私たちは、今までと同じように、慎重に経験を積んでいった。
もっとも、1階層でのクリーピングコイン退治でそこそこ実力がついていたらしく、
2階層を難なく突破し、3階層まではこれといった苦戦もなく到達することができた。
「でも、まだミノタウロスの出るフロアにすら行けてないのよね…」
エルが不愉快そうに口を歪める。彼女はパーティの中でもかなりの行動派で、何かを冷静に見るのが苦手なようだ。
「じゃあ試しに行ってみる? まぁ、多分瞬殺されるだろうけど」
そんなエルを半ばからかうようにたしなめるのはセロカだ。
戦闘でこそ目立たないものの、彼が私たちの中で一番慎重で頭もよく回ることを疑う者はいなかった。
「ふざけないで! …って、あら?」
エルが何かに気づいたらしい。
「人がいるわ…人数は5、6人。冒険者のようだけど」
「私たちに気づいた様子は?」
「あれだけこっちが騒いだのよ…とっくに気づいて、警戒しているわ」
私はいつでも槍を取り出せるように柄に手をかけながら、ゆっくりと冒険者パーティの方へ近づいていった。
向こうが魔道の瘴気に精神を侵されてしまっているのであれば、私の接近に気づくなり襲い掛かってくるはずだ。
しかし、相手の取った行動は私の予想とは違っていた。
彼らの中から一人、戦士と思われる男性が剣を鞘に収め、両手を挙げて私に歩み寄ってきたからだ。
「待ってくれ! 俺たちはムンカラマの冒険者だ。無用な争いは望まない」
私たちが彼らと同じ、お触れを聞いてムンカラマへやってきた冒険者パーティ(しかも善人中心)と知って
相手も警戒を解いてくれたようだ。私たちはお互いに自己紹介しあい、冒険の調子、知っている情報を交換した。
「へぇ…あの神殿にそんな言葉が残されていたのか。
恥ずかしい話だが、俺たちのパーティの盗賊はあのとき罠にやられてまともに動けなくってさ、鍵を開けられなかったんだ」
相手のリーダーの話を聞き、エルが自慢げな表情でガライを見る。
「まぁ、その代わりといっちゃなんだが、こんな話を砦に報告に行ったときに聞いたんだ。
何でも、どこかの貴族のお嬢様がジェルマの杖を取り戻しにここゴータナスに単身乗り込んだ…って」
冒険者の言葉を聞き、一瞬エルがはっとしたような顔をした。
しかしすぐに何事もなかったかのように表情を取り繕う。
「どうも貴族だとか、そういう連中の考えることはよくわからないぜ、全く…
まぁとにかく、それっぽいお嬢様に出会ったら保護するように、だってさ」
「わかったわ。それじゃ、お互い頑張りましょう」
「おう、生きて帰って今度一杯やろうぜ」
「どこかの貴族のお嬢様、ねぇ……」
冒険者パーティと別れた後、エルはしばらく何かを考え込んでいるようだった。
「一体どこのどいつなのかしら、そんな無謀なことをするのは」
「ローレンス卿といいそのお嬢様といい、魔道に対する姿勢は立派なんだけど
何というか……どこかヌけているというか、世間知らずというか」
セロカが目尻の辺りを押さえつつ応える。
「マイヤー卿、ジェラルド卿みたいに実力があるのならいいんだけど、
そうでない人が中途半端に何かをしようとしても、迷惑がかかるだけだよ。
生まれつき裕福な人って、自分の技量を見極める機会に乏しいからねぇ……
大体自信過剰に陥っちゃう」
自信過剰、という言葉を聞き、ガライがエルをじろっと見た。
「何よガライ、私が自信過剰だっていうの?
私は自信に伴うだけの実力をちゃんと持ってるわよ!」
「そういうのを自信過剰っつーんだボケ」
「な、何よ――っ!!」
恒例の喧嘩をはじめてしまったエルとガライ。
エルの出自について、ガライから大まかなことは聞いていたが
恐らく彼女も、今まで自分の技量を見極める機会に触れることがほとんどなかったのだろう。
エル本人よりも、常に彼女を見守ってきたガライの方が、エルの正確な実力を知っているに違いない。
「で、お姉? 私たちもうかうかしてられないんじゃないの?
あの人たちかなーり強そうだったよ? 先越されちゃうかも……」
「そうね。私たちも一刻も早く実力とそれに見合う自信を身につけなきゃね」
地下3階層にはこれといって目ぼしいものはなく、敵もさほど強力な魔物はいなかった。
やはり、少しずつではあるが私たちも実力を身につけているのだろう。
3階層の探索を終え、四階層へと足を踏み入れることができた。
「この下の階層に、ミノタウロスが暴れてるのね…」
私は地面に手をつけてみた。もっとも、ミノタウロスが暴れているといっても、
何も洞窟全体に振動が走るような大げさな話ではないため、そこから何かを感じることはできなかったが。
「……って、また誰かいるわよ?」
道先の闇に目を凝らしていたエルが言った。
「人数は4、5人。私たちに気づいた様子はなし……あら?」
「どうしたの?」
「着ている鎧、武器……冒険者というより、砦の兵士だわ」
「兵士? 何で兵士がこんなところに?」
「もしかしたら……探索隊の人間かもしれない」
そのような会話を交わしているうちに、向こうの兵士たちも私たちに気づいたようだ。
兵士の中で一番年長らしき男性が私たちのところへ近づいてきた。
「ムンカラマからやってきた冒険者パーティとお見受けするが」
「はい、我々はニルダ皇女の命を受け、ジェルマの杖奪還にあたっている者です。
私はリーダーのセティと申します」
「そうか。我々はローレンス探索隊の者だ。リーダーはローレンス様なのだが……」
そこまで言うと、兵士は申し訳ないような、情けないような表情をした。
「お恥ずかしいことに、ミノタウロスから撤退した際、ローレンス様とはぐれてしまったのだよ」
兵士の話によると、(自称)ローレンス探索隊は地下5階層までなんとか辿り着き
ミノタウロスを発見・交戦することとなったのだが、とても敵う強さではなく、
地下4階層までかろうじて撤退してきたのだそうだ。
「我々も兵卒としてあまり実務経験がなくてな……それこそ自分の身を守るのが精一杯で
とてもローレンス様の安否を確認する余裕がなかったのだ」
兵士は恥ずかしそうに頭を垂れた。
「そこで、恥を忍んで貴女らに助力を乞う。どうかローレンス様を発見・保護していただきたい。
もしすでに命を落とされていたなら、遺体や灰を持ち帰ってくれればいい」
ローレンス卿のことをよく知らない私たちが卿の灰を見分けられるのかと一瞬思ったが
よく考えれば、灰化しても鎧などはそのままに残っているから、それで見極めればよいのだろう。
「わかったわ。私たちも砦でローレンス卿への助力を依頼されていたもの。
ミノタウロスの首をお土産に、ローレンス卿を無事救出して見せるわ」
「そうか、ありがたい! 我々はここで待機を続ける。
もしかしたらローレンス様が逃げてこられるかもしれないからな」