第二章 ―勝利―

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 古井戸から飛び出してきたジャイアントフロッグは、巨体に似合わぬ素早い動きで私たちに向き直る。
さしずめ腹が減っていたのだろう。獲物を独り占めにしようと、私たちに向けてその長い舌をばっと伸ばしてきた。

「きゃあっ!」

 顔を狙われたシャロルが、手に持った杖でとっさに舌を弾き返す。
しかし蛙の舌の勢いは相当なもので、受け止めた際掠めた僧衣の裾がびりっと破け、舌の後を追うように宙に舞い上がった。

「でっかいだけの蛙じゃないようね…」

「そんな悠長なこと言ってる場合か! あんなので何回も殴られたら痛いじゃすまねぇぞ!」

「承知しているわ!」

 ガライの言葉に圧されるように、私はジャイアントフロッグに襲い掛かった。
訓練場で教えられたように、剣の切っ先を見据え敵の急所目掛けてぶち当たる!
一瞬の後に、不快な感触が返ってきた。私の剣はジャイアントフロッグの体に深々と突き刺さっていた。

「やった…!?」

「セティ、危ない!」

「!」

 突然、蛙が跳ね上がった。思いもしなかった反撃に私は剣ごと持ち上げられ、勢いよく地面に叩きつけられた。
鎧を着ているとは言っても、所詮は量産の革鎧だ。衝撃を大して和らげてはくれなかった。
全身を走る痛みに一瞬視界がくらりと歪む。

「伏せて!!」

 セロカの声に、私はもたげかけた頭を再び下ろした。

「ヘーアー・ラーイ・ターザンメ、炎の矢よ、風と共に放たれよ!!」

 「火矢」という初歩的な攻撃魔法の詠唱だった。大した威力はないが、物理攻撃と違って確実にダメージを与えることが出来る。
熱気を含んだ風が、勢いよく私の背中を過ぎていくのが感じられた。次の刹那、目の前の蛙に炎が直撃したのも。

「おっと、まだ油断するには早いぜ!」

 ジャイアントフロッグが炎に身悶えた一瞬の隙に、私に続いて走りこんでいたガライが剣を止めとばかりに振り下ろしていた。
緑色を帯びた体液が飛び散り、ジャイアントフロッグの四肢が胴体から切り離される。
 しばらく、痙攣するように動いていたそれらは、しばらくして完全に動きを止めた。事切れたのだ。


「勝ったの? 私たち…」

 痛みを堪えながら私は立ち上がった。思い出したように、蛙の体に突き刺さったままの剣を引き抜く。
蛙の体から布袋のようなものが覗いているのに気がついたが、体を屈めようとするとまた痛みが襲ってきた。

「やったぁ、初勝利だね!」
 シャロルが顔を綻ばせて私に駆け寄ってくる。

「…って、お姉大丈夫!?」

「えぇ、大丈夫よこれくらい」

「ダメ! ケガしたら治さなきゃ!!」

 そう言って、シャロルは呪文を唱え始めた。しっかりとした、流れるような詠唱だ。

「ダールイ・ザンメシーン、生命よ、力を取り戻せ!」

 柔らかな光が私の体に吸い込まれた。と同時に、全身の痛みが晴れるように消えていく。
僧侶の代表的な魔法「治癒」だ。治る傷は浅手に限られるが、使える者がいると非常に心強いことも間違いない。
…我ながら、出来た妹を持ったものだ。

「大丈夫?」

「えぇ、ありがとうシャロル」

「へへっ、どういたしまして!」

 得意気に笑うシャロル。と、そこに

「何よ、私の出番はなし!?」

 戦闘の間どこかに身を潜ませていたらしいエルが姿を現した。
盗賊は正面から敵と向かい合うのは苦手だが、代わりに物陰に息を潜め、敵の隙を窺って襲い掛かる奇襲攻撃を得意としている。
決して弱いものではないのだが、身を隠すのに時間を取られるのが難点で、隠れる前に敵が倒れてしまうこともままあるらしい。

「せっかく私の剣捌きを見せてあげようと思ったのに」

「戦ってりゃイヤでもそのうちお目にかかることになるさ。もっとも、そういう事態にはあまり遭いたくねぇけどな」

「どういう意味よガライ!」

「盗賊が戦闘で活躍するってのは、俺たち戦士の存在意義に大きく関わるからな。
 盗賊の役目は、戦利品である宝箱のワナを外したり、隠された扉を見つけ出すことだ。 だから、正直…」

そこまで言って、ガライは頭をぽりぽりと掻いた。

「オマエにゃ、ムリして敵と殴りあうようなことはしてもらいたくねぇんだよ」

 確かに、盗賊が戦士より強いようでは、戦士のアイデンティティは崩壊するだろう。
しかし、ガライの言葉の本心はむしろ、エルにムリしてほしくない、という部分に感じられた。
もっとも、エルはそのことに気付いているのだろうか。

「ふん、だったらもっとしっかりしてちょうだい。あんな蛙一匹に苦戦してるようじゃ先が思いやられるわ」

「けっ、勝手に言ってろ!」

 ぷいっと同時にそっぽを向き合うガライとエル。その様子は見ていてなかなか微笑ましい。

「…そういえば、井戸!」

 シャロルが思い出したように古井戸を向く。

「近寄らない方がいいんじゃない? また蛙が飛び出してくるかもよ」

 一瞬蛙が顔にへばりついたときの感触を思い出し、気分が悪くなってしまった。

「……何も、ないみたい」

 突然声がした。見ると、半ば身を乗り出して古井戸を覗き込んでいる少年が一人。

「ちょ、ちょっとアイーク、危ないわね! また蛙が出てきたらどうするのよ!」

「………」

 表情を全く変えず、アイークは井戸のふたを閉めた。もっとも、はじめから彼には表情というものがないのだが。

「残念そうだね」

 そんなアイークを見て、セロカがそんなことを言った。
私にはアイークが何を考えているのかなど全くわからないが、付き合いの長いセロカにはわかるらしい。

「…」

「ま、気にすることないよ。ここはまだ第1階層なんだ。もっと深く行けるようになれば、きっとお宝とかも見つかるさ」

 そう言って、セロカはアイークの肩を軽く叩く。

「そうね、焦ることはないわ。ゆっくりと腕を磨いて、お金を稼いで、地道に行きましょう」

 私はジャイアントフロッグの死体のそばに落ちていた布袋を拾い上げた。
以前飲み込んだものらしいその袋の中には、金貨が6枚入っていた。

「戦利品よ。これっぽっちじゃまだ何も買えないだろうけど、
 きっと鎧とか買えるくらいお金が貯まる頃には、私たち随分強くなっているはず!」

 それまで頑張ろう、と言葉を続け、6枚の金貨を全員に分け合った。
たった1枚の金貨だったが、全員が宝物のように各々の財布にそれをしまった。

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