+お隣さん+

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 今朝もそこは、花でいっぱいだった。

 赤、白、黄色、どこから見てもキレイだった。

 

 むっとするような濃厚な甘い匂いに、低い鼻をつまむ。
 そこは、風の通り抜ける小高い丘の上だった。
 黄緑色の葉っぱがゆらゆらと揺れていても、そのど真ん中に立っていても、ぴくりともしない。
 目の前にあるのは、縦に長く四角く冷たい、ただの石だった。

 短い足をできるだけ高く振り上げて、どかっと蹴りをくらわした。
 つま先からかかとまで、約24センチと5ミリ。
 足の裏で、それでも笑いもしないし、怒りもしないし、ぴくりともしない。
 ただ、黄緑色の葉っぱだけが、ゆらゆらと揺れている。

 もっと、広い視野を持って、世界を見回してみようじゃないか。
 ほとんどの花は枯れ、葉っぱは茶色を通り越して黒く、濁っている。
 わざわざオレが短い足を振り上げるまでもなく、砂ぼこりに巻かれ、薄汚れているものばかりだ。
 例えば、あんな有様であったなら、きっとこんなオレだって、心から手を合わせられるのに。 
 今、目の前にあるただの石と、そのお隣さんに対してだって。

 そこにだけ、まるで他と同じ世界ではないのだと線引きするように、色とりどりの花が揺れている。
 濃厚な甘い匂いを振りまきながら。

 ……誰の仕業かなんて、名探偵のお呼びの必要のないくらい明確だ。
 赤、白、黄色、この色どりが偶然にもまったく一致する確率は、計算機に頼る必要もない。
 花の名前の知識なんかまったくないオレにだって分かる。

 犯人は、お隣さんだ。

 

 遠くのほうで、チャイムが鳴っている。
 実際、まだ遠い。ここから短い足を目一杯稼動させても、少なくとも15分はかかる。
 地面に置いておいたぺしゃんこの鞄を拾い上げ、ゆっくりとその場を離れる。

 一陣の風が吹き、濃厚な甘い匂いに襲われる。
 制服に染みついてしまう前に、振り切るようにして走り出した。
 完璧に遅刻だった。

 

 

 

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