+四季+

 

 冬

 

 サンタクロースになりたい。6年3組、日比野一輝。

 ものすごいクセ字で、寄せ書き色紙のど真ん中に一番目立つ色で、書いた。
 本気で、マジで、真っ向から勝負した。

 今、こんな薄っぺらい紙に、あの時の勢いで戦いを挑めるかどうか。
 今、勝てるかどうか。

 一輝は椅子の背にのけぞった。ぐーんと後ろに背伸びする。
 そこから反動をつけて、かなり派手に机に覆い被さった。ら、がたん、と大きくきしんだ。
 ううう、とかすれ声を教室中に響かせる。
 すっかり冬だった。
 空は今にも落ちてきそうな重たい色をしていた。

 誰もいない教室の隅。窓際の一番後ろの席を陣取って、頬を机に押し付けていた。
 しばらくそのままでいた。
 教室のドアが音を立てて、開くまで。

 

「日比野ぁー?書けたか」
 熊のような男が、担任の岡林が、のっそりと現れた。
 さて本気の戦いを挑むかべきか。
 選択が迫られていたが、一輝はまだしばらく無視していることにした。
 窓の向こうへ視線を外さずにいると、岡林のほうから近づいてきて、一輝の目下の敵をひょいと指でつまみ上げ渋い顔を作った。
 一輝は見ないふりを続ける。

 胃の底からの深い溜め息を、上からかぶせられた。昨晩の酒気が髪の毛一本一本に移されそうだった。
 もう一度吐きかけられそうになって、一輝は仕方なく頬を机から引きはがした。
 きちんと背筋を伸ばして椅子に深く腰掛けなおす。気をつけをした。
 岡林は一輝の前の席に腰掛けて、薄っぺらい紙をもう一度きちんと机上に置きなおした。

「……この時期にこれはあかんだろう」
「うーん」
「おいおい、一生のことだぞ。高校も行かんのか?お前は」
「うーん」
 明らかに怒気が一瞬担任の顔に浮かんだが、またまた見ないふりでやり過ごした。
「お前やればできるんだから。そこらへんの高校ならなんとかなるんだし、な?」
 な?って決め付けられてもな。これからや、その先を。
 選択の余地はないみたいに。
 リストから高校の名前を選ぶだけで。

 はあー……と岡林は深い深い溜め息をついた。
 鼻につくような、いつものアルコール臭はしなかった。どうやら昨晩は飲んでいないらしかった。

(すんません、問題児で)
 急に懺悔したくなって、せめて、と心の中で呟く。
 大好きな酒と切り離しているのはオレですか。それとも奥さんですか。その他ですか。
 自意識過剰で決め付けるのはよくないんだけれど、その一因であるのは間違ってないんだろう。
 それくらいは自信持ったっていいんだろう。

 それに、たぶん知っているのだ。
 目の前の人が、おいしく酒を飲むためにはどうすればいいのか。
 問題児から優等生になるためにはどうすればいいのか。

(でも先生、それでもオレはサンタクロースになりたいんです)

 本気の目で言ったらどうなるのか。
 ものすごく後ろ髪をひっぱられる気持ちになった。

 じゃあ、サンタクロースになるためにはどうすればいいのか。
 どうして、サンタクロースになりたいのか。
 そもそも、サンタクロースってなんなのか。

 思考を一人で三段変化させて、それからもう一度、薄っぺらい紙との戦いに挑んだ。
 そこには幾つかの選択肢が用意されていた。
 真っ白で何も書いてない薄っぺらい紙じゃあなかった。
 枠線が引いてあって、次の指示が書いてあって、はみ出したらやり直しがきく紙だった。何枚でも。
 そこには勝ち負けなんかなかった。

(……サンタクロースは、みんなに幸せを届けることが幸せです)

 一輝は少し笑った。
 クセのある字で、殴り書きみたいにして、結構前に岡林に薦められた高校の名前を書いた。プレゼントー、と笑顔で手渡した。
 それを見て、岡林が満足そうに笑った。今夜はおいしく好きな酒が飲める、みたいな笑い方。

 教室のドアが音を立てて閉められた。
 もう帰ってもよし、と言う合図だったが、一輝はしばらくそのままでいた。
 空はついにその重みに耐え切れなくなったのか、はらはらとかけらを振り落とし始めた。

 真っ白な空から雪が、降り始めた。

 

 

 

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