは?」
報告をしたパーティのリーダーらしき女戦士が訊ねる。
「先の大戦時に、魔族との戦いにおいて大いなる智恵と魔術を駆使し、魔道を封印した偉大なる魔術師だ。
宮廷魔術師だったのだが、帝国の崩壊に伴ってその地位も失い、どこへともなく姿を消してしまった。
魔道についてもかなりの知識を持ち合わせていたため、ニルダ様は今もその行方をお捜しになられている…」
「…」
「そうだ、話は変わるが、探索隊からこのような報告が入っている。
何でも、5階層に牛の頭を持つ魔物が現れ、辺りを荒らしまわっているそうだ」
「牛の頭の魔物…ミノタウロス!?」
冒険者パーティの一人、ビショップらしきエルフが顔色を変えた。
「何でそんな凶暴な魔物が、5階層なんて浅いところに出るの?」
「かつてこの付近に現れたものを、ノームたちがゴータナスに地下迷宮を作り、封印したらしい。
その封印が、魔道の影響によって解けてしまったのだろう」
兵士はふぅ…とため息をついた。
「だが、私が危惧しているのは、ミノタウロスそのものではないのだ」
「???」
「この報告を受けるや否や、この砦に駐屯していた一人の騎士が、
数名の兵士を連れ魔道へ突撃していってしまったのだよ」
「はぁっ!?」
冒険者たちは口をあんぐりと大きく開けてしまった。
「ローレンス卿という方なのだが…名門貴族の家の出で、
ロクな武勲も挙げずに騎士になった、ようするにボンボンだな」
「あぁ、あのローレンスお坊ちゃ…むぐっ」
冒険者の一人、盗賊と思われる女性が何かを話しかける。しかし横にいた戦士らしき男性に口を塞がれてしまった。
「…何だ、何か?」
「いや、何でもねぇよ。続けてくれ」
「…まぁ、本人もそのことはよくわかっていて、何とか自分の力だけで手柄を立てて、
周囲に認められようとしていたんだ。それ自体は認めるべき点なのだが、
私から見ても、今の彼と彼の率いる兵士では、ミノタウロスには敵わないことくらいわかる。
かといって、魔道攻略の最先端を担っているマイヤー卿、ジェラルド卿の隊に引き返してもらうわけにもいかん」
そこで…と、兵士は言葉を続ける。
「軍に所属しない者…つまり、諸君ら冒険者だな…に、ローレンス卿を救出してもらいたいのだ。
あのようなボンボンとはいえ、彼の家はかつての帝国でも指折りの名門貴族。
もしローレンス卿の身に何かあれば、将来帝国を復興する際に不具合が生じるだろう」
「私たちに、ミノタウロス退治を…?」
「もちろん、無理をする必要はない。実力もなく敵に挑むのは、それこそローレンス卿の二の舞だからな」
「ミノタウロスかぁ…」
毎日のように冒険者で溢れかえる、ムンカラマ唯一の酒場「ローザの酒場」。
その中に混じって、私たち6人は食事を取っていた。
「いきなり、物語の世界に入っちゃったみたいだね」
シャロルが揚げじゃがを口にほおばる。まだ子供だけあって、食欲は旺盛だ。
「でもシャロル、これは現実なんだよ。さっきまで僕たちがいた場所の地下に、
実際にミノタウロスは存在しているんだ」
揚げじゃがをごくんと飲み込んで、セロカがシャロルに応える。
「で、セロカ、どう思う?」
「どう思うって、何を?」
「ミノタウロスよ。今の私たちで敵う相手だと思う?」
「無理だね」
即答、というのはこのようなことを言うのだろう。
「だって、今の僕たちは、ガーゴイルに競り勝てるくらいの実力しかないんだ。
ミノタウロスはおろか、5階層まで降りることすら出来るかどうかわからない」
「でもっ…」
エルが何かを言いかける。しかしセロカは冷静な、冷酷ともとれる調子で続ける。
「エル、前から言ってるけど、自分の力の及ばないものに挑むのは、勇敢じゃなくて無謀なんだ。
先を見つめていないわけじゃない。むしろ、先を見つめているからこそ慎重になるべきなんだよ。
少しずつ力をつけていけば、いつかは僕らも、剣聖フェリクスみたいな英雄になれるかもしれない。
でも、功を焦って早死にしてしまえば、それで全ては水の泡なんだから」
「……ふんっ!」
エルはがたっと音を立ててテーブルから立ち上がり、怒りを隠そうともせずに店の外へ歩いていってしまった。
「…悪ぃ。俺も、行くわ」
エルの後を追うように、ガライもテーブルから立ち上がる。
「セロカの言うことが正しいのは、アイツもよくわかってるんだ。でも、だからこそ許せないのさ。
…何にも出来ない、自分の弱さが」
「…」
エルを追い、酒場を出るガライの背を見ながら、セロカは小さく呟いた。
「みんな、そうなんだよ…僕だって、ね」