第六章 ―激闘―

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「ベーアリフ・ミームアリフ・ターウーク! 力を拒む幕よ広がれ!!」

「ザンメシーン・ラーザンメ! 我らに更なる力を!!」

「ペーザンメ・ヌーン・ターイ! 死を止めるほどの速さを!!」

 仲間たちの補助魔法が発動した。己の体に力と速さが漲ってくるのが判る。

「よし、征くわよ!!」

「おうっ!!」

 私とガライは同時にミノタウロスへ踊りかかった。
己に迫る二つの人影に、ミノタウロスはその手に握られた巨大な斧を振りかざす。

「そうはさせないわ!」

 次の瞬間、ミノタウロスが振り上げた腕にエルの放った矢が突き刺さった。
苦悶の声を上げ、矢の飛んできた方へ頭を向けるミノタウロス。
もちろん、そこには既にエルの姿はない。

「たあああ!!!!」

「おりゃああ!!!!」

 槍がミノタウロスの体を貫く。
しかし私は己の攻撃の結果を確認する間もなく、それを引き抜き再びミノタウロスと距離をとった。
そして、間髪入れずガライがミノタウロスに斬りかかる。
二閃、三閃、四閃……
剣が振るわれるたびに、ミノタウロスの巨体が血で紅く染まっていく。

 グアアアアアアア!!!!
ミノタウロスが咆哮を上げ、斧をガライめがけて振り下ろした!

「くっ!!」

 とっさに盾で斧を受け止めるガライ。
しかし完全に勢いを殺ぎ切れなかったらしく、体勢を崩し地面に膝をついてしまう。
そこへミノタウロスが追い討ちとばかりに斧を大きく横に薙いだ!!

「がぁっっ!!!」

 斧の薙ぎ払いをまともに喰らったガライは、迷宮の壁まで跳ね飛ばされた。
鎧と補助魔法のおかげで致命傷は避けられたようだが、打撃によるダメージは決して軽いものではない。

「ガライ!!!」

 シャロルとセロカがガライに向け回復魔法を唱え始める。
そして、私は味方を庇うようにミノタウロスの眼前に躍り出た。
その身を盾として敵の攻撃から味方を守るのも戦士の仕事のひとつだ。

 ミノタウロスの血に飢えた瞳がギラリと私を睨み付ける。

「さあ、来なさい!!」

 ミノタウロスが斧を私に向け何度も何度も振り下ろしてくる。
私はそれを鎧と盾で凌ぎ続ける。
もちろん、こうして守りに専念している以上、ミノタウロスに自分から攻撃することは出来ない。

「この、この、このぉ!!!」

 私の後ろから、エルが矢を雨あられとミノタウロスに浴びせかける。
もはや彼女は物陰に身を隠しながら戦うことを断念し、射撃に専念しているようだ。
しかし、非力な彼女の攻撃にはミノタウロスを一撃で倒す威力はない。

「ペーザンメ・ヌーン・ターイ……死を止めるほどの速さを!!」

 アイークが何らかの呪文を唱え終わった時、突然エルの攻撃の勢いが変わった。
矢の一本一本が今まで以上の速さと正確さを持って、ミノタウロスへ突き刺さっていく。
大したものではないと侮っていた攻撃が、突然己の命を奪いかねない脅威と化したことに驚いたのか
ミノタウロスは驚愕に満ちた呻き声を上げた。

「全く……『速打』だなんて、渋い呪文使っちゃって」

 ガライの手当てを終えたセロカが呟いた。

「サンキュなシャロル、セロカ! もういっちょ征ってくるぜ!!」

 そして、剣を手に再び立ち上がるガライ。
私とエルに気をとられているミノタウロスに、注意の薄い側面から斬りかかる。

 ザ……と、肉を断つ確かな音がした。
ガライの一撃がミノタウロスの腹部を大きく斬り裂いたのだ。

 グオオオオオオォォォ!!!!

 苦痛に耐えられなかったのか、ミノタウロスの咆哮が迷宮内に響き渡る。
しかし、もはやそれによって戦意を殺がれる者は私たちの中にはいない。

「一気に、決める!!」

 私は槍を構えなおし、ミノタウロスに突撃した。
槍の切っ先がミノタウロスの胴体に深々と突き刺さる。
それを素早く抜くと、再びミノタウロスから距離をとる。
背後から響く詠唱と、ひんやりとした空気に気づいたからだ。

「ミームアリフ・ダールアリフラー・ターザンメ……氷よ、風と共に大きく放たれよ!」

 アイークが「氷弾」をミノタウロスに放った。氷のつぶてがミノタウロスに襲い掛かる。
つぶての直撃は避けられても、冷気による凍傷は避けられない。
ミノタウロスの動きが鈍る。

「これでとどめだあ!!!」

 ガライがミノタウロスに飛び掛り、その胸に剣を突き立てた。
ミノタウロスは後ろに二、三歩よろめいたあと、そのままその巨体を地面へと倒れ込ませる。
その咆哮にも負けないほどの地響きと共に。


「……や、やったの……?」

 私は槍を構えたままミノタウロスへ近付いた。
恐る恐る切っ先でミノタウロスの体をつつこうとする、が。

「わっ!?」

 そんな私とミノタウロスの間に割って入ったのはアイークだった。

「ちょ、ちょっと危ないわよ! まだ生きてたらどうするの!?」

「……」

 もちろんアイークが私の抗議を聞くことはない。
そのままミノタウロスの首元に手を伸ばす。どうやら脈を計っているようだ。

「……死んでるよ。完璧に」

「……」

 しばしの沈黙の後。

「や……やった――――!!!!!」

 シャロルとセロカが同時に歓喜の声を上げた。
フレイルを放り出し、お互いに抱き合っている。

「全く。美味しいところをガライに持って行かれたわ」

「はっはっは、悪ぃな!」

 エルが不機嫌そうに頬を膨らませ、対照的にガライは得意げな笑みを浮かべた。

 そして。

「終わりましたよ、ローレンス卿」

 私は部屋の外で震えているローレンス卿に、ミノタウロス打倒を報告した。
結局彼がミノタウロスのいる部屋に足を踏み入れてくることは一度もなかったのだ。

「……やれやれ、参った。またも醜態を晒してしまうとは」

 卿は完全に腰が抜けてしまっているらしく、地面に座り込んでしまっている。
私は卿に手を伸ばし、立ち上がらせた。

「こんな私がミノタウロスを打倒しようなど、何と奢り高ぶっていたのだろう。
 何がロードだ。これでは盗賊であるレナーテ以下ではないか」

「……ですが卿。あなたが私たちと共にミノタウロス打倒に挑んだのは事実。
 このことを報告すれば、きっとあなたの名誉は挽回されます」

 私の言葉に、ローレンス卿は首を横に振った。

「しかし、私が実際には何もしていないのも事実だ。今の私には、安全な砦でのうのうと過ごす資格はない。
 いや、これ以上君たちに同行させてもらう資格すらない。足を引っ張ってしまうだけだ」

 そしてローレンス卿は、私に背を向けた。

「これから、私はただのローレンス。レナーテ……いや、エルと、君たちと同じ、一介の冒険者だ。
 当分は魔道の上層部で鍛錬を積むことにするよ。
 いつか、君たちに同行しても恥ずかしくない実力を身に着けるまで……」

 そのままローレンス卿は、後ろを振り返ることなく、迷宮の外へと去っていった……。

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