第二章 ―勝利―

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 ゴータナスの穴へ足を踏み入れた私たちを、見張りらしき兵士が二人出迎えた。

「ジェルマの杖の探索に来られた方ですね?」

 私たちがうなずくと、兵士は続けた。

「魔道から来る魔物ですが、浅い階層にはまださほど進出しておりません。
 ただ、元々この穴に住み着いていたコボルドやゴブリンなどの下級妖魔、巨大カエルなどはこの階層にも多いので
 充分お気をつけください」

 片方の兵士の言葉を継ぎ、もう片方が語りだす。

「既にご存知だとは思いますが、既にジェラルド卿、マイヤー卿率いる探索隊が魔道に潜っております。
 そして先ほど、剣聖フェリクス様率いる精鋭部隊が応援のため魔道へと赴かれました」

「剣聖フェリクス!」

 エルが顔色を変えた。

「知ってるの、エル?」

「ジェラルド卿、マイヤー卿と並び、先の大戦で多大な功績を遺した英雄…
 剣の腕は戦士以上、魔法の腕も魔法使い以上という、並ぶ者がないと評される最強の侍よ…」
 
そんな人までゴータナスに来ていたなんて、とエルは青ざめた顔を私に向けた。

「…しかし、フェリクス様のお力を借りねばならぬほど、ここゴータナスの魔道は深く手強いのです。
 そして、あの方々のお力をもってしても、ジェルマの杖を取り戻せるという確証はありません。
 お願いします、彼らの力になってあげてください」
 まだ年若い兵士は、私たちに心からの願いを告げた。

「あなた方に、ガルガンの加護があらんことを!」


 元々ノームたちの採掘場であったゴータナスの穴は、ノームたちが暮らしていた地下15階層までは人の手が加えられており、
それほどおどろおどろしいものではない、と話に聞いた。
 確かにここ地下1階は壁にランタンの明かりが灯り、僅かながら生活臭みたいなものすら残っており、
地下深くに魔界との境目である魔道が開いているなどと、とても信じられなかった。

「何よ、拍子抜けだわ」

 後ろでエルがそんなことを言う。

「てっきり、その辺に死体が転がっていたり、魔物がウジャウジャいるものだと思ってたのに」

「ここは浅くて人の出入りも多いから、ほとんどそういったものは片付けられてるんだよ。
 ここはまだ序の口も序の口。もっと奥に行けばイヤでもそういう場所に着くさ」

 楽観するような口調で返したのはセロカだ。

「もっとも、今の僕たちがそんなところに行ったら、即座に転がってる死体の仲間入りだろうケドね。
 それとも何? エルはそういう死体に混じって転がってみたいの?」

「ふざけないで! 誰がそんな…!!」

「だったら、今はこの階層で腕を磨くことに集中するんだ。今の僕たちは駆け出しもいいところなんだから」

「…ふんっ」

 後ろのそんなやり取りを聞きながら、私は隊列の先頭を歩いていた。
私のすぐ後ろをガライが歩き、その後ろがシャロル。続いてセロカ、エル、最後尾にアイークといった順番だ。
 僧侶であるシャロルは本当なら後列で支援に徹してもらうのが良いのだろうが、
戦士が二人しかいない私たちの中では、シャロルは戦士である私とガライに次ぐ、戦闘能力の持ち主だった。
殴り合いなんかしたくないよ、とシャロルは不機嫌そうな顔を浮かべているが、
腕力、体力に劣るエルフであるセロカや、軽い鎧しか着れないエルに前に出てもらうわけにはいかなかった。
もちろん、魔法使いのアイークに前に出てもらうなんて論外だ。

「それにしても、静かだな…」

 ガライがぽつりと呟く。

「コボルドの一匹すら出てきやしねぇし、他の冒険者にもすれ違うこともねぇ。
 エルの言葉じゃねぇが、そろそろ何か出てきてもいい頃なんじゃないのか?」

 確かに、ガライの言葉には一理あった。何事もなく進むほど不安を掻き立てられることはない。
それに、あまりにも何もなさ過ぎると、緊張が解けて油断してしまう危険もあった。

「…あれ?」

 シャロルが何かを見つけたのか、声を上げた。

「どうしたの、シャロル?」

「あれ、井戸かな…? 何か建ってるよ」

 シャロルが指差す方向には、確かに井戸のように見える建造物がひとつ、半ば朽ちかけ壁に埋もれるように建っていた。

「何かしら…行って調べてみる?」

「うん!」


 私たちは井戸らしき建築物を調べてみることにした。

「うっ…ひどいわ、これ……」

 井戸に近づいただけで、ドブのような臭いが鼻を突いた。

「こんな井戸、とても使えないわ。打ち捨てられたのもわかる気がする」

「まぁ、ともかく中も調べてみる?」

「イヤね…死体とか浮いてたりとかしたら」

「エル、さっきと言ってることが違うぞ」

「洞窟に転がってるのと、井戸に浮かんでるのとじゃ話が違うわよ」

「どう違うんだよ……って!?」

 そのとき、仲間たちの会話をさえぎるように、井戸に近づいていった人影がひとつ。

「…アイーク…!?」

「…」

 無言のまま表情一つ変えず、アイークはすっかりボロボロになった井戸のふたに手をかけた。
その刹那、ふたの下からぎょろりとした目玉が覗いた。

「! 危ない!!」

 考えるより先に体が動いた。私はアイークの体を突き飛ばし、彼から井戸のふたを奪い取った。
それと同時に、何かぬめっとした冷たいものが私の顔にべたっと張り付いた。

「!!!」

 顔に張り付いたそれは、とてもドブ臭く吐き気を催させた。
私は無我夢中で必死に暴れ、顔のそれを叩き落とす。
果たして、それは私の太腿くらいまでの体躯を持つ、巨大な蛙だった。

「ジャイアントフロッグだ!」

 セロカが叫んだ。

「気をつけて、鳴き声で仲間を呼び寄せる習性がある!」

「ようやくモンスターさまのお出ましってか!」

 ガライが半ば嬉しそうに剣を抜き放つ。

「蛙ってのがちょっと気に食わないけど、まぁいい練習相手にはなるわね」

 続けざまにエルも剣を抜き、素早い動きで間合いをとった。

「お姉、行くよ!」

 シャロルが杖を構えて言った。

「えぇ!!」

 私も剣の柄を握り締め、鞘から刀身を引き抜いた。すらりと流れるような感触が伝わってくる。

「覚悟なさい、魔物め!」

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