JH2CLV's Topics & Memorandam
April 2009

Apr 29. 2009  Wind Ensemble Soleil the 10th Anniversary・・・Google Analyticsと戯れる
友人のexJA2IYJ山田氏の案内でGoogleAnalyticsを導入したのが23日。実は以前から挑戦していたのだが片手間だったため設定完了がこの日に及んだ。面白い!。Webサイトを開設すると、当初はプロバイダ提供のカウンタを眺めて満足している。しかし時が経つと、アクセス場所や接続元を見たり、滞在時間や直帰率などを知りたくなる。GoogleAnalyticsではそうした機能が無料で提供されアクセス状況が克明に把握出来る。それでページ別の詳細を知りたいと山田氏へ打診すると、全てのHTMLファイルへコードをコピーペーストする必要がある旨の返事。数えたら400超のHTMLファイル。必死に作業して350ファイルにコードを追記。次のアップデートが楽しみだ。その合間をぬってハーモニーホールふくいで行われたアマチュア吹奏楽団Wind Ensemble Soleilの創団10周年記念コンサートを覗く。職場の後輩から「ドラムを叩くので・・・」と声を掛けられていた。中々の演奏で福井にもこんなバンドが有ったんだと認識を新たに。女性ソロがバックに食われる部分を全体でカバーすれば更に良くなるのにと独り言。ゲストの織田浩司氏と監督の奥山泰三氏の名調子がアンコールまで続いた。写真はそのパンフレット。オンマウスは日の出前の白山。

Apr 25-26. 2009  帰省・・・「木の花ファミリー」見学・水道屋と野良仕事
昨夜は20時頃福井ICに入り、24時(日替り)を確認して清水ICを出た。ETC\1000で帰宅するが、この仕掛はどう見ても人の心を奪う。未だにETCゲートを通らない車を多く目にする。公平負担の精神は何処へ行ったのか。こうした向きに世の中の感度が低くなるのが怖いが考え過ぎだろうか。25日は雨の中、親父とカミサンに友人O氏ご夫妻と一緒に富士宮の木の花ファミリーを訪ねる。農園の皆さんや他の見学者共々同じ昼食をとり、養蜂場と鶏舎や山羊舎などを案内して頂く。親父は何か感じただろうか・・・。往路は興津からR52を上り芝川を抜け白糸の滝方面を目指し途中を東へ。芝川から富士宮にかけて続く田園地帯は、富士山からの緩い傾斜が続き独特の風景が展開する。この季節は新緑と田んぼの水が主役だ。時折見える藤の紫が加わり、田舎者の我々でも「えぇところだ!」と呟きたくなる眺めが続く。目的地は大石寺の近くの筈だが、寺の余りの大きさに圧倒されて尺度喪失、あちこちを走り回る羽目に。冷静になって目印を辿り何とか到着。帰路はR139を富士まで下りR1を戻る。こちらは市街化され往路との違に驚嘆。写真は養蜂場見学の様子…巣箱の上蓋が三角で面白い。オンマウスは、実家裏山に生息する翌26日の藤。
実家の池に引いている水が滞り勝ちになるのを気にしていた親父が、新しい水源から水を引くと言い出したのは今月中旬。自分では昔の様に体が動かないため、カミサンと訪ねてくる叔父達を指揮して約100mのルート変更。50mmΦ塩ビパイプが河川補修で入れたコンクリート・トレンチへ綺麗に吊られ見事(拍手)。26日午前中、取水用に角材(14cmx14cm)を加工してトレンチ底に叩き込みダムを作る。これで初期の目標は果たされ池に大量の水が導かれた。角材加工用に採寸してきた笹竹が2本あったが、どう見ても1本はサイズが違う。現場で採寸し直すと何と5cmも長い…頼むぜ親父。水が届いたのを見たカミサンが「最後にやってきて良いとこ盗りだね!」。まぁそうかも知れないが山の恵みによりワサビが育ち、コイや金魚をはじめ、イモリやホタルがいる環境が維持されるだけでも嬉しいじゃないか。などと考えていたら取水口に落葉が吸い付き夕方には水量激減。やっぱり網を張らなきゃダメか…田舎は休ませてくれない。午後はカミサンと叔父管理の山畑で甘夏収穫と発送作業。17時帰路に就くが岡崎で大渋滞。福井へは22時過ぎに辿り着く。写真は稼働を始めた取水口。オンマウスは収穫した甘夏(駿河甘夏/スルガエレガント)。

Apr 18-19. 2009  蛭ヶ野高原でラウンドテーブル・・・福井で1stアイボール
JA2BNV山形氏から蛭ヶ野行きの誘いがあり「日没迄に着きます」と返事をしたのは昨日。久し振りの好天の休日で朝から多量の洗濯に励む。そしてやり掛けのSSPAとの闘い。2時間もあれば間に合うだろうと15時頃まで突く。15時、意を決し蛭ヶ野へ出発。雲一つない快晴。大野から残雪の荒島岳を見上げる。九頭竜湖辺りは桜満開でその状況は白鳥へ下っても同じだ。近傍から桜が去ると何も語らなくなる世間の不思議さが頭を過ぎる。蛭ヶ野に辿り着いたのは17時過ぎ。やっぱり2時間かかった。山形氏と守山氏(JG2CMJ)がジャンク品を並べて待ち構えていた。怪しいサーボ式バリLとMRF-150x2のPA、VictorのベロMic、dbxコントローラに赤外線温度計…。荘川温泉を往復して風呂に浸かった後、鍋を囲んで無線談議に突入。今回はそればかりか音楽収録の話にも発展。拙作CDを御自慢のセレッションSPで鑑賞。自宅SPでは聞こえない音の発見があり話題は予期せぬ方向へと展開。アルコール変調も手伝い、床に就いたのは26時半頃らしいが良く覚えていない。翌朝は7時起床。朝食を頂き、守山氏提供の品々を土産に8時頃帰路に就く。福井へは10時過ぎに帰還。写真はラウンドテーブルの3人と九頭竜湖の満開の桜と愛車。
帰宅後、気になっていたJA9JFO奥田氏からのメールをチェック。前日、14時ならOKのメールを頂くが、こちらの都合で11時か16時ならと返信していた。メールを開くと何と「11時にお待ちしております!」とあった。時間を見ると既に10時半を回っている。慌ててQSLカードを印刷するためにプリンタを起動。しかし中々印刷が始らずヤキモキ。やっと始まったと思ったら途中からインクが薄くなり色シェーディング。申し訳ないと思いつつも時間が気になりそのまま出ようとしたら住所が曖昧。それでQRZサイトのコールブックで住所をゲットしGoogle地図に表示。これでようやく出発・・・。ところが足羽川決壊後に行われた工事で道路が変わり地図と違う。最後はカーナビの力を借り何とか辿り着く。1stアイボールは期待と不安で一杯になる。奥田氏は想像していた通りの紳士で几帳面な方だった。そして「実は22年前の今日、10MHzで交信していたよ!」と告げられビックリ。何か運命めいたモノを感じた。足羽山のTV塔が目の前に見える3Fシャックに案内され、凡そ1時間、楽しいDXや無線談議に華が咲いた。写真は奥田氏とシャック。オンマウスにはIC-780・FT-767・TS-930・FL-2100Z・50MHzPA(6JS6x2/JA9MJR小形氏作)が整然と並ぶ。

Apr 12. 2009  念願のQSO(交信)・・・敦賀市の金ア宮を訪ねる
福井に来てから是非お会いしたいと思っているアマチュア無線家にJA9JFO奥田氏がいる。今朝、解放になった7.1MHz帯をワッチしていると7.102MHzにひときわ強い信号。誰かと思ったら何と奥田氏だった。呼ぶと自分の周波数ではないので空き周波数を探して来る旨を告げられた。そこでスタンバイするが、既に次の交信が始まり心配していると、バンドスコープの7.108MHz付近にまたひときわ強い信号。奥田氏だ!。周波数を合わせ何とか交信に漕ぎつける。実は1986年頃、始めて間もない10MHzバンドでのアクティブな活躍や、同僚のJA9LSZが「月刊59誌」へ寄稿した「お邪魔します」を拝見し以前から興味を抱いていた。CWでの交信はあるもののSSB(電話)は初めてだった。突然の出会いに動揺した口調になっていたかも知れないと後になって振り返る。交信は当時の10MHzバンドのDX状況等を懐かしみ45分にも及んだ。早速オリジナルカードをPDFでメールしたが、次は1stアイボールを果たさなければと気が急いでいる。閑話休題…写真は午後、所用で訪ねた桜満開の敦賀の金ア宮。恒例の花換まつりの最中で、好天に恵まれ多くの参拝客で賑っていた。往路も復路もR8だが、復路は一度走ってみたかったしおかぜラインを経由した。

Apr 11. 2009  タイヤ交換・・・KWM-2がやってきた
快晴の一日だった。これ幸いと昨年12月上旬より使っていたスタッドレスタイヤをノーマルタイヤに交換した。タイヤはアパート4F自室前の通路で保管している。1個ずつ降ろして交換し4Fへ持ち帰るやり方で作業が進む。休み無く続け凡そ40分。天気が良いことも手伝い朝から程良い汗をかいた。4Fまでは階段しかないので相当な運動量になる。エレベータが有ればと何時も思うが、考えてみると毎日の階段の昇り降りは体力維持につながっている!・・・と自負と言うよりやせ我慢。写真は愛車の左後ろのタイヤを交換中。前輪タイヤに磨耗があるため後輪側にもって行った。オンマウスは昨日友人のM氏からQSYしてきたCOLLINSのSSB/CWトランシーバーKWM-2(上)と2年前に購入したKWM-2A(下)。電源が無いため一度も動作確認をしていなかったらしい。早速電源516F2(右)をつないで動作確認・・・。28MHz帯のバンド水晶が発振しない。Sメーターのゼロ点が安定しない。ダイアルがやや重い。しかしPTO(VFO)はKWM-2Aのより安定でビックリ。送信についてはまだ未確認。オール真空管式だが、国内ではSSBの運用など殆ど無かった1960年頃の設計なのに、現在でも当時の性能を再現出来るCOLLINSの凄さを感じる。我々の世代には憧れの的だ。

Apr 4-6. 2009  ETC\1000の帰省・・・蒲原御殿山の花見と豊田・名古屋etc
4月4日、6時起床。昨夜のアルコールは心地良かったと振り返る。食事もろくにとらず6時25分帰路に就く。ETC\1000の初使用だ。北陸道は既に県外ナンバーが目立った。そうは言っても東名名神高速に比べたら雲麗の差だが…。のんびり朝のドライブを楽しみ南下。名神へ乗換えても特に混んだ印象はない。ところが愛知県に入って様子が変わる。豊田JC-岡崎渋滞の表示。伊勢湾岸や東濃方面からの合流で、道路は早くもノロノロ。何とか通過したが次々と渋滞に遭遇。交通量の他に運転マナーにも閉口する。一般国道と同じ感覚の車線変更とブレーキング。追い越し車線独占とジグザグ追い越し。挙句は路肩の高速走行。バイクもそれに拍車を掛けるサーカス運転。こんな日に走るもんじゃないと思いつつも何処まで行っても\1000には誰も勝てない。ノーETCの皆さんの気持ちはいかばかりかと気になってくる。差別化とする言葉を近頃良く耳にするが、互助の精神に溢れた日本文化は一体何処へ行ってしまったのか。\1000が本当の価値を見誤らせる口火になっているように見える。事故現場を通過するとき、車を見つめ途方に暮れる老人夫婦の姿にそれを感じた。11時帰宅、午後は農夫に化ける。写真は3時間釜茹でする朝掘りタケノコ。
先日、名古屋のJA2BNV山形氏から週末の予定を訪ねる電話があった。名古屋に単身赴任中のJA9LSZ八原氏からも同様の電話。どうやら週末はつるんで山形氏の蛭ヶ野シャックへ向かう模様。帰省のため誘いには応えられなかいが、深夜3.571MHzにオンエアする旨を伝え電話を切った。4日22時頃、実家で3.571MHzをワッチ。知人のJN4UCA大野氏が出ている。彼は大垣出身でJA2C**コールを持ち古くから山形氏と交友がある。呼ぶと一発で応答。福井より大分強いらしい。事情を伝え何度も周波数を開けるが誰も応答しない。業を煮やし23時頃携帯電話で一報すると、蛭ヶ野シャックは酒盛の真只中で無線の事は全く忘れている。オンエアを促したが、後からほかっておけば良かったと密かに思った。電話で想像は出来たが、オンエアで聴く声は相当なアルコール変調。これには大野氏も私もやや閉口気味。背後には大笑いする八原氏とJA2AAU菅野氏の声。しかし歳に関係なく共通の趣味「無線」を通して集えるのは本当に素晴らしい。単純な酔っ払いの様に見えるかも知れないが、実はそれぞれに敬意を表したくなる社会人で無線の専門家だ。写真は実家1KW固定局、オンマウスは昨年10月訪れた山形氏の蛭ヶ野高原2ndハウス。
4月5日、昨晩の夕食時「明日は花見に行こう」と親父と約束。晴れるかと思った天気は曇り。まぁ雨が降るよりはマシかと思ったりするが、気温も上がらずやや寒い。8時半出発と決めたが、8時を回ると準備を完了してそわそわする親父の様子がちらほら。結局8時25分には出発する。目的地は「さくら祭り」が行われている、清水区に編入間もない蒲原町御殿山(八坂神社)。R1バイパスを東走し蒲原で旧R1へ降りて進み山側へ入ると20分程で着いてしまう。この地区は桜の名所として有名だ。時間があるので東名高架橋を抜けて山の林道方面を回る。さらに山奥へ車を進めると自生している桜が山を覆う光景が幾つも目に飛び込んで来る。また道路が良く整備されていると親父と感心する。災害で海岸沿いの道路がやられても大丈夫なように山側ルートが整備されたのだろうかと想像する。写真は林道から見た山を覆う色とりどりの桜とオンマウスは八坂神社境内の花見会場。境内では満開の桜を満喫しながら、おでんをツマミに親父はワンカップを飲み干した。昼食は由比漁港のサクラエビ天ソバを期待して立ち寄るが、1時間待ちの長蛇の列。早々に諦めて引き返し「ソバ処善福寺」で天もりソバを食べ帰路に就く。親孝行の半日だった。
5日の午後は友人から依頼のPA機材のチェック。来週行われる花見にと依頼してきたのだが、四半世紀以上も使っていないので確認して連絡する旨の約束をしていた。車庫の戸棚から取り出したマイクやミキシングアンプ(ELK PA-51)とスピーカーをチェックする。音は出たがマイクコネクタの錆付きによる接触不良。ミキシングアンプ・チャンネルボリュームのノーコンが発覚。マイクコネクタはケーブルを交換すれば良いがミキシングアンプのボリュームはそうは行かない。同型の予備機も全く同じ現象だった。普通はここで諦めるのだろうが、全て同じ現象に興味を覚え分解して様子を見る。共通部分を疑うがボリューム周辺は問題なさそう。それで接点復活材(ポリコールジェット)をボリューム内部に吹き付けて様子を伺うと見事復活。写真は作業中の様子。既に30年近く前の製品・・・マイクはアイワDM-522、スタンドはAKG、奥にPA-51とテスト音源用CDラジカセが見える。スピーカーは画角外。小規模なPAならこれで十分。6日、カミサンと所用で豊田の3男を訪ねた。オンマウスはその帰り道、名古屋市守山区の雨池周辺の桜。この地には18年済み、子供達は故郷の様な場所で懐かしい。長男のアパートにタケノコと餅を届け春日井ICから福井へ・・・。

Apr 1. 2009  4月になりました
今年もとうとう4月になってしまった。年が変わる1月や年度が変わる4月は何かと節目の象徴で、色々な事を振り返ったりしたくなるから面白い。子供達もそれぞれに成長し親の手を離れて行くが、我が家はまだ学生が2人いて、親としての義務を果たさなければいけない。自分の学生時代を思い出し、親父たちはどんな思いで子供たちを見つめていたのだろうかと興味を持ったりする。そんな会話などした事もなかったが、年老いて行く親父を見ていると話を聞きたくなったりする。今では全く不可能に近いが、専業農家でよく3人の子供を卒業させたなぁと思う。親も子も必死で我慢の毎日が思い出される。質素・倹約でお金の掛からない生活が自然と身に付いてしまった感もある。あの頃から比べると随分と世の中が変わり贅沢になったものだとつくづく思う。そんな事を考えながらHandMakingしていると、中学1年の5月親父に買って貰った赤いハンドドリルが目に入ってくる。実はこれ、親に買って貰った最後のプレゼントで、以後40年もHandMakingを支え続けている。写真は3月28日(土)撮影の福井市宝永3丁目さくら通りの桜。オンマウスは徐々に製作が進むSSPA(リニアアンプ)。文豪ミニ7RXで打ち出した粘着シールによるレタリングが眩しい。