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KAMWOOD SYNDROME
〜とある神林狂いの日常〜

■過去の日記27(`03年11/3〜11/21)

<ふりむけば……>
 ……うーん、記憶がない(爆)。たぶん「家庭の事情」に追われていたせいだとは思いますが、その前月あたりから、なんとなく神林作品から遠ざかっていた時期でもあったんですよね。そういう下地があったところに、ちと気を取られる出来事があったもので、考えるエネルギーを全部そっちにつかってしまった、と(^^;;)。

 こうして改めて読み返してみると、『マルドゥック・スクランブル』読んで、(日記には書かなかったけれど)ヘリ萌えな知識をちょっと仕入れて……と、ネタになりそうなことは結構あったので、いずれ、忘れた頃にでも話題に出てくることもあるでしょう……たぶん(^^;;)。

(2004.01.12 kayako拝)

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ちがいのわかる…?(11/21)

 冲方丁『マルドゥック・スクランブル』(ハヤカワ文庫)、ようやく最終巻(3巻)に突入。
 この作品の魅力については、既にあちこちの書評で語られているので、ここでは多くを語りませんが(とにかく読んで!)、神林…というより『雪風』好きとしては、ヒロインの少女とその相棒の関係がちょっと気になる。
 まぁ、このカップル、「レオンとマチルダ」なのは一目瞭然(作者自身も語ってるし)ですが、

「世間から疎外・抑圧(っつーより、こっちのヒロインの場合は、虐待、だな)されてきた主人公と、
そんな主人公の唯一の心のよりどころとなる
(作品世界中ではほぼ最強の)超高性能の兵器」

 と見なすと、ほら、まんま零と雪風じゃないですか?(^^;;) 一巻ラストでは、主人公が「相棒」から「捨てられて」しまっているし……。

 なのに、主人公が「捨てられた」時の印象が、読んでいて全然ちがうんですよね。端的に言うと、零に対しては「ざまーみろ!」って思う(ひでーな>自分)のに対して、バロットに対しては、なんのためらいもなく、同情と共感を寄せることができる。
 思うに、これは、零が「男」で、『マルドゥック〜』の主人公は「女」だからなのかな……って思ったり。実際の性別だけじゃなくって、「頼りになる相棒にして恋人」に対する態度が、それぞれ実に「男」と、「女」(というより「少女」かな)の典型って気がする……


おひさしぶりです(11/18)

 ふと気がつけば、2週間もご無沙汰してしまいました(^^;;)。この間、ちと家庭内のゴタゴタで主婦兼家庭内ケアワーカー兼介護ヘルパーもどき(^^;;)をしていたり、また一歳トシをとったり…と、極私的な事件が立て続いている間に、砂漠のお国の方も更にエライこっちゃなことになっていたようで……。マジで「黒いタカ落ちた」だもんなぁ……(もはや言葉もない)。

 前回の更新分の話題で

 >「戦闘機萌えな人」と「ヘリ萌えな人」は、傾向として違っていたりするのでしょうか……。

 という疑問について、その後、幸いにも「僕はヘリ萌えです」という方からお話をうかがう機会があり、色々面白いネタも教えていただいたのですが、このご時世じゃ、どうも書く気になれない(^^;;)。何を言っても不謹慎になってしまいそうなのが怖いというのもありますが、もともとわたし自身が、兵器萌え属性が皆無に近いもので、その関連でちょっとリアルでキツイ話題があると、もう、そういう話題で楽しめなくなっちゃうんですよねぇ……。
 ヘリ以外のネタも、あるにはあったんですよ。ご無沙汰していた2週間の間に、唐突に衝動にかられて浦沢直樹の『パイナップルARMY』(小学館文庫版)や、『MASTERキートン』を読み返しながら、「そういえば、『爆発物解体モノ』っていうのは、“機械”を通して、設計者と知恵比べ(=対話)をしているわけで、これって、もしかして神林っぽい?」なんてことも思ったのです。が、そこでうっかり新聞やTVのニュースを目にすると、「昨今の爆弾テロは、悠長に解体なんてしてる余裕も与えないからなぁ……」と、ついつい暗〜〜〜い方向に発想が向いてしまう(^^;;)。

 まぁ、「兵器萌え」「機械萌え」は、神林作品の重要な要素とはいえ、「すべて」ではないから、話すのがつらければ、とりあえずそちらをお休みして、別方面の話題に……いけたらいいのですが、ここのところ、全然神林を読んでいないから、ネタが出ない(爆)。
 今読んでいる、冲方丁の『マルドゥック・スクランブル』が片づいたら、未読の「敵海」シリーズにでも……と思うけど、その前に仕事が忙しくなったり、冬祭りの準備が始まっちゃったりで、うやむやになりそうな予感……。<おい

 ともあれ、とりあえず、kayakoは元気で生きておりますので、ご心配なく。


言い訳補足(11/3)

 下の、

 >なんだかなぁ……としかため息つくしかない

 の箇所、けっしてコッポラ監督&『地獄の黙示録』にアヤつけてるわけではなくって、巨匠の名作に対して、「あー、あの映画やるんだ! いいなー観たいなー。うちBS入れてないから、やっぱりケーブル加入しちゃおうかな。」ってな風に素直に楽しめない今の状況がどうにも……ということで。
 #あんなヤバイところに陸自の皆さんを行かせてしまうのかよ〜〜と思うと、やっぱり……

 「兵器」をはじめとする「高性能な機械」へのフェティッシュな感情というのは、神林作品には欠かせない要素だけれど、ともすれば、「最も高性能な機械」が使われるシチュエーションへの嫌悪や忌避の感覚に阻まれて、作品世界への没入が妨げられてしまうのが腹立たしい……ってのが、平和ボケな一読者の感慨でございます。


雨の休日午前中(11/3)

 遅めの朝食を済ませ、茶をすすりつつダラダラとTVを見ていると、BSで『地獄の黙示録』完全版の放映をするらしく、少し長めの予告番組が流れる。かの有名な「ワグナー(「ワルキューレの騎行」)をバックに飛ぶヘリコプター」のシーン。そして、手元の朝刊の一面には、「米軍ヘリ撃墜される」の記事。
 起き抜けから、なんだかなぁ……としかため息つくしかないような、そんな休日。

 そういや、神林作品には「ヘリコプター」は登場しないなぁ。戦闘機に比べると「人殺しの道具」としてのナマナマしさが強すぎるからだろうか? 昆虫みたいな形がイヤだとか? 門外漢にはまったくわからないのですが、「戦闘機萌えな人」と「ヘリ萌えな人」は、傾向として違っていたりするのでしょうか……。

 色々書きたいネタは貯まってるけど、ちと身辺がごたついてるもので、今日はここまで。


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