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首が折れたチェロの修復 Part U-1 Sep. 2008 |
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8月も、夏休みが終わりそうになったある日のこと、県外のSYさんから、悲鳴にも似た一通のメール。
お子さんが愛用していた3/4の、チェロのネックがポキンと折れたのだというのだ。
しかも、お子さんを叱って問い詰めても、そんなに乱暴に扱った覚えはないという。
できれば、永らく愛用していた楽器だから、直るものなら直して欲しいという内容でした。
例によって、わたしがプロではなく趣味家であることをお断りした上で、
この楽器が、某・大手メーカーの量産品であることや、到着後、一週間程度の工期をいただくことで修復をお受けした次第。
◇ 現 状 | |
現状を把握するため、写真を何枚かお送りいただきたいと申し出しましたが、このSYさん、ご覧のようにとても写真が上手な方で、ピントもよく、 的確に患部のアップ写真を送ってくれました。その写真がこれ。 |
パート1では、接ぎ合わせてあったネックが剥がれたのが原因でしたが、 これは明らかに木の弱い部分の「割れ」であるということが分かります。 |
金属なら、さしずめ「金属疲労」といったところでしょう。 弦の張力が目一杯、永久加重として引っ張る方向にかかる場所でもあり、 例えば、立てていたものをコトンと横に倒した程度の衝撃で、 パカンと割れたものだろう、とわたしは推測しています。 |
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そこで、写真にご覧のようなマークをつけ、その位置にダボ・ピンを挿して
接合する方法で修理可能であると判断、その旨をメールで連絡し、 早速、お送りいただくことになりました。 |
貼る方、貼られる方、両方の同じ位置に、同じ径の穴を空け、 その穴と同じ直径の丸棒で接着する方法です。 |
このダボというのは、木工専門用語ですが、
多分、カラーボックスを組み立てた方なら、 一度や二度は、かならず目にしたことはあると思います。 でも、普通の方はお分かりにくいでしょうから、ここであえて説明します。 ダボ(太枘、駄枘、ドイツ語:Dübel)は、木材同士をつなぎ合わせる際に使用する木製の棒。 つなぎあわせる木材の大きさにもよるが、直径6mm,8mm,10mm,12mm,長さで2cmから10cmのものが規格としてある。 (引用 : Wiki-Pediaより) このネックの、切断面の面積は(変形ですから大雑把ですが) 約40×35= 1400平方ミリ。 ここに、仮に規格品としてはいちばん細い直径 6mmで、長さ 50mmのダボを入れたとします。 すると、このダボの表面積は 6×3.14× 50 = 950平方ミリ となります。 それを2本使いますから、接着面積の合計では1900平方ミリ 、 その結果として、このようにして接合した場合、元から比べるとの接着面積だけでも2.3倍になります。 ということは、単にニカワで接着し、単純に、上下方向に引っ張る力の抗力としてが2.3倍ですから、 横にずれようとする力に対しては絶大なものになるわけです。 さらに、その直径がわずか6mmだとしても、それを単純に引っ張って引きちぎるには、どれほど膨大な力が必要になるか。 例えば、たった2mm程しかない爪楊枝でさえ、単純張力として引きちぎるに必要な力、ということを考えていただければ理解しやすいでしょう。 以上のことからも、こんなちっぽけな木の棒ですが、「ダボの威力」が十分、お分かりいただけたものと思います。 |
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◇ 前準備 | |
接合する前に、まず、気がついた箇所の処置を済ませます。 割れた際の衝撃からか表板に小さなワレがあったり、ボディ本体とネックとの勘合が悪く、少し、隙間もあいていたので、それから手入れをしました。 割れ目は、ネックの接合後ではクランプできない場所でもあるし、とりわけ、ネックと本体との隙間は、弱そうなところに、いくら丈夫に接合しても事後に変化があっては困るから、そのための処置を前もって済ませておきます。 |
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その隙間にヘラを差し込むと、ご覧のように、 けっこう奥まで空いていて、このように入っていきました。 |
少し固めのニカワを、ヘラで流し込むようにして差し入れます。 |
表板の割れ目にはニカワをしみ込ませ、クランプして圧着。 白いポリ袋は、まず、当て板が直接表板に触れさせないようにしたためと、 にじみ出した余ったニカワがクランプにつき、クランプをはずす際、 既存のニスを剥がしてしまうことのないようにした配慮からです。 この薄っぺらな木片ですが、キズ全体に平均して 圧力がかかるようにするためのものです。 |
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◇ 穴空け | |
ドリルで穴を空けることは簡単な作業ですが、ここでもっとも注意しなければならないのは、上下の穴の位置がぴったりと一致していなければダメです。 そのため、目的の6mmビットでエイッ!とばかり、一気に空けるのは危険。 たとえ、0.1mmずれたとしても、それはもうはっきりズレとして目立ちます。 ですから、ここは、3mmから始め、5mm、6mmと三段階に分け、 穴とダボをそれぞれ合わせながら、徐々に穴を広げていきます。 この写真では、3mmの穴とダボで確かめたあと、 5mmにまで太くして確認しているところ。 当然、ダボもノギスでできるだけ正確に直径を計り、作業を進めます。 指板上に置いたものが、新しく孟宗竹で削って作った竹製、6mmのダボ。 並べてあるのはほぼ同じ太さの、竹製の、絵筆の柄。 |
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最終を6mmの穴にするとしても、5mmから5.5mm、 そして6mmというように、徐々に大きな穴にしていきます。 やはり、少しでもずらさないための配慮だし、もし、その時点で 例えば0.1mmのズレがあっても、修正が楽にできるわけです。 ここで、ようやく6mmにして、手前の穴にはダボを差し込んであります。 蓋の上に置いたのが、3mm、5mm、それにカットした6mmのダボ。 ちなみに、3mmのダボは「生協」の「焼き鳥の串」、5mmのものは 「竹製の割り箸」から削ってつくったものです。 位置を確認するためだけのものですから、太さが重要で、 その用途は何でもいいのです。 さて、なぜ普通の木工のように「木のダボ」ではないのか。 それは、単純張力や剪断力(ズレの力)には、竹の方が圧倒的に 強いからと、この時点では考えていました。 そのため、できるだけ細胞の目が詰んでいる、表皮に近いところから 切り出してつくりました。 |
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三段階に分け、このように上下左右から見て、接合具合をチェック。 | そのため、ほぼ一発でOK! これで本接着ににかかることができます。 |
◇ 接 合 | |
日本古来からのウッド・パテ「コクソ」技法で、キズ穴を埋める。 このコクソについては、最近、解説ページをこちらにアップしましたから、 お暇のある方は、ぜひ、一度、ご参照下さい。 |
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ほどよい濃度にニカワを溶かし、上下左右からクランプして圧着。 |
チェロはヴァイオリンと違い、指板が高い分、脇のキズが目立ちます。 どうせ、ニカワが乾く間の、時間つなぎで、これも埋めて目立たなくします。 |
塗り物の指板の減りも気になるところ。よく使い込まれているせいか、ファーストとセカンド・ポジは凹みができているし、塗装もかなり剥がれている。 | これも、特殊な帯状・サンドペーパーで、それでこすって平らにならし・・・ |
さらに、クランプを外してからは、スクレーパーで全体をならして ほぼ白木状態に調整。 ここでいう調整とは、長目の金属定規で、ナットの付け根と指板先端とをあわせ、中央部をA線側で1mm程度、C線側で2mm程度、凹ませる。 そのギャツプが大きすぎると、とくにハイ・ポジでの音程が不安定になるし、 逆に、ぴったり直線とか、ふくらんでいる状態だと、ロー・ポジで、 かつ、低弦側の音がビリついてしまいます。 この上からボロ布に墨汁をつけ、こすりつけるようにしてすり込んで着色。 なぜ、ペンキのようなもので塗らないの? と思うでしょう。 その辺が大手メーカーと筆者の違い。 現在、塗ってあったのは、皆さんの普通のお宅にある、和室の襖の縁と同じ、カシューという「代用ウルシ」。 この塗料は、塗膜が厚く、丈夫な上に、いい艶はあるのですが問題は、 木の組織の中に「しみ込む」という作用が少ないことです。 だから、塗膜そのものが減ると、ハゲになるのです。 一方、水溶性の墨汁は、樹脂とは違い、木の組織によくしみ込んでいく。 |
奈良や京都の古い遺跡から、よく「木簡」という板でできたメモのようものが出てきますねよ。飛鳥や奈良時代のものだって、書いてある字が残っているのですから、墨にはそれだけの歴史と実績があるわけです。 実際には、木簡は墨汁ではなく本物の墨ですけど、 でも、よくしみ込むことは事実です。 墨汁がよく乾いたら、その上からつや消しの黒ラッカーとシンナーを、同様に布にしみ込ませ、木の細胞を埋めるように、こするようにして塗ります。 刷毛やスプレーを使わず、これも、日本古来からの「塗り」の裏技! 「タンポ・刷り」といいます。 スプレーでは、微細な木の目にはなかなか入っていきません。 刷毛も同様ですが、タンポ・刷りなら、凹みもふくらみも、 ほぼ均一に塗ることができます。 タンポの良さは、出っ張った部分はこすっているので薄く、凹んだところに集中して塗料が乗っていくから、平らになるのです。 保護皮膜として、上から透明のつや消しクリアー・ニスを一回、塗った。 |
◇ 仕上げ | |
ネックの接ぎ目には軽くペーパー掛けし、薄くしたニスを3、4回ぼかして 塗って目立たなくします。 とはいっても、残念ながら、どうしても「線」だけは残ってしまいました。 |
このことは当初から予測していましたから、受ける前に、すでに先方には 説明してありました。 このメーカーでは、合成樹脂系統のニスを吹き付けてあるので、 そのニスの相性とか、小面積の手直しの限界といえるでしょうか。 |
コクソで埋めたところにも、竹串の先でニスをレタッチして 目立たないように色づけします。 こうしたレタッチには、爪楊枝や、竹串が使いやすく、 正確に目的の箇所にニスを入れることができます。 |
これくらいの小さなキズには、爪楊枝もそのままでニスをつけます。 もうちょっと大きなキズには、その爪楊枝の先を、歯で噛んだり、 カナヅチで軽くたたいて繊維をほぐし、ごく微細な筆として使います。 ボディ全体にあったすり傷にもレタッチし、これでほぼ完成です。 |
あと、気がついたこととして、駒の肉削ぎがあまりされてなく、 手前の4/4から比べても、若干、脚も太めだったり・・・。 それは、太い = 重い = 反応が悪い楽器、 ということにつながりますから それをもうちょっとスマートに削って整形。 (そのことは、駒に洗濯バサミをつけて弾いてみると、 明らかにミュートすることが分かりますよ。) また、魂柱も駒ギリギリの位置にあって 高音部がやや固い、張りのない音でしたから、 3mmほど後ろにずらして調整しました。 その後、全体をクリーニングして完了! |
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ということで、しっかりと梱包して発送しましたが、ところが・・・・⇒Next |
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