第六章 ―激闘―

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 レナーテ。
その名前を聞くなり、エルは自虐的に笑った。

「覚えててくれて光栄だわ。すっかり忘れ去られたかと思ってたわよ。
 何せ、帝国の崩壊に巻き込まれて没落した、星の数ほどある貴族のひとつに過ぎないものね」

 そして、エルはローレンス卿に背を向ける。

「その元気があるなら大丈夫そうね。
 こんなボンボンに構うことなんてないわ。ほらセティ、行きましょ」

「っ! 待ってくれ、レナーテ!」

 ローレンス卿の制止の言葉に、エルは足だけ止めて。

「……ひとつだけ教えておくわ。今の私はヴァーテル卿息女レナーテじゃない。
 地位も家族も財産も、何もかもを失ってしまった哀れな女、冒険者エルよ」

 それだけ言い残し、エルはローレンス卿の篭っていた部屋を立ち去った。


「エル、いいのか? ローレンス卿を地上まで護衛しなくて」

「あんなヤツを護衛する必要なんてないわ!
 仮にも私がなれなかったロード様なのよ! この辺りのザコなんて相手じゃないハズだもの!」

「……逆恨みかよ」

 エルとガライのやりとりを横目に、私は部屋から恐る恐る出てきたローレンス卿へ近寄った。

「ローレンス卿ですね。
 私はセティ。ニルダ皇女の命を受け、ジェルマの杖奪還の任務に当たっている冒険者です。
 あなたの救出と保護の依頼を受け、参上致しました。
 ご安心下さい。地上まで我々がお守り致します」

 ローレンス卿は私たちパーティを見回すと、首を静かに横に振った。

「いや、それには及ばない。ただでさえあのじゃじゃ馬娘レナーテの世話で大変であろう。
 それに、このまま君たちに守られるとなると、レナーテが黙ってはいないだろうからな」

 マザコンにじゃじゃ馬娘。
一瞬帝国貴族の子息子女たちにまともな性格の持ち主はいるのかと疑ってしまった。

「……ならば、せめて地下4階層まで案内致します。
 ローレンス探索隊の兵士があなたをお待ちしておりますから」


 ローレンス卿と彼の率いる探索隊の生還は、ムンカラマに一時の喜びをもたらした。
しかし、卿を発見・保護した私たちのパーティに与えられた報酬は……

「……というわけだ。頼む! 私も君たちに同行させてくれ!!」

「冗談じゃないわ!! 誰があなたなんか仲間に加えるものですか!!」

 救出劇の次の日の朝、いつものように「ローザの酒場」に集まった私たちは
程なく場違いなくらい浮いたローレンス卿の姿を発見することとなった。
そして、卿の口から出た言葉は、私たちの予想を遥かに超える、とんでもないものであった。
――曰く、修行のために私たちと共に冒険することになった、と。

「私は仮にもロードだぞ! 剣も僧侶の呪文も扱える! 役に立つとは思わないのか!」

「全っ然!! セティとシャロルの方があなたよりも何百倍も役に立つもの!!!」

「って待てエル! 俺は無視かよ!!!」

 酒場で繰り広げられている、エルとローレンス卿の口喧嘩。
ガライとのそれと違い、圧倒的にエルがペースを掴んでいる。

「お待たせ……」

 砦に事情を聴きに行ったセロカが帰ってきた。

「どうだって?」

「うーん……まぁ、ローレンス卿は事実上父親から勘当を喰らったみたいだね。
 勝手に砦の兵士を使って魔道に突入して、挙句兵士とはぐれてあの有様だもん。
 まぁ、それだけなら別にいいんだけどさ……」

 セロカは顔をしかめた。

「元々ローレンス卿救出の報酬のスポンサーは、卿の父親のわけで。
 その父親が息子の体たらくにお冠。もう息子の名前も聞きたくないってな感じで。
 『報酬が欲しければ奴の身ぐるみを剥げ』みたいな勢いだったワケよ。
 身に着けているものだけは高級品だから売り払えばそれなりの現金になるだろう、とか」

「何、それ……」

「確かに、僕たちが悪人パーティだったらそれで報酬としては充分だったのかもしれないけど。
 どうするセティ? って聞くまでもないね」

 私は大きくため息をついた。

「何か、上手く利用された感じがするわ……」

……こうして、私たちに頼もしい(?)仲間が増えることとなった。

 

「さあ征くぞミノタウロス! 今度こそ正義の剣を貴様に味わわせてやる!」

「はいはい、お坊ちゃんは静かにしてなさい!」

 ローレンス卿と共に、私たちはいよいよミノタウロスの封印されていた迷宮へ足を踏み入れた。
もっとも、一つのパーティには6人までしか加入出来ないため、ローレンス卿は私たちとは別パーティ扱いだが。

「うっ……何この臭い!」

 迷宮の入り口と思われる扉を開くなり、エルが鼻を押さえた。
いや、エルだけではない。次の瞬間、アイークを除く全員が鼻を押さえていた。
中から溢れ出てきた凄まじい腐敗臭に耐えられなかったのだ。

「……」

 腐敗臭に尻込みしてしまった私たちを横目に、独り迷宮の扉の奥を覗き込むアイーク。
制止の声を上げようとしたが、体に入り込んでくる腐敗臭にすぐに口を閉ざしてしまう。

「……いる」

 何の感情も込めることなく、彼はただ呟いた。

「この奥に、いる」


 何とか臭いに慣れ、迷宮の扉の奥へ歩みを進め始める。
足元には、無残に食い荒らされ、腐り果てた数多くの亡骸。
今までこの牛頭の魔物に如何に多くの者が果敢にも挑み、無残にも敗れたのか。

 グオオオオオオォォォォ…………

 恐ろしい吠え声が空気を震わせた。

「あら、ローレンスお坊ちゃんどうしたの? その足は?」

「な、ななな何でもないいいい! こ、ここれはむむむ武者震いだだだだだ!!」

 舌根まで震えているローレンス卿を最後尾に、私たちは迷宮の最奥部と思われる扉を開けた。
果たして、そこにいたのは……
……猛牛のような頭に迷宮の天井に届かんばかりの体躯を持った、一匹の人型の魔物。

 私が槍の、ガライが剣の切っ先をミノタウロスに向ける。
 エルが物陰に身を隠し、弓に矢をつがえる。
 シャロルとセロカ、そしてアイークの呪文の合唱が迷宮に響き渡る。


 死闘がはじまった。

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