雨貝の母親と違って、オレの父親に花なんて、豚に真珠に例えたら豚に失礼なぐらいだぞ。
と、何度も雨貝に言おうと思ったけど、やめた。
ちっとも似合わない花に囲まれて、縦に長い四角いただの石は、今朝もぴくりともしない。
やけに、オレの足跡だけ目立たせて。 雨貝が母親の墓に手を合わせているのを、オレはやることもなく、見守っていた。
いつもならここらへんで一つ、蹴りをくらわせてやらなければいけないのだが。
今朝は、そういうわけにもいかない。
そう思っていたら、雨貝が実に不思議そうに、今日は足跡つけないの?と、聞いてきた。
焦ったオレを見て、ふふと雨貝が笑った。
なんだか、すべて見透かされているような。もしかしたら、オレにも分からないようなことまで。
「私ね」
目は母親の墓を向いたまま、オレには背を向けたまま。
雨貝は、昔話を始める。
「住職さんに、ここのお墓ってあんまり訪問する人がいないんだって聞いて。
私ね。お母さんに会いに来て、他の家のお墓の花が枯れてるの見ると、淋しかったんだ。だから、ここのお墓全部、花でいっぱいになればいいなって思ったの。
……でもそんなの、私の勝手にしていいことじゃないよね。第一お金も、時間もかかるし」
じゃあなんで。とオレは無愛想に聞く。
「お隣さんならいいかなって思ったんだ」
ほら、お隣さんのよしみってやつで。
「しかもね。米屋くん家のお墓って、いっつも靴の足跡がついてたんだもの」
はじめて見つけたとき、信じられなくて可哀想だった。
と、雨貝が苦笑する。
オレは居心地の悪さを感じた。
「私、それが誰か、嫌な人の悪戯だと思ったから、すごーく腹が立った。なんてひどいことするのっ罰当たりだわっ!って。
だから、お母さんと一緒に、隣のお墓もキレイにするようになったの。でも消しても消しても足跡つけられてね。私、だんだん意地になってきちゃって、毎日お墓に参るようになったんだ。
……でもそのうち、気付いたの。この足跡は、毎日、新しく、つけられてるんだって」
花の残骸が、慣れた手つきで新聞紙に包まれる。
片付けをしながら、雨貝の目はオレの足元を指した。
「同じ足で」
約24.5センチの足で。
毎朝、学校に行く前に、雨貝はこれをしていたんだと言う。オレのように、遅刻することもなく。
「この足跡は、私の花と一緒なんだって、気付いたの」
そんな、雨貝の花みたく、キレイなもんじゃない。
オレは顔をしかめて、弁解する。
思い切り蹴飛ばしてやりたいくらい、ろくでもない父親だったから。
毎朝、代わりに墓でも蹴飛ばしてやらないと、やりきれないだけで。
そのせいで、毎日学校も遅刻してる有様だしさ。
全然、雨貝のと一緒なんかじゃないよ。
「一緒だよ。毎日欠かさずに来て、一日の報告をするんだもの」
雨貝がふわっと笑う。花と一緒に。
「きっと、お父さんも気付いてるよ。喜んでるよ、息子の日々の成長が見られて」
米屋家の、家の文字の上に新しくつけられた足跡。
つま先からかかとまで、約24センチと5ミリ。
まだ一般的男子平均より小さい。遺伝からすると、これ以上大きくなるかは微妙だ。
どかっ。
予告なしで、蹴りをくらわせた。
きゃっ。と雨貝が高い声で驚いた。
届けばいいのに。
オレの短い足から繰り出される目一杯の蹴りとか。
込めた痛みとか恨みとか。母さんの、悲しいのとか淋しいのとか愛してたのとか。
雨貝の、濃厚な甘い花の匂いとか。
どうせなら、そっちまで届けばいい。きっと、天国なんかにはいないんだろうけど。
オレと雨貝は学校に行くべく、墓地を後にした。
ここから学校までは、少なくとも15分。
どうやら今朝は、遅刻せずにすみそうだった。
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