兵士たちに別れを告げ、地下4階層を進む私たち。
しかし、交わす会話と言ったら……
「何で、ここの貴族連中ってこんなに情けないヤツばかりなの?」
エルがすっかり呆れ果てたように吐き捨てる。
「ローレンスのお坊ちゃんは自分を守るべき従者の見極めも出来なかったのね。
全く……何であんなボンボンに貴族の位が与えられて、私にはないのか納得いかないわ」
そこまで言って、エルはガライをじろりと見上げる。
「言っとくけど、私は好き好んでガライを選んだわけじゃないわよ!
アンタしか生き残った従者がいなかったから、仕方なく守られてあげてるんだからね!」
「んだとぉっ! 人が厚意で今まで守ってきてやってるのに、その言い分はねぇだろ!!」
「だったらもっと私を守るにふさわしくなれるよう、強くなることね!」
「けっ、だったらオマエこそ貴族にふさわしいくらい上品になるんだな!」
「なによ! 私が上品じゃないっていうのっ!!」
毎度の二人の喧嘩は放っておいて、私は道の先をじっと見据えた。
闇の中にかすかに蠢く影が複数。
「エル、ガライ」
私は冷たい声を出した。二人は即座に喧嘩を中断し、共に剣の柄に手を伸ばす。
私がこうして二人を諭す状況は、たった一つだけ。
「……招かざるお客様よ」
道の先の闇から襲い掛かってきたのは、魔道の瘴気に精神を侵された人間たちだった。
もはや獣としか思えない瞳をぎらつかせ、口から涎を垂らしながら私たちに錆びかけた剣を振り上げてくる。
「ダールイラー・ターザンメ、暗闇よ、嵐となれ!」
セロカが「暗闇」を狂戦士の一団に向けて放った。突如視界を奪われた戦士たちは、明らかにその動きを鈍らせている。
「へへっ、やっとアイークに追いつい……」
「ミームアリフ・ヘーアー・ラーイ・ターザンメ…炎よ、風と共に大きく放たれよ!」
得意気な顔でアイークを振り返ったセロカだが、その顔のすぐ横を「大炎」が勢いよく吹き抜けるや否や、その表情は凍りついてしまった。
実際アイークの放った「大炎」の効果は著しく、戦士たちはまさしく炎に身を焼かれた獣のようにもがき苦しんでいる。
「ひゅー、すごいわねぇ」
「普段は存在感ねぇのに、戦闘となるととたんに頼もしくなる仲間か……誰かさんとは正反対だな!」
「な、何よぅ!」
ガライが軽口を叩きながら剣を振るう。彼の剣の腕前も確実に上達しているらしく、
相手の戦士の朽ちかけた皮鎧の隙間を縫うように、その切っ先を相手の体に突き立てた。
断末魔の悲鳴を上げ、戦士は絶命した。
「……」
シャロルが戦士の断末魔を聞き、表情を曇らせた。
「シャロル、彼らの魂はすでに神の御許に召されているのよ。
ここにあるのは、魔道によって穢され続けている魂亡き抜け殻…同情こそすれ、罪悪感を感じてはいけないわ!」
負けてはいられない、と私も槍で相手の戦士の剣をあしらい続ける。最初は剣とのリーチの差に戸惑ったが
その長さを生かした戦い方に充分馴染んできたようだ。
「おっと、本当に怖いのは私のほうよ!」
私に戦士たちが気を取られている隙に、エルが戦士の一人に奇襲をかけた。
確実に相手の急所を捉えたその一撃に、断末魔を上げる間もなく戦士は床に崩れ落ちる。
しかし、残った戦士たちがエルの方を振り返ったときには、すでに彼女は物陰に姿を隠した後だった。
「よそ見している暇はないわよ!」
私は槍の矛先を勢いよく振るい、戦士たちを薙ぎ倒した。
ダメージこそ与えられてはいないが、本当の狙いは相手の動きを一瞬でも鈍らせることだった。
「ごめんなさいぃっ!!!」
私の槍を受けてひるんだ敵に、シャロルが勢いよくメイスを振り下ろす。
があんと小気味良い音が辺りに響き、脳天にメイスの一撃を受けた戦士はもんどりうってそのまま倒れこむ。
これで残った敵は一人……
「……あらっ?」
最後の敵に引導を渡そうとした私は、目の前をよぎった飛礫が相手の頭の横に命中するのを
呆気に取られた表情で見守った。
「……」
後ろを振り返ると、スリングを手でもてあそんでいるアイークと目が合った。
もっとも、目が合ったといっても彼がそれに関して何かリアクションを取る事はなかったが。
「あなた、いつの間にスリングなんて買ってたの……?」
「この前……みんなが新しい鎧とか見てるときに」
油断ならない。私はこの少年にそんな感想を抱いた。