File26

- 縫合線 -




縫合線が残されたアンモナイトの内型。この標本は後に重要なものと判明する。


冬の間差し控えていた採集も、雪が解けるころになるとそわそわしてくる。例によってSさんに「そろそろ出かけませんか」と声をかけたところ待っていたかのように「行きましょう、行きましょう」と乗ってきた。2人とも今年最初の採集なので行き先も迷ったが、去年2回行った荘川村にした。理由は産出する露頭は崩落が激しく、上に植わっている木が宙づり状態になってしまっていた。これでは危険なのであまり採集活動が出来なかったのだが、冬の間の雪でひょっとしたら、その木が倒れたのではないかという期待があったからだ。

 当日は曇り空で雨が心配だったが、予定通りいつもの待ち合わせ場所の一宮IC前に向かった。定刻通りに着いたが、Sさんは既に来ており「中止にしようか迷ったけど取りあえず行ってみよう」ということで、出発することにした。この年の前年に東海北陸自動車道が白鳥IC.まで開通したため荘川、和泉村方面は一段と近くなった。実際、休憩時間も入れて2時間あまりで着いてしまった。

 林道のゲートを抜け、採集ポイントに向かう。林道には崖から石が所々落ちており、それを避けながら車を進めた。

 残念ながら露頭の木は落ちていなかった。しかし、沢山の転石が新たに落ちたようで、その上まだ人が入った形跡もなく期待できそうだ。早速その転石から手を付けることにした。ここの石はもろく保存が悪いものが多いのだが、まれに硬い石から比較的良いものが出てきている。今回は珍しくこの硬い石が転石の中に含まれており、その中に大きな二枚貝を見つけた。これは後でクリーニングしたところテトリミヤであることが分かった。テトリミヤは合殻のものが多いが、これは殻が離れていた。

 しばらくすると、Sさんが「ベレムナイトの抜け殻だ」といって私の方に一塊の石を放り投げてきた。見るとなるほど5mm位の丸い穴が母岩にあいている。殻の本体が溶けてなくなった印象化石だ。丁度良い具合にヒビが入っていたので割ってみると、縦の断面が現れた。産状を説明するのに都合のよい標本なのでSさんに断わってもらうことにした。

 さて大方調べ終わったので露頭を崩すことにした。ただ木が倒れかかっているのであまり派手なことが出来ない。幸いなことに木が宙吊りになっている所から少し離れた所が崩れかかっており、そこをバールで剥がしてみることにした。最初Sさんが岩を剥がしたが、それほど沢山の石が落ちなかった。それで、私がバールを持ち岩の割れ目に差し込んで力いっぱい引張った。すると大きな音を立てて沢山の石が崩れ落ちた。次はこの新たに落とした石を一つずつ調べる作業に入った。しばらくするとアンモナイトの破片が見つかった。Sさんに見せると「外型があるはずだから捜そう」と言ってくれた。ここの化石は保存が悪いので外型と内型がないと同定できないものが多いのだ。この標本は幸いにしてSさんが見つけてくれた。その後すぐに今度はアンモナイトの外型を見つけた。しかしこれは、残念ながら内型を見つけることが出来なかった。ただ自宅に持ちかえってクリーニングしてみると一部に内型が残っていて、それにはかすかに縫合線が観察できた。これを手がかりに同定できるかもしれないと思っている。(後日、この標本は御手洗層のアンモナイト研究に重要な意味を持つものであることが分かりました。その内容はこちら

 昼食のあと引き続き転石を捜したが、その後収穫はなくSさんの「無いな」という声でこの場での採集を打ち切ることにした。予定ではこの後八幡町に向かうことになっていたが時間が遅くなったので、採石場跡の様子を見て帰ろうということになった。その前にSさんが谷の奥を案内してくれるというのでついて行く。Sさんが「幻の貝」と呼んでいるリマチュラが産出した露頭を教えてもらい転石を捜したが、なにも見つからなかった。そこから少し奥の崖から小さなノジュールが沢山出てきたが、中は無化石だった。しばらく周辺を探したが、わずかにソテツの仲間が母岩から出たが保存が悪いので持ち帰る気がしない。Sさんは硬い母岩に入ったエントリュームの破片を拾って持って帰った。

 採石場跡は以前来た時にあまり良い印象がなかったので、ちょっと覗いて帰るつもりだった。ただ、前来た時は上の方の露頭を見ていなかったので、Sさんを案内するつもりで採石場の上の方へ向かった。そこは半分くらい土に埋もれてしまっているが、そこはまぎれもなく父がアンモナイトを見つけた露頭だった。落ちている石もないのでしかたなく露頭を直接ハンマーで小突くとコロッとテトリミヤが出てきた。半分から割れてしまっているが殻が残っている良い標本だ。Sさんに見せるとしきりにうらやましがった。私はいくつか持っているので、あげてもいいなと思ったがテトリミヤは比較的よく見つかるし、自採したほうがうれしいはずだ。だからその場ではあげないことにした。

 しばらくして、Sさんが露頭の岩の間にハンマーの先を差込み「これは剥がれるかもしれないなぁ」と言った。そこで、私のハンマーでSさんのハンマーをタガネ代わりにして打ち込み、引張ると一塊の岩が落ちた。その岩はSさんに任せて、私はバールを取りに車に戻った。途中先ほど採石場の下の方で採集していた夫婦連れが声をかけてきた。さっき見つけたテトリミヤを見せると「そんなに大きくないけど」と採集品を見せてくれた。貝やウミユリの破片がほとんどだったが、何の化石か分からないようなので解説をしてあげた。「三葉虫は出ないか?」と聞いてきたので素人のようだ。こうした人たちが採集にくるのだから、石も無くなるはずだ。

 バールを持って戻るとSさんは「苦労して落としたのに無いも出なかった」と肩を落としていた。そこで持ってきたバールでもっと大きな石を剥がしにかかった。程なく一塊が落ち早速その石の料理にかかった。しかし、めぼしいものは出てこない。そこで出そうな石がないか辺りを見回すと、手ごろな石が落ちていた。表面を見ると何か入っていそうなのでSさんに譲ることにした。割り終わったSさんは「イノセラムスが出たけど分離が悪い」と私に手渡した。その後、さほど成果も無くここを後にすることになった。

 帰りにSさんの家に寄り、Sさんの標本や資料を見せてもらい、夕食までごちそうになった。その上、千葉の腕足類やモロッコのサンゴ、そして大きな金生山産のベレロフォンを2つもいただいた。よって、当然例のテトリミヤはSさんのものになったのだった。

File25へ    第三章インデックスへ戻る       File27へ