+四季+

 

 夏

 

 カラン、と音を立てて、氷の城が崩れた。
 水気をたっぷり含んだオレンジジュースはもはやオレンジジュースを名乗れない。
 とどめ、という具合にストローでぐるぐるかき混ぜてやった。
 柔らかな円が現れて、すぐ消えた。

 働き者の冷房君がウィーンと鳴いた。
 剥き出しの足にはもろに響く音だった。
 思わずルーズソックスを膝まで伸ばした。こうなるとルーズソックスももはや単なるソックスだった。
 視線が言う。カッコわりいな。
 でもこちらとしては手提げ袋からカエル色ジャージを引き出して履き直したいぐらいだ。
 太ももに触ってみたら、恐ろしく冷たくて血が通ってる感じがしなかった。

「悪い、遅れた」

 かつてオレンジジュースと呼ばれたものと、にらめっこすること一時間弱。
 裸はまずいからしょうがなく制服を着ているだけ、という風体で現れた。
 彼は、向かい側の席に滑り込み、机にでっかい図体を投げ出して、片頬を押し付けて気持ちぃ涼しぃと歓声を上げた。 
 無機質な空気がいっぱいの店内に、彼は少し浮いててなじまなかった。
 全体的に汗臭くて、ほこりっぽい。
 可愛いフリルエプロンを着けたウェイトレスさんが「ご注文は?」と可愛い声で聞いてきた。

「いや、すぐ出ますんで」

 あ、そうなの? という私の冷めた目線に気付いたんだか気付いていないんだか、彼はほとんど飲まれていない私のオレンジジュースに手を伸ばした。
「もらっていい?」
 どうぞと言う代わりに、頷く。

(もはやオレンジジュースじゃないよ)
 と、私は忠告しなかった。何も言わなかった。

 彼はストローを放り出して、グラスに直接口をつけた。
 薄オレンジ色の液体が体の中にどんどん消えていく。
 奇妙に動く喉ボトケを私はじっと観察してみた。

「うめえ」
 と、また彼が歓声を上げた。
 そんな馬鹿なと思って、彼の手からグラスを奪い返して、一口飲んでみた。
 やっぱりオレンジジュースじゃなかった。
 正直に、マズイと口にしたら、彼は笑って。

「グラウンド3周してここまで全力疾走してきたら、上手くなるよ」

 なんて言った。
 無機質な店内の中で、急に、彼だけが生ものな気がした。血がちゃんと通ってる感じがした。
 少し、腹が立った。

 残り少なくなった薄オレンジ色のジュース、無理やり飲み干して、ソックスをルーズソックスに戻して、レシートをわし掴んで、出よう。と私が言った。
 ええっもう?と言って、彼が泣いた。

 そこを一歩出たら、死にそうな暑さだった。

 夏だった。

 

 

 

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