3 近づいてくる人の気配を全身で感じながら、くやしい、ともう一度園は唇を噛んだ。
今朝の天気予報では、今日は一日晴れということだった。雨でも雷でも落としてほしい気分なのに、うまくいかない。
「言ったろ、運命とは二度出会うって」
と、かつての偉人は空と同じような晴れやかな笑みを浮かべて言った。
高校生にして占い師、という役職を確立していた彼。
もう、前髪は無駄な長さではなく、寝癖もはねていなかった。
ばっちりスーツなんて着こなしてしまっていて、占い師の顔をちらりとも見せていなかった。
みなさん、この人とは例えフォークダンスのときだって、手を握らないほうがいいです。
そうしないと、運命をねじ曲げられて、むちゃくちゃにされてしまうから。
通り過ぎていく人に、大声でおっせかいな忠告をしたい衝動に駆られた。
園は、高校を卒業しても、大学に進学しても、会社に就職しても、結局、あのとき決められた運命から逃げることができなかった。
合コンに参加しているときも、論文を書いているときも、上司に渋めのお茶を入れているときも、夜眠る前に美白パックをしているときも、
気がつくと、この占い師のことを考えていた。
それは恋でもなく愛でもなく、でもひどくそれらに似た、強い暗示で。
(二度目の出会いまでに考えておいて)
何年か前の、もうずっと前の、占い師の言葉が蘇る。
今、横断歩道の真ん中で。
あの、卒業式のときと同じように、佐久有志はすっと手を差し出した。
(占われた運命は、選ぶことができるのだ)
この運命を受け入れるか、否か。
この手を取るか、否か。
園はちらりと見上げた占い師の目が、透きとおったまま、園の目を映し出していて。
たぶん、ずっと未来まで映し出していて。
この手を握ったら、きっと今度は本当に逃げられない、と悟った。
けれど抗いがたく、園はそっと手を握った。また、はじめまして、よりも先に。
「信号、変わるから」
引っ張って、横断歩道を渡り切る。園の行きたい方向に来てしまったけれど、構ったことではない。
この占い師は、運命をねじ曲げたのだ。こちらの都合よりも、より、自分の都合のいいいほうに。
今さら、取引先との約束の時間に遅れるだの文句を言われたって、園はこの手を離すつもりはなかった。
「……やっと、手に入れた」
ぎゅ、と力がこもった手の間から、占いの切れ端が、本音が漏れる。
「ひとめぼれだって言ったら、信じてくれる?」
占い師は天気予報どおりの笑みを浮かべたまま、問い掛けた。
一寸、彼の目に映った数々の自分の本当の未来について、園は思いを馳せた。
今年もらった年賀状の中に、あの占いの館に引っ張って連れていってくれたクラスメイトからのものを見つけた。
占い師のアドバイスに従って、あのあとすぐに先輩と別れた彼女は、数年後、先輩と二度目の出会いを果たして、去年見事にゴールインした。
(どこまで見えているんだろう、この目には)
ふと気になって、園も問い掛けを返した。
「ねえ、私、ずっと聞きたいことがあったんだけど」
「え、なんですか?」
「実際、私とあなたの相性ってどうなの?」
占い師の目は宙を泳ぎ、空を仰ぎ、園に真実を告げないまま、沈黙した。
やっぱり、運命なんて信じられない。
占いも、ひとめぼれという彼の言葉も、自分の気持ちさえも。
少なくとも今、こうして、ぎゅ、と手を握っている理由は、決められた運命だから、じゃなかった。
アドバイスどおり短く変わった前髪が、彼にひどく似合っていたからだ。
そう、園は思うことにした。
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