Old_Italian_Violin1 古いイタリア製のリペアー T Dec.12 2007 HOME
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10下旬のある日のこと、石川県のMさんから、古い、1800年代のイタリア製のものを見てもらいたいというアクセスがあった。

例によって、私自身がプロのリペアー師ではなく趣味家であること、また、そのヴァイオリンが有名な作者のものであるとか
たいへん高額な物ではないという、レッスン生向き程度のものなら、という条件で写真を送ってもらうことにした。

写真では、ご覧のような見るからにハイアーチといった形。また、作者のラベルはあるものの、メーカーとして世界の中で検索しても一件もでてこない、まったく無名の作家のものであることが分かりました。
Mさんの要望は、まず蓋を開け、表板や裏側削り直し(板厚調整)、バスバーの交換、指版が垂れ下がっているのでネックのつけ治し、 ナット、ペグ、エンドピン、指板などの交換、駒・魂柱、テールピースの交換、顎当取付、弦を新規に張る、というもので何とか使える物にしたいとのこと。
この頁の主な内容  
◇ ネックの取り外し まずは、ネックの取り外し。
◇ ネックが下がった理由 外して見ると、当然だったのです。
◇ 表板の剥離 表板から外しました。
◇ 特殊なバスバーのこと 表板本体からの一刀彫という特殊なつくり・・・
◇ バーの長さと弦の圧力に対する抗力と、表板の板厚 いろいろな要素を、複合的に考慮しながらリペアーすることも必要。
◇ アーチングの修整 この際ですから、思い切って見た目をよくするためにアーチングも修整。

 ◇ ネックの取り外し 
まずは、ネックの取り外しです。

指版の下、ボディ側との間にわずかな隙間を見つけ、そこからスポイドでお湯を差し込み、時間をかけて何度もお湯をしみ込ませ、ニカワをやわらかくさせていきます。


もちろん、ステンのヘラも使い、できるだけ効率よく、お湯を差し込むのです。

指版をはずしたら、なんと表板には太くて黒い筋。

どうやら、この楽器を使っていた人は、塗り物だった指版の塗装がハゲたのが気になり、それで、自分で黒い着色塗装をしたのだろうと考えられます。

それは、いくら指版が下がっていて隙間がなかったとしても、やり方がずいぶん素人っぽいからです。
同じ条件でも、プロなら養生をしっかりして、表板にまで着色ニスがのるようなことはないはずです。

オーナーさんには、送って頂いた写真には古い割りに、スレやキズが少なく、そうした判断をした結果をメールで、『これは、オリジナル・ニスではなく、後から塗っています』、と伝えてありましたが、その通りでした。

指版が垂れ下がり、表板に極端に接していたため、ご覧のように、指版の真下には、指版に塗った黒い塗装がついていたりするほか、後から塗ったニスが中央部には回ってなく、そこだけが淡い色になっていました。
 ◇ ネックが下がった理由 

まず、ひとつにはネックをボディに取り付けるために彫る、「ホゾ穴(差し込む♂のための♀穴)」の勘合が悪かったこと。

それで、指版の角度調整を無理につじつまを合わせた付け方をしていたため、早い話がネックがボディから少し浮いていたことになります。


その証拠がこちら、ネックの素材と本体の受けであるブロック材との間にわずかな空間ができ、それで、ニカワがツブツブ状になっているのです。

つまり、両方の板、そのものの面で接合されていたのではなく、乾いて、水分がなくなった分の体積が減って固まった、ニカワのツブツブの先だけで接合されていたことになります。

そのために、わずかな隙間が空き、お湯を差したり、ヘラを差し込みやすかったといえます。

その接着の不具合は、下の概念図、左右の違いです。

そのため、弦の張力で引っ張られ、指版が下がったものと推察します。
接着するものは、貼るもの、貼られるものの両面とも、すべからく真っ平らにすべきであり、そのことで、平面の「面全体」としてくっついていることが大切になります。
一方、凹凸面だと、その突端部分だけの、「点としてしか接着されていない」ことになるわけです。

とりわけ、ニカワという接着剤は固形物が少なく(乾燥後の体積率が低いため)、隙間が空きやすいのです。
ライティングで、その凹凸を誇張して撮影したものですが、ニカワのツブツブがはっきりしています。
このツブツブのニカワを、平ノミですべて削りだし(木地をだして)、ネックをしっかりホゾ穴に差し込んでチェックしたら、ほぼ標準の高さになりました。


じつはこの駒、父の遺品のヴァイオリンについていた、戦争前の古い、現在から比べるとやや低い駒ですから、この程度ならそのまま貼り付けても現代の標準的な駒高になります。
オーナーさんには、当初、メールで「裏板を外して板厚の調整をする」と書きましたが、 バスバーを取り替えなければならないことや、思いの外、楽にネックを外すことができましたから、ここでは表板を外すことにしました。

外してみると、ニスはいっぱい垂れているし、削りのノミ痕もそこかしこ残っているし、実におおざっぱな削りでした。

しかしながら、この表板は非常に晩材(年輪)が発達した、しっかりした板であることが分かりました。


ご覧のように、ビシャビシャの刷毛で色ニスを塗ったものでしょう。

しかも、そっとなでるように塗ればこのようなことはありませんが、 場所をわきまえず、刷毛をこすりつけるような、しごくような刷毛さばきで塗ったものでしょう、 すっかりエフ字孔から入り込み、裏側にもこのようにいっぱい垂れていました。

しかも、削りが荒いのです。

本来なら、ブロックギリギリまで削るべきだと思っていますが、ずいぶん削り残していました。

それに、スクレーパーを使って削ったような形跡がなく、ノミとカンナだけで仕上げた物のようで、 ボクなんかは信じられないほどノミ痕が痛ましいほどでした。
 ◇ 特殊なバスバーのこと 

驚くべきことに、本機のバスバーは通常とは違い、表板本体からの一刀彫だったのです。

つまり、あとから貼ったものではなく、表板と一体になっているのです。

これを、半丸反りカンナで平らに削り、新しくつけることはそれほどたいへんな作業ではありませんが、 これは、バー全体を成形し直しするものの、そのままおくつもりです。

なぜなら、この方法はいままでどんな資料からも、見たことも聞いたこともないものです。 でも、理屈で考えても「響板である表板と一体のバー」というのは魅力です。

それに、この表板は晩材(固い年輪のこと)がよく発達した素材ということもあります。

通常、そんなことをして削るのは非効率的だから、後から貼っているのです。

「年輪がつながっている」ということは、結果として「振動の伝達効率がいい」といえます。
ニカワいう別素材が中間にあるより、きわめて直接的だからです。

この写真なら、年輪がつながっているのがお分かりいただけると思いますが・・・。

さて、ドイツ語で、「ハーゼ」という言葉があります。これは、「蝶が舞う」という意味だとか?

ときおり木の育ちや生まれで、年輪が真っ直ぐではなく、 クチュッと、途中で捻れたような(あるいは急激に曲がっている)部分が出てしまうことがあります。

でも、マニアックな人は、それでさえ、その部分が固いわけですから 『天然のバーだ』といって、珍重するぐらいなのです。

そうしたこともふまえ、これはやや短いものではありますが、あえて取り替えない方がいいと確信しています。

 ◇ バーの長さと弦の圧力に対する抗力と、表板の板厚 

いちばん手前のものが、現代の標準のバー、長さが27cm。
つぎが、 ヨーロッパ製の古いものから取り外したもので、本器のものとほぼ同じ長さ。

なお、この写真の段階では、内側を少し削ってあります。

というのは、やはり垂れたニスは嫌いだし、三枚上の写真に説明を書きましたが、ブロックの付け根まで削れていないのです。

これは、できるだけ内容積を大きくすることで、ヴァイオリンよりヴィオラ、
ヴィオラよりチェロというように、低音域の特性がよくするためのつもりです。

削ることに関しては、当然、板厚のチェックはしています。

下部の周辺部で、ノミの彫り痕のいちばん深い(板厚のいちばん薄い)部分で計っても3.54mmを指しています。

周辺部でも、厚いところは5〜6mmあったところもあったほどでした。
ちょっと、ピントが悪かったり、数値がはっきり見えませんが、ごめんなさい!

本来、この周辺部の部分は2.5mm程度にしないと、低音の振動によくありません。

この、いちばん薄いところでも、あと、少なくとも1mmは薄くしますが、このことについての詳細は後述します。

ということで、もともと、低音の振動を駒から受け、それを表板全域に伝える、という役割をもったバス・バーですが、 相対的な見地から、この一体化したバーをそのままにしても、周辺部の板厚調整により、低音域を十分なものにする可能性が増します。

また、このアーチにしてこの晩材をもった素材であり、 なおかつ、これで160年耐え続けてきた実績を持っていることは事実。

 
 ◇ アーチングの修整 

いままで、二度にわたって、ボクと同様な稚拙なアーチだと評価してきました。
とくに表板が顕著で、上の写真で1mm薄くしたいのだが、まだ、内側は削ってはいません。


表板に関しては、とりわけ指版の下あたりが、急にもりあがり、下部も急激に下っているのです。

その辺を、1mmなだらかにするだけで、かなりやわらかな表情になるはずです。
裏板にも、チャンネル彫り(パフリングの出っ張りを削りながら少し溝をつけること)の刃物の切れがよくなくて、 ささくれたところが残っています。

これは、あとからついたものではなく、オリジナルのキズです。

ということは、おでこがでっぱっているようなアーチングを修整しながら、結局、 当初の予定にはなかった表面のニスまで全部剥がし、塗り替えることをMさんにご理解いただいた次第です。

部分レタッチでは、冒頭の、剥がした指版の下のようになり(最初の写真2枚)、それではいけませんからね。

それは、「最上級の部品」を使って欲しいといわれたものを、「上級品」や「普通品」に落とした差額で補えるものだとお考えいだき、 さらに、いくら手をかけても、決して当初の予算を超えることのないよう約束しました。
そのことはメールで丁寧に説明し、セットアップ部品のような「後から、いつでもでもできるもの」と、 今回のような、「この機会でなければできないこと」でもあるからです。
ここで、参考のつもりで使っているアーチング・ゲージは、標準的なストラド型のものです。
今、当てている方が表板(Top)側、上が裏板(Back)側の削り出しに使うものです。

ご覧のように、上下(写真では左右)からゆるやかに盛り上がり、駒のあたりがいちばん高くなるようにつくられのが普通です。

ところが現物は、左右から急に盛り上がり、中間がほぼ水平になっているアーチでした。

その、「おでこ出っ張り」と「垂れた尻」部分を中心にして、できるだけきれいなアーチになるように削りました。

とはいっても、当然、裏側から削る「標準的な表板の板厚」を保持しなければなりませんから、 まず、前述したいちばん薄い3.5mmのところが2.5mmになるまで表側から削り、それから裏側を仕上げていきます。

分厚いところだけは、いちばん小さな豆カンナを使ったけど、ほとんどスクレーパーで削りました。


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