TOPへ

Maria Blanka

あるマンションのロビーの一角、深夜二時過ぎの出来事。
剣呑な雰囲気を有した青年がふたり、互いの顔に『機嫌が悪い』と貼り付けて、対峙していた。

「なんでこんな所に居るんだ?」
「秘密。というより、こっちの台詞だと思うが」

長髪の青年の不興げな問いに、もうひとりも負けず劣らず不機嫌な調子で応じる。
その反応に、ただでさえ険悪な空気が、一層圧力を増していく。

「ほう。俺は今機嫌が悪りィんだが」
「奇遇だね。俺もだ。どっかの馬鹿が手を出してきたんでね」

遣り取りの中、とうとう互いの忍耐力の限界を超えたようだ。
パシッ――と乾いた音をたてて、本物の殺気が渦を巻く。聡い者なら見えたであろう、彼らの身体から、轟々と立ち上る凄まじい氣が。鈍くとも、腰が抜けるような恐怖だけは、理解できるであろう。

「はんッ、頭を潰せば、雑魚はどうにでもなるよな」
「それはどちらも同じこと。むしろそちらの方がマズイのでは?」

片方は軽く拳を握り、もう一方は片手を宙に掲げる。
そんな一触即発の彼らを止めたのは、頭に響いた微かな呼び声だった。

「「紅?」」

見事にハモった彼らは、一瞬、顔を見合わせた後、走り出した。


「やっぱり……」
「やっぱ、てめェか。そんな気がしてたんだよな」
「じゃあ兄弟?」
「やな言い方すんじゃねぇッ」


全力疾走しながらの会話であった。



紅の部屋の前で、長髪の青年が驚愕する。

「外法による多重結界だと?!」
「んなこと、どーでもいいから、さっさと破れ」

もうひとりの方が、冷たく突っ込む。

「同属性を破るのは、時間がかかるんだよッ!! 陽のてめェがしやがれッ!!」
「役立たず……」

小さく呟きながらも、茶髪の青年は構え、氣を急速に高める。

そして鋭い呼気と共に、それを放つ。
弾け飛ぶような音が、周囲に幾重にも響いた。


「鍵もしっかり掛かってるな」
「どけ」

長髪の青年が、手を掲げる。
彼が口の中で小さく銘を呟くと、一振りの日本刀が現われる。

一撃

「うらッ、行くぞ」

真中で断ち割られたドアを蹴り飛ばし、長髪の青年が怒鳴る。

「なんだ、貴様らはッ!!」

立ちはだかろうとしたふたりの男を、茶髪の青年が無言で殴り飛ばす。



彼らが見たのは、地獄絵図。
嘗ては、頻繁に繰り返されていたであろう狂宴。だが、彼らが知り合ってからは、一度も許していなかった騒ぎ。

紅は、三人がかりで犯されていた。
犬のように、四つんばいにされて、前後から貫かれて。

薬か何か。ともかく正気を失った男たちによって、乱暴に凄惨に。


「ッてめェらぁ」

長髪の青年が振りかぶった日本刀を素手で止めたのは、もうひとりの青年。

「すぐには殺すな」

静かに呟くと、男たちを動けない程度に吹き飛ばした。



「あ、……来てくれたんだ。良かった……逢いたかったの」

ようやく連中から解放された紅は、もう目も見えていないようだった。
虚ろな眼差しは、護ってくれていた人たちの姿を、探していた。――すぐ目の前に、彼らは居るのに。

「紅」
「ごめんなさい、遅くなって」
「いいの。……来てくれたから。……それだけで」

焦点のあわぬ朱の瞳で、懸命に彼らの声の方をみつめる。
童女のような無垢な微笑み。彼らと会ってからは、起きた事の無い行為。彼女の狂わぬ為の防衛本能。

「天ちゃんもまーくんも、大好きだよ。ちゃんと服、脱がしてくれるし、殴らないのに気持ち良くしてくれるし、それに……優しくしてくれるし。
ふたりとも大好き」

「私もです」
「ああ、俺もだ」

微かに震える声。生死を知る彼らには、判る。もう――どうしようもない。

「ありがとう。本当に優しくしてくれて」

幼児退行状態から、彼女は一瞬だけ戻った。最期の最期で、別れを口にする。


さようなら……大好きな人たち……ごめんなさいね

彼女は、柔らかい淡い微笑を浮かべて、そして……動かなくなった。
彼らが差し伸べてくれた救いの手を拒んでまで、予想された結末を迎えたことを詫びながら。



「どうするよ、こいつら」

長い沈黙の後、殺気に溢れた声音で、長髪の青年が問うた。彼は既に刀を抜いていた。

既に男達の足は折られ、這いずるようにしか、動く事は出来ない。逃げられるはずがない。
闖入者のふたりの青年に、まともな者達は勿論、正気を失った連中さえもただ怯えていた。感じるのだろう。価値観も、存在そのものも、全てが普通ではないという事が。

「知れたこと。ハンムラビ法典だ」
「犯すのか? 嫌だぞ」

心底嫌そうに眉根を寄せた長髪の青年に対し、茶髪の青年も、顔を顰める。

「当たり前だ。何で俺が。折角短刀をお持ちのようなのだから、それに犯していただこう」



慇懃な方の青年は、動けぬ男達を蹴り上げ、背を上に向かせて――それから、何度も何度も、蹴りつけた。

彼らふたりが癒したはずの紅の身体は、この男達によって、傷だらけにされていたから。



段々と悲鳴さえもあげなくなった男たちを、侮蔑の眼差しで見下ろしながら動きを止める。
だが、これで終わりという訳ではなかった。
ひとりの男の、腹の下に足を入れ、引き上げ、尻を上げさせ、犬の姿勢をとらせる。

―――ちょうど、紅がされていたように。


「貴様らがしていたのは、こういう事だ。腐れた脳みそでも、理解できるだろう?」

短刀を抜き放ち、光る刃を男の頬に当てる。
予想がついたのか、涙を目に貯め、這ってでも逃げようとする男の背を踏みつけて、動きを止める。そして、その肛門に短刀を

――突き入れた。

心を引き裂くかのような絶叫が響いた。

だが、助けも通報も来ない。何故なら、部屋は再度結界に包まれていたから。
長髪の青年の手による結界は、音を通さない。異変など気付かせない。

茶髪の青年は、飽きもせず、全員に繰り返した。
泣きじゃくりながら、許しを乞う男たちが、殆ど動かなくなったところで、静かに見物していた長髪の青年へ、向き直った。

「さてと、死んじまう前に……変生」
「ん? ああ、なるほど」

怪訝そうに問い返したのは、一瞬。すぐに答えに突き当たったらしく、彼は意識を集中する。



「変生せよ」

長髪の青年の命に呼応して、呻く力すら失っていた男たちが、身を捩り、苦しみだす。

「変生せよ、流れ過ぎ、移りゆく世の理を外れ」

紅の光が、辺りに満ちる。
それに導かれるように、男たちが変っていく。その性根に相応しく醜い姿に。

そこに苛烈な氣が叩きつけられる。

「存在ごと消え去れ。螺旋掌ッ!!」

彼にしては、珍しいほどに、怒りの――感情の込められた声。
眩い輝きが青年を中心として生じ、弾けた。

喰らった鬼たちは、さらさらと崩れていく。この世に在った痕跡さえ残さずに。



一撃で、鬼を消滅させた青年は、紅の身体を清め終わった後、静かな声で、だが凄惨な表情で、もうひとりの青年に訊ねた。

「これから、他の奴らも一匹残らず殺すけど、俺は、虫を殺したくらいで、殺人扱いになるのは嫌だ。なにか良い手はあるか?」
「ふん、当然だ」

尋ねられた方の青年は頷き、面に浮かべる。

「外法ってやつを見せてやるぜ」

悪鬼の笑みを。


「どういう事だ。なぜ視られないんだッ」

苛立たしげに、西香が傍らの老人を問い詰める。
遠い場所から眺めているつもりであった。お気に入りの玩具が壊れる様を。
だというのに、テレビの如く受信できていた映像が、一切見られなくなった。見張りの者たちとの連絡もつかない。

「それがわかりませぬ。先程から全く。結界も破られたようです」

己が術が働かない。長い人生の中でも、経験のない事態に、老人も成す術もなかった。


半ば要塞と化した、西香の屋敷に、ふたりの青年がやってきたのは、それから三十分ほど後のことだった。
長髪の青年が印を結び、呪を唱える。
その言霊により、屋敷の輪郭が次第に歪み薄れ、そして再び確たる姿を取り戻す。だが、その時点、屋敷に居た者全員が、妙な感覚を受けた。

突然目の前から消えた人間の姿に、驚く者たちも多かった。実際は、相手が消えたとは限らないのに。己が、選ばれたのかもしれないのに。

死神たちへの贄として。
罪深き獣として。


「鬼に堕ちることが可能な者たちを、違う空間に隔離してある」

選別を終え、広大な結界を築いた長髪の青年は、僅かに上がった息で宣言した。

「成程ね。亜空間にしてしまうのか」
「終わったあと、結界ごと流せばいい」

感心したように、陽炎のようにゆらめく屋敷を眺めていた茶髪の青年の瞳から、感情が落ちる。
抑揚無く、彼は呟いた。

「じゃあ、やるか」
「ああ」

普通の人間たちにとっては、死神が降臨したようなもの。

屋敷に、悲鳴が響きわたる。血飛沫が飛ぶ。惨状に半ば精神の平衡を失い、泣き叫ぶ者達にも、容赦なく死は降り注ぐ。



「何が起きているんだ、一体ッ!!」

違和感に――、そして聞こえてくる悲鳴に、西香は取り乱した。
理解が、全く追いつかない。

「先程から屋敷ごと、何者かの結界に封じられました。しかも、恐ろしく高度な外法によるものです」
「クソッ! 逃げるぞ」

そこへ冷静な声が、響いた。

「どこへ? どうやって?」

恐怖と憎悪と怒りと、全てを込めて、西香は声の方角を睨んだ。

そこには、ふたりの青年が佇んでいた。全身を朱に染めて。
ひとりは日本刀を持ち、もうひとりはナックルのような物を、手の甲にはめていた。

「西香 徹哉さん、ですね」
「てめェがそうか。……生まれてきた事を後悔させてやるよ」

見事なほど対照的に、冷静と怒りの言葉を投げられる。

「貴様ら、何が目的だ?」

問い掛けながら、西香は机の下のボタンをそっと押した。だが、片方の青年に笑いかけられて、芯から身体が凍りつく。
彼は、全てを見通すような瞳で、絶望的なことを告げた。

「無駄です。もう貴方たちで、最後ですから」


その言葉の意味が、脳に到達するまで、かなりの時間がかかった。
じわじわと恐怖が浸透していく。屋敷にいた者達全てを、片付けたと、彼は静かに笑っているのだ。

そして、気付いた。

「最後だと!? おいッ、亨は」


西香の必死の問いに、ああ――と頷き、青年は平然と答えた。

「息子さんの事ですね。どうぞ」

放ったモノは子供の生首だった。それは、苦痛に歪み、泣き叫んでいた。
どれほどの苦しみの後、殺されたのか。想像する事すらおぞましいほどの絶望の貌。



「とおるーッ!! 貴様ら悪魔か!? 亨はまだ、9歳だぞッ!」
「鬼だよ」

西香の絶叫に、長髪の青年が冷ややかに応じた。
もうひとりの青年も、同様に蔑みに満ちた声で、冷然と告げる。

「屑の子は、やはり屑ですよ。他者の犠牲が少なくすんで、良かったじゃないですか。既に、下衆な素質が発揮されていたようですし」

血に塗れ、肩を竦めて嗤う彼に、人間味など一片も存在しない。

「貴様らよくもッ!」
「西香さま。下がってください。小僧どもッ、この外法士 影幻を倒せると思っているのかッ」

なおも激昂し、前に出ようとした西香をかばい、老人が名乗る。
一瞬彼らは呆気に取られたように、動きが止まった。

それからゆっくりと嘲笑を浮かべる。端正な貌に、悪意を満たして。

「だ、そうですよ。どうデスか? 外法の正統後継者――九角天童殿」
「怖えなァ。ビビッちまった。だが、貴様らは殺すぜ」


怯む事のない嘲弄。そして彼らが口にした名。

老人は、愕然とした。
闇に生きる者の端くれとして、当然その名を知っているのだろう。

「九角だと!? だからこんなに巨大な結界を創れるというのか」
「なんだ、どういう事だ!?」

話が見えずに騒ぎ出す西香に対して、九角が無造作に剣を振るう。

「うるせェよ」

届く筈のない距離。避ける必要などない筈。
だが、剣圧によって、西香の左腕は、肘から落ちた。

「うぎゃぁーー」

惨状にも絶叫にも、心は動かされないようで、西香の苦しむさまを無感動に眺めていた茶髪の青年は、九角を睨み責める。

「なんて事を。出血多量なんかで死んだらどうするんだ」
「血なんか出てねェだろ」

指し示した九角の言葉通り。鋭すぎる太刀痕からは、一滴の血も流れてはいなかった。

「ホントだ。すまん。で、先程の質問に答えますと、彼はその老人が使う外法を、体系化した始祖の直系です。当然レベルも、ご老人とは比べ物になりません。ちなみに、私は緋勇といいます」

老人が、またもや息をのむ。緋勇の名も、知っていたようであった。

「な……ぜ。陽と陰の最高位の一族ではないか。お前達は、敵同士であろう?」

絶望の表情で唸る。分かるのだろう、彼我の差が。


「ああ、間違いなく敵だ」
「その通り。だが、ここで貴方たちを嬲り殺すのに、何ら支障はありません。御安心を」

無慈悲な死刑宣告に、老人の顔色は、土気色を通り越した。

有り得ないと、首を振ることしか出来なかった。
どうして不倶戴天であろう彼らが、共に眼前に現れたのか、理解できなかった。

「ふざけるなぁッ、死んでたまるか!」

両家の名など知らぬ西香には、納得できるはずもない。叫びとともに、銃を抜いた。
スピードも、狙いも、片腕で行ったにしては相当なものだった。

しかし、相手が悪すぎた。


「おー、斬鉄剣。凄い」
「下らん事を言うな」

それは有り得ない事象。
銃弾は、九角の刀によって、全て落とされていた。


「くッ!! 屍鬼よ、奴らを食らえ!」

主の叫びで我に返った外法士は、ゾンビを大量に召喚する。
完全に倒すことが困難な大量の敵。時間稼ぎとしては最適な存在ではあったが、緋勇はくすりと笑った。

「汚いな」

呪も気合も必要としない。
彼の腕の一振りで、煌く炎が突如として出現し、不浄なるものを焼き尽くしていく。



浄化の炎が消えるのと、最後の一体に至るまでが消し炭と化して消滅したのは同時であった。

「俺としては、おっさんの方に労力をかけたいんだが」
「そうだな。では、こちらの人は一切氣を使わず、純粋に撲殺というのは?」


彼らの必死の反撃を、あっさりと断ち切ったふたりは、のどかな様子で会話を続けた。
内容は、まともではなかったが。

「それは良いな。だが、即死させるなよ」
「御意、ていうか当然だろ。……八雲」


まるでその動きは、舞のように美しかった。
但し、それは死を呼ぶ舞であった。

緋勇の蹴りと拳との連撃によって、霧に近いほどに、血飛沫が上がる。

止んだとき、老人は原型を留めていなかった。
但し、意識だけはあるらしい。微かに動きながら、ただただ、言葉にならない苦しみの声をあげ続ける。


「どれくらい、もつんだ?」
「一時間弱程度。でも、もうお年なんで、もう少し短いかも知れない」

肉塊を冷たく眺めながら尋ねた九角に、緋勇は少々悩んだのちに答える。
惨劇の演出者とは思えぬほどに、平然と息も乱さぬままで。

「少し生ぬるいか。いや、いいか。メインはこっちだしな」

殺気と共に振り向いた九角の瞳を直視してしまい、西香は、逃げることすら忘れていた。
呆けたように、ふたりが近付いてくるのをただ眺めている。

「狂ったかな?」
「はッ……ざけんなよ。絶対元に戻してやる」



「なんでだよ。いいじゃないか。貴様ら、一体なんの権利があって、こんな事を。碓氷は俺のものだぞ。俺が買って、ずっと俺が飼ってきたんだ。どんな風に扱おうが、俺の――」

子供のように泣きじゃくりながら怒鳴った、西香の身勝手な言葉は、それ以上は、続けられなかった。
九角によって頬を貫かれ、緋勇に肩を蹴り砕かれたから。


絶叫をあげながら転げまわる男を、ふたりは冷ややかに見下ろした。


「どうするよ、これ」
「触れることすら、嫌になってきた。けど、許すわけにはいかないな」

冷気と熱気と、対照的な空気を纏う彼らの、瞳に宿る感情は同じ。
侮蔑と嫌悪と殺意。

「良い案が浮かばねェな。なんかねェのか、極悪人」
「失礼な。うーん……コンセプトは長く、苦しく――か」

物騒な表情で、熟考に入ってしまった緋勇より先に、問うた九角の方が、先に思いついた。

「そうだ、俺が細切れにするから、焼け」
「え? 斬った破片焼いたって、意味無いじゃん」

首を傾げる緋勇に対し、九角は得意げに答える。

「馬鹿、傷口の方だよ。弱火でじっくりと――な」
「なるほど、レアステーキの要領だな」

「ひ、ひぃぃぃ」

彼らの会話内容の恐ろしさに、麻痺していた感性が復活する。西香の僅かに残った理性が、逃げる事を選択させる。じりじりとしか下がらない足を、もどかしげに懸命に動かす。

しかし、彼らが逃すはずはなかった。

「地獄に堕ちても、夢に見な」
「永劫に苦しみ抜け」

ふたりが断じる。共に静かな声音で。凄惨な表情で。

「乱れ緋牡丹」
「巫炎」


数刻後、思うままに命を蹂躙した死神達は、やや離れた場所から、西香の屋敷を眺めていた。
己が手によってつくられた屍が溢れる、死者の館を。


「じゃあ、流すぜ」

九角は呟くと、指で何かの印をかたどり、呪を唱える。
呪の高まりと共に、屋敷が蜃気楼の如く透き通り揺らぎ、ゆっくりと消えていく。

数瞬後、再び揺らめきが生じ、屋敷は元の姿を取り戻していく。
復元した館には、最早屍も血臭もないだろう。―――存在しているのは、事前に許された極一部の生者のみ。

「お疲れさま。お姫様抱っこしたろうか?」

高度な術を行使し、肩で息をついた九角に、緋勇はからかうように笑いかける。

「いらねェよ!!」
「だが、さっさと逃げないとな」

真顔に戻った緋勇は、強引に肩を貸し、脱兎の如くその場から去った。
当然、目撃者のチェックも忘れていなかった。


とある学校の屋上にて、ふたりは手摺にもたれ掛かりながら、だれていた。

「落ち着いたー。目撃者もとりあえずは、いなかったぞ」
「あの時間じゃあな。ところで、なんだって真神に来たんだ?」
「俺の家でも良かったけど、何はともあれ落ち着ける所って頭にあったんで」

煙草を取り出しながら、平然と緋勇は答える。

「そんな理由でか。普通、深夜の学校を選ぶか? ……それにしても、流石に疲れたな。俺にも煙草よこせ」
「つーか、そろそろ朝だな。ほれ」

緋勇は律儀に突っ込んでから、相手の分にも火を着けて投げ渡す。
かなり危険な行為にたじろぐこともなく、器用に受け取った九角は、手慣れた様子で口元へ運ぶ。

未成年には見えない、だが紛れもなく未成年のふたりは、ゆったりと一服した。



しばらくして、緋勇が静かな空気を破った。

「聞きたいんだけどさ、鬼道って五人衆じゃん」
「ああ」

突然、本来の関係を思い出させるようなことを口にした相手に、九角はわずかに眉を上げた。

「昨日ので、あと残りひとりだよな」

九角は黙ったまま頷いた。
何を言われるのか、ただ待った。

「その次は、御大自らお出ましか?」
「………そうなるだろうな」


長い沈黙が、再度流れる。

「じゃあ、今度逢ったら」

ぽつりと呟いた緋勇に、九角が応じた。

「殺し合い――だな」