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 ぴこん!ぴこん!

 けたたましい音が教室中をとびはねた。
 びくっと心臓が反応したけど、他に気付いた人はいないみたい。
 あたりまえ、だった。
 耳をふさいでも聞こえてくる、発信源は、頭の中。
 ナオはふう、とため息をついた。
 答案の上に乗っかってた消しゴムのかすが飛んでいった。

 自意識過剰、と、試しに解答欄に書き入れてみる。
 ぶー。明らかに不正解です。って直感がわざわざ教えてくれた。
 そんなの知ってる、とっくの昔だよ。って、余裕ぶって答えた。

 ずっと知っていて、ずっと知らないフリをしていただけ。

 しばらく考えてみた。
 いいのかな、本当にいいのかな。でも正解は一つっきゃない、一つだけだった。
 ナオはぽーんと、宙に視線を放り投げてみた。
 今はテストの真っ最中。
 どの頭も必死に机にかじりついていて、だから誰も受け止めることのできないはずの視線。それが正解。
 でも、ばっちり受け止めた人がいた。
 ええっ。とお互いでびっくりしたのが空気を伝染した。
 ナオの動揺はそのまま机にまで伝染して、がたっと揺れた拍子に、消しゴムが転がり出した。

 ころん、

 机から冷たい床へと。
 そして、コロコロと一直線。迷いのない転がり方。
 教室をほぼ、縦断しようとしたところで。
 職員用、と書かれた深緑色のスリッパにぶつかって、少しだけ来た道を戻った。

 すっと、上着の袖から手が伸びた。
 手首を返して、ふわりと効果音を鳴らして、拾い上げる。
 ぺたん、と今度は耳に響く音で、踏み出された一歩が。
 ゆっくり、カウントダウンを始めた。

 ぺたん、ぺたん、

 スリッパのしなる音が、静かな教室の中で唯一の音。
 今は机に向かっているのが正解。なのに、みんなして前を向いてた。
 きっと、どの頭も一緒で。手の中にあるはずの消しゴムを想像してた。

「ありがとう、ございます」
 ナオはぎこちないお辞儀をして、手のひらを差し出した。無防備に。
 消しゴムが手から手へと。おかえりなさい。と声を掛けようとした瞬間。
 最大級のけたたましさで、レーダーが鳴り響いた。
 ナオの身体全体がびくっと反応して、それが手のひらにまで伝染して。
 一瞬だけ、消しゴムを軽くとびこえて、手と手が触れ合った。

 ころん、

 消しゴムは両方の手の隙間からこぼれてまた冷たい床へと逆戻り、した。

 きーんこーんかーんこーん、

 絶妙のタイミングで、チャイムが教室中に鳴り響いた。

(わ、しまった。どうしよう)

 机の上の、ほぼ白紙のテストを見つめながらナオはがーんと頭を抱えた。
 余裕なんかぜんぜんなくて。
 でも、気付いたときにはもうぜんぜん遅くて。

 その合間に、慌てて大きい身体をかがめてもう一度、冷たい床から救い上げてた。
 消しゴム。
「気をつけて、な」
 と言い添えて、机の上に、置き直される。
 長めの髪が前に垂れて、向こう側の表情は見えなかった。

 ありがとうございました。とナオはもう一度、きちんとお辞儀をした。
 続けてごめんなさい、と言おうとして、やめた。なんとなく。直感で。

「終了です。お疲れさまでした」

 そのとおりで。今日の授業はこの時間でおしまいだった。

 

 

 

「なんつーか。あれはダメだな」

 帰り支度をしていたら唐突に、隣の席の河合くんが口を開いた。
 話したの、どれくらいぶりなのかも思い出せない、サッカー部の河合くんだった。
 あたりを見回して、自分以外に当事者がいないことを確認してから、ダメ?と、ナオは聞き返した。

「ダメダメだろう、あれは。決定的だろう」

 にやりと口の端を上げて笑って、じゃオレ部活だから。と、河合くんは言い逃げた。
 ナオは目をぱちくりとさせて、颯爽と消えていく後ろ姿を見送った。

 なにやらダメダメで。決定的らしい。
 机の上で、なんとなく自己主張している消しゴムを手にとって、ペンケースへしまって黙らせた。
 ふう、とついたため息、言葉にできない気持ちは結局、行方不明になった。
 また、レーダーにゆるやかな反応あり。
 無視するわけにもいかなくて、ナオは顔を持ち上げた。
 満面の笑みを浮かべたクラス委員長・市川さんが、ノートの山を抱えてこちらに向かってくる。
 彼女の細腕に大荷物って、似合わない組み合わせだなと思った。

「……あんどう、先生まで?」
 先手で。ナオが尋ねた。
 委員長・市川さんは、もともと丸い目をさらに丸くしてびっくりしてた。可愛かった。
 それから何かぴんと来たようで、大きく頷いて。
「うん、そうなの。町田さんにお願いできると助かるんだけど。私、部活あるから」
 ね?って、顔に負けない可愛い声で、市川さん。
 彼女は確か新体操部で。ナオは幸いにも帰宅部で。

 頭の中で、レーダーがけたたましく鳴り響いた。
 そんなのダメダメで。決定的だっていう警告。 

 そんなの知ってる、とっくの昔だよ。って、余裕ぶって答えた。
 レーダーよりも、サッカー部の河合くんよりも、委員長の市川さんよりも。

 ずっと知っていて、ずっと知らないフリをしていただけ。

「いいよ。任されたー」
 手を差し出した。無防備に。
 よかったぁと言って市川さんが笑った。ナオもつられてニコリと笑った。
 譲り受けたノートの山は、手の中にどしりと居座って、資料室までの道のりを憂鬱にさせた。
 いきなり後悔したナオの肩に、ポンと優しい重みが乗った。

「報告して。楽しみにしてるから」

 耳元で可愛い声で囁いて、市川さんもまた逃げた。

 

 

 

 

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