+運命改変+

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 運命とは、二度出会うものである。
 あるとき、そんなことを呟いた偉人がいた。

 道路を挟んだ向こう側。
 腕時計をちらりと気にしながら、仕事してます、という雰囲気をアピールして。
 短くなった前髪のおかげで開けた視界で、こちらに気づいた。
 気持ちのいい青空、ふと横切った雲の影に知的な容貌を隠して、ふふ、と佐久有志は不気味に笑った。
 ほらね、やっぱり、と。

(……くやしい)

 道路を挟んだこちら側。
 くやしい、くやしい、と、園が三回ヒールで地団駄を踏んだら信号が青になった。
 進め、と後ろから見えない手に押し出れるようにして歩き出す。
 今、運命と二度目の出会いを果たすために。

 

 

 * * *

 たかが、文化祭の一クラスの一行事。
 そう、かなり侮っていたのだけれど、一フロアを埋め尽くそうな長い行列を目にして、園は呆然とした。
 憧れのバスケ部の先輩との恋愛運を占ってもらい、アドバイスどおり実行したところ見事に彼女の座をゲットしたというクラスメイト。
 そのクラスメイトに手を引っぱられ、おずおずと列の最後尾に並ぶ。
 彼女は、今度は先輩との相性を、占いという目に見える形で確認したいのだそうだ。悪い結果が出ませんように、と園は先輩の代わりに祈る。
 占いの館、という看板の下では、黙って座ればぴたりと当たる、というコピーが赤文字で踊っている。
 どうやら、されど、文化祭の一クラスの一行事、というのがみんなの正しい認識であるらしい。
 しかし、その事実を確認してなおも、園はまだ信じていなかった。

 運命、という絶対無慈悲な存在を。

「次の方、どうぞー」

 いつのまにか、あっという間もなく次の方になっていた。
 さっきまで確かに目の前には長蛇の列が続いていた気がするのに。
 一つ前に並んでいたはずのクラスメイトまでいなくなっていて、彼女と先輩の運命を、少しだけ心配する。
 入り口をふさぐ暗幕をめくって、即席占いの館に足を踏み入れた。
 暗幕で四方を囲い、少し明るさが落とされた室内には、床に白いドライアイスまで焚かれていて、教室を改造して作ったにしてはなかなかの雰囲気を醸し出していた。
 せっかくの演出も、机の前に座った占い師のあくび一つで、台無しになっていたけれど。

 前髪が無駄に長い上、後ろ髪が微妙な方向にはねている。
 だらしない風の男子生徒は、入ってきた園を見て、椅子に座るように目配せをした。
 この冴えない感じの男子生徒の名前は確か、佐久有志という。
 黙って座ればぴたりと当たるという評判の占い師で、学内のちょっとした有名人だ。
 テスト範囲の予想を聞けば百発百中、恋の悩みを聞けば飛ぶ鳥を落とす勢いで的中、らしい。
 その評判の占い師が、文化祭の行事の一貫して店を開いているというわけで。
 こんな機会を逃す手はない、とこんなに客が集まってきているというのが現状況らしい。
 机の真ん中に巨大なガラスでできた水晶玉が置かれていて、狭い占いの館の中が歪んで映し出されていた。

「何を、見てほしいですか」

 やる気のない言い方だった。大丈夫なんだろうか、と園の不安げを煽るには十分なくらいに。
 少なくとも、占い、という行為に対して、こちらはなけなしの200円を払っているのだ。
 せめて、200円分の価値ぐらいはここで見つけたい。

「ええと、じゃあ恋愛方面を」

 そう、思っていたわりには、ずいぶんアバウトなカテゴリを指定してしまった。
 けれど、占い師はそれ以上の質問は重ねず、ただ握手だけを求めた。
 手相占い? と園が首を傾げながら差し出した手を、占い師は本当にただ握った。ぎゅ、と。
 そして、そのまま目をつむった。

 占いの間、園は、ただの飾りだったらしい水晶玉の中の、不細工に磨きのかかった顔を見つめていた。
 詳しくはないけれど、握手で占うなんて初めて聞いた。そもそもはじめましてもなく握手するというのは、なんだか変な感じだった。
 こそばゆいというか、どうしたらいいのかわからなくて。
 どれくらいの時間だったのか、園の感覚で結構な時間が経ったような気がしたら、手にわずかな痛みが走った。 

 見開かれた目には、今の今までまったくなかった生気の光が。
 無駄な前髪の向こう、やけに透きとおった黒目の中に、すっかり見飽きた不細工な顔がしっかりと映し出されていた。

「……あらら」

 そして、半開きなった口からはそんな占いの切れ端が漏れた。

(あらら、って……)

 なにやら尋常じゃない様子に、暗幕の向こう側がわずかに色めきたつのがわかった。
 たぶん、このクラスの占い師以外のその他大勢のスタッフたちだろう。
 園にとっても他人事ではないので、背筋を伸ばし直して、耳をすました。
 占い師は、ぼりぼりと頭をかいて、最悪の予感をさらにえぐって。
 受け付けの名簿を見ながら、はじめて目の前にいる人物を認識した。

「ええと、2年4組の、……はなえだえんさん?」
「……はなえ、そのです」
「失礼。花枝、園さん」

 正しく言い直して一つ呼吸をした。
 そして、占い師はいたって普通に、一人の人間の運命を決定した。 

「どうやらあなたは、将来、オレと結婚するみたいですね」

 明日の天気はくもりのち雨です。
 まるで、キャスターのお姉さんが明日の天気を予報するような言い方だった。

 黙って座ればぴたりと当たる。
 それは逃れることのできない運命です、って。
 暗幕の向こう側が一瞬静まり、それからきゃーっと悲鳴のようなものを上げた。

(……きゃー、って)

 それはこちらの台詞です。

 ぎゅ、と握られたままの手を見つめながら園は思った。

 

 

 

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