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文字通り「総身創痍」の チェロの修復 I Mar. 2012 HOME
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 久々に、チェロの修理依頼がメールで飛び込んできました。しかも、ほぼ同時に二台。いずれも県外の方。
一台は、ずっと遠い、寒い国のSさん。もう一台はお隣の県からで、Yさんご自身による持ち込みでした。そのページはこちら

まず最初に、Sさんの方からレポート致します。以下の左側は、そのときの修理・依頼メール、右側は私の返信です。
 
 こちらのHP、たいへん勉強になりました。
 実は、あちらのオークションで古いチェロ(19Cジャーマン?)を落札したのですが・・・。
 状態が悪く、横板の割れ、ペグ穴のブッシングなど、県内の弦楽器店にお願いしたところ、一度素人が修理?をしているもので、修理をしても本来の性能は出ませんと一蹴されてしまいました。
 かくなる上は、自分でリペアを試みようと思い、参考になるHPを探していてこちらのHPにたどりついた次第です。

 修理例など拝見させていただきましたが、表板を開けると大事となりそうで、ちょとためらっております。(まあ、ダメ元なのですが・・)

 そこで、もし修理をお願いできれば、あるいは、アドバイスなどいただければと思い、ご連絡した次第です。 
 よろしくお願いいたします。   
・・・という内容のメールでした。
 以下は、私からの返信メールの概要。

 楽器店から断られたそうですが、逆の見方をすれば、このチェロの、歴代のユーザーたちは繰り返し、繰り返し修理をするほど、ずいぶん気に入っていて、大事にしていた楽器・・・ということが伺えます。
 それは、チェロを使っていて、「ペグ穴を埋め戻す・・」ほど使い込むには、何年かかるのか?・・・と、考えただけでも、『このチェロは、何度も、何度も手を入れて、大変な年数を誰かに愛用された楽器』、ということになるわけです。
 それが、たまたま最後の持ち主が、「使える範囲でいいから」とか、「できるだけ安く」という修理依頼をしたのかも知れないし、あるいは、戦中戦後の混乱期で、落ち着いて修復ができなかったとか、はたまた、近くにいい工房がないほどの、ヨーロッパのど田舎だったのかも知れません。
 
 それで、できればデジカメで気になるところの写真を写してお送りいただけますか?
また、今までの私の経験から「一度、素人が修理をしているものを再修理をしても、
本来の性能は出せない」ということは、まず、ありえないと思っています。
ヴァイオリン族の弦楽器においては、メーカーが一流だとか、素材が厳選された高いものとか、
あるいは製品価格が高いからいい音だ、・・・というようなことも、
決して比例するものではないし、イコールではないと確信しています。
そして、壊れたものは、どんな壊れ方でも、一定の修復がなされれば、かならず、元の音や、それ以上になるはず。
そうでなければ、戦禍の多かったヨーロッパで、古楽器がこれほどもてはやされ、多用されることはまずないでしょう。

そのことは、永い歴史が証明しています。 そして、その楽器の様子を、ぜひ一度、写真で見せて下さい。

そして、Sさんから送られてきた写真から ・・・ まずは現状把握
側板の割れ具合 側板のアップ
いただいた写真が4MPixの原画でしたから、
部分を切ってズームアップしてみました。
側板の割れ具合・アップ
よく見ないと分からないような、ひび割れだらけ・・・でした。
側板の割れ具合・アップ
前の修復後、表板を貼ったあとの、あまって吹き出したニカワ屑が、あちこちにカサブタ状態で残っていました。
側板の割れ具合・アップ  表板の割れ痕 
表板の段差・アップ 
いちばん汚い接ぎ痕では、はっきりした段差さえあり、
また、エッジの欠けもあちこちに・・・ありました。
また、表板の周辺全体に割れの修理痕もあちこちに・・・。
ニスの垂れ 
表板だけではなく、裏板にもこのような
ニス垂れも、あちこちにありました。
裏板は、比較的きれい  裏板側は、ニスのムラはあるものの割れの痕は少なかった。

当初、表側の、黒っぽい濃い色のニスに比べて、裏は色がずいぶん薄いのと、塗りむらがあちこちに見られることから、きっと、一度、
全部のニスを剥がし、素人が塗りたくったものか、と思いました。

でも、そうではなく、この裏のニスが、
いちばんオリジナル・ニスに近いものでした。
ペグ穴の空け方がおかしく、先の方の先端部が
ずいぶんと太くなっていました。
写真に書かれた、その表示は送られてきたSさんが描いたものです。
 
ペグ穴が大きい 
宅配便・到着 ・・・ 早速、我が工房で、チェック ・・・ 目の前で現状把握 
 裏板よりリブの先端が出っ張っている この写真でお分かりのように、冒頭で、Sさんが「開いている」と書きましたが、リブの修復痕も、ひどい状態に見えるものでした。

また、矢印のようにコーナーのリブ・先端が、
裏板よりも飛び出している始末。

これは修復後の、組み込みの仕方が悪かったためでしょう。

また、このようにして、作業テーブルの上に横に置いた場合、本来なら、裏板と表板、そして、アッパー・バウツとローア・バウツの4点で、
しっかり立っていなければなりません。

転ぶことはありませんが、それがガタガタと4点ではなく、
3点で立っている状態。
これも組込の際、リブ・アッセンブリーの水平度が悪かったりしたため、
ゆがみがでたのでしょう。
表側のコーナー先端部に「欠け」たところもありました。  コーナー先端部に「欠け」 
ペグボックスの汚い壁面 
ペグ・ボックス側面の、ペグ穴の周囲はなぜかキズだらけ・・・。
 ペグボックスの汚い壁面
それは、反対側も一緒、凹んだキズがいっぱいでした。
 ジョイント痕の段差
これは、割れを直した際のズレによる段差でしょう。
 割れ、欠け、垂れ
割れの修復後の痕、エッジの細かな欠け、そして、ニスり「垂れ」。
 ジョイントの段差  裏板の唯一の割れの修復痕。
ご覧のように、ほんの少しですが、やはり段差がついています。
賢明なる読者諸兄は、『なぜ、修復でそんな修理キズができてしまうのか』、多分、不思議に思われるでしょうね。
いったんできた完成品がこのように割れたりした場合、
石膏のようなもので、しっかりしたギブスでもつくらない限り、
まったく段差がなく修理することが難しいのです。

製作時の白木の場合なら、スクレーパーでひと削りすれば
0.1mmほどの段差なら埋まってしまいます。

ところが、できているものだとその0.1mmほどでも、よく目立つのです。
そして、エンドピンを抜いてソケット穴から中を見ると、
あちこちにパッチの跡が見えています。

しかも、パッチというよりは、むしろ当て木といった方がいいほどの大きさ。

どこの国の、どんなリペアー師がやったのでしょう?

ともかく、こんな大きさの当て物を見るのは、初めてのことでした。

ネック・ブロックには木ビスでネックが固定されていましたから、Sさん「まさか、このビスでネックを止めてあるの?」という驚きの質問。

そうなです、この手法は大昔から使われてきている手法ですが、但し、ストラドやグァルネリの時代には「クギ」でした。
 
 エンドピン・ホールからの写真
 裏板の剥がし  リブの接ぎ合わせの悪い部分もやり直したいので、思い切って、裏板を全部、剥がすことにしました。

当初は、ご覧のように手や特殊な治具が入る程度の、1/4だけに
しようと考えてのことでしたが、結局、裏板は全部剥がしました。
ボタン部分だけを残して、中の様子を見たところ。

ボタン部分には直径4〜5mmの木ピンが打ち込まれていたので、
当初、無理してボタン部分の「割れ」を起こさせないため、残しました。
 よく見えます
 ずっと中までも見えています。  でもまぁ、側板には周囲のあちこち、ひどい当て木が貼ってありました。
しかも、そのすべてが垂直線に平行ではなく、みんな斜めなのです。

考えられることは、リブ材がよほど根に近い、髄線がのたっている部材だったのではないでしょうか。
だから、割れも素直にまっすぐというわけではなく、斜めなのです。
古いことと、だらしがないリペアー師の仕事からか、中はかなり汚い!

裏板に積もったホコリ(写真では上)も、外国産?でしょうか・・・ネ、多分! 
 裏板に積もったホコリも歴史?
 バスバーが太く感じます。  表板の周囲には、薄くしたスプルースがぐるりと回してありました。
(左の写真、黄色い↓の先)

これもはじめて見るものですが、多分、これは以前の修復師が表板を剥がす際、濡らしたり、暖めたりせず、強引に、力任せに剥がしたため、表板を何カ所も割ってしまったのではないかと、推測しています。

その補修、補強のためライニングのように、
周囲全体に、ぐるりと貼り付けたものだと思うのです。

そうしたこともあり、今回は裏板を剥がしました。
ご覧のように、パッチ代わりの当て木の面積が大きい分、貼る際に、均等な圧力がかけにくく、そのためか、よくよく見ると、あちこちに剥がれ(なのか?接着不良なのか?)、があり、そんな場所も、白い紙を挟んでマークしました。

これらは、いずれも不都合なもの、パッチとしての補強の役割も少なく、場合によっては、ビリつきの原因にもなるから、きれいに剥がし 貼り直さなくてはなりません。
 浮いているパッチ

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