第四章 ―交渉―

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 「なるほど…確かに報告は承った」

 魔道から帰還したとある冒険者パーティの報告を受け、砦を守る兵士は眉間にしわを寄せた。

「『最後の鍵』か…何かしらの物品なのだろうか、それとも…
 こんなときにモルブデン殿がおられれば、何かご存知であったかも知れぬのに」

「モルブデン殿、とは?」

 報告をしたパーティのリーダーらしき女戦士が訊ねる。

「先の大戦時に、魔族との戦いにおいて大いなる智恵と魔術を駆使し、魔道を封印した偉大なる魔術師だ。
 宮廷魔術師だったのだが、帝国の崩壊に伴ってその地位も失い、どこへともなく姿を消してしまった。
 魔道についてもかなりの知識を持ち合わせていたため、ニルダ様は今もその行方をお捜しになられている…」

「…」

「そうだ、話は変わるが、探索隊からこのような報告が入っている。
 何でも、5階層に牛の頭を持つ魔物が現れ、辺りを荒らしまわっているそうだ」

「牛の頭の魔物…ミノタウロス!?」

冒険者パーティの一人、ビショップらしきエルフが顔色を変えた。

「何でそんな凶暴な魔物が、5階層なんて浅いところに出るの?」

「かつてこの付近に現れたものを、ノームたちがゴータナスに地下迷宮を作り、封印したらしい。
 その封印が、魔道の影響によって解けてしまったのだろう」

兵士はふぅ…とため息をついた。

「だが、私が危惧しているのは、ミノタウロスそのものではないのだ」

「???」

「この報告を受けるや否や、この砦に駐屯していた一人の騎士が、
 数名の兵士を連れ魔道へ突撃していってしまったのだよ」

「はぁっ!?」

冒険者たちは口をあんぐりと大きく開けてしまった。

「ローレンス卿という方なのだが…名門貴族の家の出で、
 ロクな武勲も挙げずに騎士になった、ようするにボンボンだな」

「あぁ、あのローレンスお坊ちゃ…むぐっ」

冒険者の一人、盗賊と思われる女性が何かを話しかける。しかし横にいた戦士らしき男性に口を塞がれてしまった。

「…何だ、何か?」

「いや、何でもねぇよ。続けてくれ」

「…まぁ、本人もそのことはよくわかっていて、何とか自分の力だけで手柄を立てて、
 周囲に認められようとしていたんだ。それ自体は認めるべき点なのだが、
 私から見ても、今の彼と彼の率いる兵士では、ミノタウロスには敵わないことくらいわかる。
 かといって、魔道攻略の最先端を担っているマイヤー卿、ジェラルド卿の隊に引き返してもらうわけにもいかん」

そこで…と、兵士は言葉を続ける。

「軍に所属しない者…つまり、諸君ら冒険者だな…に、ローレンス卿を救出してもらいたいのだ。
 あのようなボンボンとはいえ、彼の家はかつての帝国でも指折りの名門貴族。
 もしローレンス卿の身に何かあれば、将来帝国を復興する際に不具合が生じるだろう」

「私たちに、ミノタウロス退治を…?」

「もちろん、無理をする必要はない。実力もなく敵に挑むのは、それこそローレンス卿の二の舞だからな」

 

「ミノタウロスかぁ…」

 毎日のように冒険者で溢れかえる、ムンカラマ唯一の酒場「ローザの酒場」。
その中に混じって、私たち6人は食事を取っていた。

「いきなり、物語の世界に入っちゃったみたいだね」

シャロルが揚げじゃがを口にほおばる。まだ子供だけあって、食欲は旺盛だ。

「でもシャロル、これは現実なんだよ。さっきまで僕たちがいた場所の地下に、
 実際にミノタウロスは存在しているんだ」

揚げじゃがをごくんと飲み込んで、セロカがシャロルに応える。

「で、セロカ、どう思う?」

「どう思うって、何を?」

「ミノタウロスよ。今の私たちで敵う相手だと思う?」

「無理だね」

即答、というのはこのようなことを言うのだろう。

「だって、今の僕たちは、ガーゴイルに競り勝てるくらいの実力しかないんだ。
 ミノタウロスはおろか、5階層まで降りることすら出来るかどうかわからない」

「でもっ…」

エルが何かを言いかける。しかしセロカは冷静な、冷酷ともとれる調子で続ける。

「エル、前から言ってるけど、自分の力の及ばないものに挑むのは、勇敢じゃなくて無謀なんだ。
 先を見つめていないわけじゃない。むしろ、先を見つめているからこそ慎重になるべきなんだよ。
 少しずつ力をつけていけば、いつかは僕らも、剣聖フェリクスみたいな英雄になれるかもしれない。
 でも、功を焦って早死にしてしまえば、それで全ては水の泡なんだから」

「……ふんっ!」

エルはがたっと音を立ててテーブルから立ち上がり、怒りを隠そうともせずに店の外へ歩いていってしまった。

「…悪ぃ。俺も、行くわ」

エルの後を追うように、ガライもテーブルから立ち上がる。

「セロカの言うことが正しいのは、アイツもよくわかってるんだ。でも、だからこそ許せないのさ。
 …何にも出来ない、自分の弱さが」

「…」

エルを追い、酒場を出るガライの背を見ながら、セロカは小さく呟いた。

「みんな、そうなんだよ…僕だって、ね」

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