人類史に疑惑?(20)
「人類史に疑惑?」の連載は、当初は第74回でまとめた人類史についての噂を検証するものだったのだが、新規の面白い情報はなく、どうもガセネタか他の研究が間違って伝えられたようなので、途中からは人類史に関係する新規の情報を紹介したり私見を述べたりするようになった。
途中間隔のあいたこともあったが、連載開始から4ヶ月以上連載を続けてきて、これ以上続けると、重複する記述も多々出てきそうなので、20回目の今回で一応の区切りとし、今後人類史についての興味深い発見があれば、その都度雑文で取り上げることにする。今回は、これまでのまとめということで、人類史についての簡潔な私見を述べていくことにする。
何度か述べてきたことだが、私は人類という単語をヒト科という意味合いで用いている。その人類がチンパンジーとの共通の祖先から分岐した年代については定説はなく、600〜400万年前のこととされているが、チンパンジーとの共通の祖先から分岐した、つまり人類が誕生した場所がアフリカであることは確実である。それは、
(1)恐らくはその一部が現生人類の祖先であり、尚且つ初期の人類と推測される、いわゆる猿人が発見されているのはアフリカのみであること。
(2)現生人類に解剖学的にはかなり近付いていて、少なくともその一部は現生人類の祖先だろうと推測される、いわゆる原人が最初に出現したのがアフリカであること。
という化石証拠だけではなく、
(3)現代の人類の遺伝子はかなり均質であるが、その中で最も多様性があるのはアフリカ地域集団で、他地域の集団と比較して非常に多様性があること。
(4)他の地域集団には、アフリカ地域集団にない古い時期に分岐した遺伝子が発見されていないこと。
という遺伝的証拠もあるからで、現生人類の誕生過程についてはさまざまな議論があるが、人類の究極的な起源がアフリカにあるという点については、学界ではほとんど異論はないという状況である。ただ、最近の動向にあまり詳しくないので断言はできないが、中国だけは今も例外かもしれず、人類アジア起源説を今も主張する研究者が少なからずいるかもしれない。
初期人類は、気候が乾燥化しサバンナが広大に出現したことにより、樹上での生活から直立二足歩行を余儀なくされた、との理解には根強いものがあるが、おそらくこれは違うであろう。初期人類は多分に樹上生活に適応した形態をしており、チンパンジーやゴリラなどと同様に、ナックル歩行をしていた形跡もある。おそらくは、このナックル歩行をしていた初期人類の中から、ほぼ完全な直立二足歩行をする集団が偶然に誕生し、その結果として、初期人類はサバンナに進出できたのだろう。
サバンナに進出した人類の中には、石器使用と肉食とを始めて、巨大化する集団も出現した。人類の石器使用・肉食・巨大化の関係については、どれが最初に始まったのか、断言しがたいところがあるが、ともかくこの三つは相互に大いに関連する事象だったに違いない。
効率的に高カロリーの摂取できる肉食は、穀物栽培などのない時代、脳も含めて人類の大型化には必要不可欠であった。肉食とはいっても、当時の人類は死肉漁りをしていたのであり、中でもカロリーのとりわけ高い骨髄がもっとも多く食されたと思われる。骨髄を食すには骨を叩き割らねばならず、そのためには石器が必要であったが、その際にはかなりの体力が必要なのであり、当然のことながら、体格が大きいほうが有利なわけである。また、石器の使用と体格の巨大化は、脳の巨大化と高機能化をもたらし、そうすると、いっそう高カロリーの摂取が必要となり、ますます肉食は盛んになる。
このようにして、石器使用・肉食・巨大化の循環作用により、解剖学的にはかなり現生人類に近付いた集団(ホモ=エルガステル)が登場することとなった。その時期は、200万年前近くにさかのぼるだろうが、あるいはもっと前のことだったかもしれない。しかし、ここで注意しなければならないのは、すべての人類が同様の道を歩んだわけではない、ということである。人類の中には、小柄ながらも頑丈な骨格と歯を持ち、硬い木の根などを食していたと推測される頑丈型猿人と言われている集団もいて、約100万年前までホモ=エルガステルと共存していた。現代でこそ人類は単一種だが、長い人類史において人類が単一種で構成されるようになったのはわりと近年のことなのである。
何度か述べてきたことだが、人類の進化には特定の方向も目的もない。無数の可能性の中から、偶然に誕生した集団が自然淘汰により生き延びたり絶滅したりしたのである。これは生物進化の大原則で、人類も例外ではないのだが、どうしても人類だけは特別との観念は根強いようで、今でも、猿人→原人→旧人→新人などといった人類の進化図が一般には浸透している。しかし、定向進化説も人類単一種説もとっくに破綻を宣告されている現在、このような定向進化説的な進化図はもはや破棄されるべきであろう。人類には多様な進化がありえたわけで、決して単一の進化方向があったわけではない。
人類で初めてアフリカの外に出た種は、エルガステルだったと思われる。エルガステルは完全な直立二足歩行をして樹上生活から脱却しており、長距離歩行にも適していたであろうから、出アフリカが可能だったのだろう。ただ、第83回で紹介したように、アフリカ原人とアジア原人の双方の特徴を併せ持つ頭骨化石が発見されたことを考えると、エルガステルはかなり変異幅の大きい種だった可能性が高いのではなかろうか。
第83回で紹介した人骨は、両集団の通婚の結果と解釈されているようだが、私は、200万年前近くにアフリカにいた両集団の共通の祖先から受け継いだ特徴である可能性が高いと思う。なぜかというと、人類史において、常に形態的に(そしておそらくは遺伝的にも)もっとも多様性を保持してきた地域はアフリカだからである。人類の起源がアフリカにあることを考えると、それは当然のことといえる。
ただ、このサイト(以下の黄緑色の箇所が意訳)よると、エルガステルという種区分は破棄され、以前のように、エレクトスという種区分に包括される可能性が高くなってきているのかもしれない。
100万年前の頭蓋骨を復元した専門家によると、初期人類が成功を収めた偉大な種の一部に起源があることを、その頭蓋骨は証明している。エチオピアで発見された頭蓋骨は、欧州やアジアのそれとは異なっていて、エチオピアには異なる人類種がいたとする科学者もいる。だが今では、その頭蓋骨は同じ人類種だと復元した研究団は確信している。その標本は1997年に発見され、カリフォルニア大学の古生物学者は、繋ぎ合わせるのに時間を要した。
「このアフリカの化石は同時代のアジアの人類と大変よく似ていて、ホモ=エレクトスは旧世界から脱した真に成功し拡大した種であったことが確実である」と研究団の一員のティム=ホワイト氏は述べている。95万年前の氷河時代が、現生人類とネアンデルタール人とを生じさせる人口分割をもたらした、と科学者とそのアフリカの同僚は現在では確信している。論文は『ネイチャー』誌に掲載される。
200万年前近くにユーラシア各地に進出した人類は、各地で繁栄したのだが、これ以降の人類史のシナリオについては、相反する二つの見解が提示され、激論がかわされてきた。この連載で何度も述べてきたように、現生人類の多地域並行進化説とアフリカ単一起源説である。
近年は、分子生物学の成果からも、単一起源説が圧倒的に優勢だったが、第83回で紹介したように、このところ単一起源説を否定するような論文が相次いで発表されている。しかし私は、前回で述べたように、単一起源説は依然としてもっとも有力な仮説であると考えている。
現生人類の遺伝的・形態的均質性と、解剖学的現代人が最初に出現したのも、現生人類的行動が最初に認められるのもアフリカであることとを考えると、アフリカに20〜10万年前に存在した小集団がユーラシア各地に進出して先住人類との間に全面的な置換が起き、ついにはアメリカ大陸にも進出した、とする単一起源説のシナリオが、私にはもっとも説得力があるように思われるのである。