次の日の朝、私たちはいつもと同じようにローズの酒場に集まった。
「ぐぞぉ……ぎぼぢわりぃ……」
ガライは二日酔いでかなりフラフラだった。どうやらお酒が中々体から抜けない体質のようだ。
しかし、シャロルやセロカのようにジュースを飲むのはプライドが許してくれないらしい。もちろん、エルのプライドだ。
「あ、ねぇねぇお姉、これって病気じゃなくて毒だよね?」
シャロルがガライを見て訊ねてきた。
「まぁ、お酒を飲んだのが原因だから毒になるでしょうね」
「よーし! ダメ元でいくよ〜!!」
そしてシャロルは呪文の詠唱をはじめた。今まで聞いたことのない詠唱だった。
「ラーアリフ・ターウーク・ミームザンメ・フェーイシーン! 異質なる毒よ、消え去れ!」
それは「解毒」の呪文だった。柔らかい光がガライの体に吸い込まれると同時に、彼の顔に生気が戻っていく。
「お……おおっ!? 気持ち悪ぃのがすっかり治っちまったぜ!!」
「やったぁ! 『解毒』マスター!!」
シャロルは私に向けて得意気にピースをした。毎日の鍛錬の結果が確実に現れていることの証拠だった。
「これでいよいよミノタウロス退治だね! ドキドキしちゃう!」
しかし、喜ぶシャロルとは裏腹に、残酷にも思える指摘が飛んだ。
「……喜んでるところに悪いんだけど、無駄撃ちしちゃって魔力は平気なの?」
「あ………」
セロカの言葉にシャロルはいかにも「ギクリ」といった表情をした。
「……あはははは、あと1発しか使えそうにないや」
「……」
結局この日はミノタウロス退治はせず、「ローレライ商店」で新しい装備を整えることにした。
ガライは今まで高くて手の届かなかった、切れ味の良さそうな剣を購入して刃の煌きに満足している。
エルは昨日の魔法に巻き込まれそうになった経験がトラウマとなったのか、弓と矢を厳しい表情で睨んでいる。
シャロルとセロカはメイスをフレイルに持ち替えた。これならある程度後ろに下がっている敵も攻撃できるからだ。
そしてアイークは、先日敵が落としたスリングを(勿体無いことに)わざわざ自分で買い直していた。
どうやら飛礫に魔法のコーティングを施す効果があるらしく、幽霊のような実体のない相手にも効果が出るというアイテムだったらしい。
もちろん、スリングであるため威力はさほど高くないが、非力な魔法使いにはありがたい武器には間違いない。
その代わり値段が高く、装備にお金のかからないアイークでなければとても手が出なかっただろう。
(昨日売り払ったのも、その売却金額に惹かれたからだった)
私は武器ではなく、防具を新しく買い換えた。今まで皮製の兜を使っていたのだが、思い切って金属製の兜にしてみたのだ。
被ってみて、首にかかる重量に金額に見合うだけの頼もしさを感じた。
そして、次の日。
いつものように魔道に足を踏み入れた私たち。
「ちょっと待ってね、『正体看破』掛けるから」
シャロルが呪文の詠唱を始める。
「ラーアリフ・ターウーク・ミームアリフ・ペーイチェー! 空間よ、相対する者の姿を映し出せ!」
周囲に不思議な空間が広がる。この空間に守られた者は、襲い来る魔物の正体を即座に識別できるのだ。
「それから……『理力の空間』も使っておきたいんだけど、これ使うと『解毒』が一回しか使えなくなっちゃうんだ。
どうしたらいいかな?」
「理力の空間」は、守られた者の防御力を少しだけ高めるという効果を持つ補助魔法だ。
効果はあまり高いものではないが、長時間その効果が持続するのが一番の利点だろう。
「かけておいて。毒消しはいっぱい持ってるし、何より怪我で命を落としたら元も子もないわ」
「わかった。ミームアリフ・ペーザンメ・フェーイチェー! 空間よ、我らを守りたまえ!」
シャロルが補助呪文を掛け終わったのを確認して、私はキャンプを解こうとした。しかし
「オレも、一ついい…?」
「…!?」
不意にアイークに呼び止められ、一瞬びっくりした。彼が自分から話しかけてくることは珍しいからだ。
「そうか、『浮遊』を覚えたんだね!」
セロカの言葉にアイークは頷いた。
私は魔術師の呪文についてあまり詳しくはないが「浮遊」という呪文について聞いたことはあった。
体を空中にわずかに浮かせることにより、落とし穴や滑り台の罠を回避するというものだ。
同時に足音を立てなくさせるため、敵に気づかれにくくもなるという、非常にありがたい補助魔法の一つだった。
「お願いしていい、アイーク?」
私はアイークに微笑みかけた。
「……」
アイークが、少しだけ口元を緩めた。笑ったようにも見えた。
もちろん、私が彼のこのような表情を見るのははじめてだった。
元々あどけない面持ちをしている彼だ。その笑顔はきっと快活なものになるのだろう。
……私は昨日セロカから聞いた話を思い出した。
もし、この冒険が彼にとって何らかの救いになるというのならば……。
「ラーイ・ターザンメ・フェーエイン・イェーター…重さよ、大地の戒めから解き放たれよ!」
アイークが「浮遊」を唱え終わった。不意に体が軽くなり、足元の感覚がなくなった。
「きゃあっ!?」
私はバランスを崩し、思わず空中にへばりついてしまった。
私とアイークを除く全員から笑い声が上がる。
「な、なによー! シャロルまでーー!!」