第五章 ―過去―

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 その日の夜は暗く、深い闇に閉ざされていた。
一日の鍛錬を終えた私たちは、「ローズの酒場」で夕食を摂った後、戦利品を売却して得たお金を分け合ってひとまず解散した。
シャロルやエル、アイークは早々に「アリエスの宿」へ戻っていったが、
私とガライ、そしてセロカはそのまま酒場に残り、酒を酌み交わしながら他愛のない話に盛り上がっていた。

「それでよ、エルはソイツに何て言ったと思う? 『私はアンタなんかに惚れてやるくらい安い女じゃないのよ』だとさ。
 実家はとっくに没落してるクセに、未だにプライドだけは貴族のお嬢様なんだぜ?
 冒険者になってちったぁマシになるかと思ったが、全然直りゃしねぇ…こりゃ死ぬまで直らねぇと思った方がいいか?」

ガライが相棒エルのエピソードを饒舌に語っている。当のエルが宿で寝入っているため、
普段彼女の前では話せないような失敗談もどんどん彼の口からあふれ出している。

「あははは……ところでさ、エルの家が没落したのは帝国の崩壊が原因だってのは想像つくんだけど、
 どうしてエルはあんなに……魔族を憎んでいるの?」

セロカがガライに訊ねている。
そう、ここ数週間の付き合いでわかったことだが、エルは魔族をひどく憎んでいる。
彼女の魔物に対する残酷さは、性格だけが原因とは思えないのだ。

「んー、まぁ、アイツの場合、帝国の崩壊に連鎖して起こった内乱に家が巻き込まれてな…
 アイツの一族は、エル以外全員殺されちまったんだ」

セロカが不意をつかれたように、目を大きく見開いた。

「もちろん、エルはその現場を見てねぇ。ただ、帝国の崩壊が原因で自分の家が滅び、
 その帝国の崩壊の原因が魔族だと知って憎しみが一気に爆発した……って言えばいいのか?
 まぁ、憎しみの明確な対象があるってことは危ういが安心できる箇所ではあるな。
 少なくとも、世の中全てを憎むだとかそのようなことはしねぇってわかるしな」

「じゃあ何で、エルだけ生き残ったの? ガライは何でそこまでして彼女に?」

「アイツの住んでた屋敷にはいくつか外に通じる脱出路があったんだが、それを使って逃げられたのが子供だけだったのさ。
 大人の数が異様に少なけりゃ脱出路に気づかれる危険性があるってんで、
 大人たちは…家の当主も含めて、みんな子供を逃がすための時間稼ぎとなって、殺されていった。
 それで、俺がエルと一緒にいる理由は…俺は元々、アイツの家の使用人の息子でさ、昔からエルの遊び相手だったんだ。
 内乱で家が戦火に焼かれたときに、当主…エルの親父さんからこう命じられたんだな。
 『娘を頼んだぞ』……って。直接の理由はそんなところだ」

「未だにその命令を守り続けているの……エラいわね。善人みたいよ」

「だから俺はよく善人に間違えられるっつってんだろ……正直、自分が正しいと思うことをやってるだけなんだがな」

 ガライは少し恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
もっとも、ガライがエルを守り続ける一番の理由は、他のところにあるのだろう。

「正直、俺はエルに冒険者にはなってもらいたくなかった。いつ死んじまうかわかったもんじゃねぇからな。
 でも、アイツの意思は固くてさ……しょうがねぇ、とことん付き合ってやるかって俺も腹括ったのさ」

 ガライはエールを一口飲んだ。やはり、ジョッキの中の液体が減るペースは遅い。

「俺たちの話は以上だ。次は……」

「似てるね」

セロカがガライの言葉を遮った。

「似てる? どういうこと?」

「エルの置かれた状況……そっくりなんだ。アイークと」

そういえばダンジョンでの話の続きをしていなかったね、とセロカは微笑した。

「アイークも、家族を魔族によって皆殺しにされたんだ。まぁ、エルと違ってアイークはセティやシャロルと同じ、平民出身だけどね」

ここに本人がいないのが幸いとばかり、セロカは語りだす。

「ただ、アイークの場合……両親や村の人たち全員が、魔族によって虐殺されるのを目の当たりにしちゃったんだ。
 そして、彼自身殺される寸前だった。魔族の襲撃を知った帝国が派遣した兵の到着が後1分遅ければ、
 アイークも、村に転がる死体の一つになっていただろう……って」

もちろん、僕もその現場は見ていないけどね、とセロカは付け加える。

「何で魔族が、そんな何もない平凡な村をわざわざ襲撃したのかはわからない。
 ただ、確実に言えることは、その村で生き残ったのはアイークたった独りだけだったってことと
 派遣された兵の一人だった僕の師匠が身寄りのないアイークを引き取ったときには、
 すでに彼は……心を閉ざしてしまっていたってこと」

セロカは目を伏せた。まるで自分が原因であるかのような表情だ。

「師匠は何度も、彼の心の治療に当たったよ。でも、結局治すことは出来なかった。
 善なり悪なり、信仰心があればそれを治療の拠代にすることも出来たんだろうけど、アイークは普通の人間だったからね……」

「ひでぇな……」

「エルはまだマシ…というか全然まともだよ。復讐に燃やす心がちゃんとあるんだから。
 アイークはそれすら出来ないんだ。ある意味復讐鬼よりもたちが悪いよ。何か酷いことをしても、感じる心がないんだから。
 だから僕が一緒にいてストッパーにならなきゃいけないんだ」

セロカは大きくため息をついた。

「じゃあ、修行のために冒険者になったっていうのは、アイークが言い出したことなの?」

「いや、それは僕だよ。せっかく魔法が使えるんだもん、自分を鍛えて世界を救うことが出来れば御の字じゃん。
 でも、僕がそう言ったときに、アイークが『自分も行きたい』とか言い出してさ、大騒ぎになったよ。
 結局僕がアイークのお守りをするってことで決着がついたけどね。
 アイークが魔法使いとしてはそこそこの腕前を持ってて助かったよ。そうでなければ苦労が増えるところだった」

私は今までの戦いでアイークが使用した攻撃呪文の数々を思い出し、あれで「そこそこ」なのかとゾッとした。

「まぁ、結局何でそんなことを言い出したのかはわからないままだけどさ。
 少なくとも、何らかの進展であることに間違いはないからね。
 僕だって、アイークには元気になってもらいたいし、そのためなら出来る限りのことはするつもりだよ。
 ……もちろん、エルの復讐の達成にもね」

そう言ってセロカは笑った。しかし、その言葉がどこか罪悪感を含んでいるように聞こえたのは気のせいだったのだろうか。

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