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リリーの同窓会


第11章 御前会議

シグザール城内。
中庭に面したこの部屋へは、ザールブルグ市街のざわめきも届いては来ない。
ソファに座り、香り高いハーブティをすすっていた青年は、空いたカップをテーブルに置くと、立ち上がって大きく伸びをした。
淡い色の金髪をきれいに刈り揃え、空色の瞳には夢見るような表情が浮かんでいる。
青年は、もう一度伸びをすると、手早く外出着に着替えた。
地味で、目立たない服装だが、見る者が見れば、最高級のグランビル織物で織られていることがわかる。装飾らしい装飾もついていないが、襟もとの模様にはシグザール王家の紋章をあしらってある。
青年は、窓枠を大きく開け放つと、手をかけて身を乗り出した。
左右に目を向けて、中庭の様子をうかがう。
緑の芝生のそこここに色鮮やかな花を咲かせる異国の植物が点在しており、馥郁たる香りがただよっている。植物の世話をする庭師や、休憩時間に散歩を楽しむ王室付きのメイドの姿も、今は見当たらない。
(よし!)
青年は、窓枠に足をかけ、軽く勢いをつけて、下の芝生に降り立つ。
足音を忍ばせるようにして中庭を横切る。
小さな戸口をくぐり、短い通廊を抜けると、そこはもう、城の通用口だ。
城勤めのメイドや、城内に食料品屋雑貨を納入する商人たちが出入りする、シグザール城の裏口にあたる。
青年は、そっと通用口の向こうをうかがった。
通用口の外では、もちろん正門と同じように、聖騎士が警護の任についている。
だが、青年は気付いていた。騎士たちの任務は、外からの侵入者に対して城を守ることである。かれらの注意はその方向に集中しており、内部へはほとんど目もくれない。
青年は、いつもそれを利用していた。
彼は、王室の様々な規律に縛られていた。規律によれば、彼が城の外の世界に触れることができるのは、特別に定められた日だけなのだ。しかも、それは昔から続いている堅苦しい礼式に則って行われ、息苦しいことこのうえない。
“自由”という言葉・・・。青年は、それに焦がれていた。
(ぼくは・・・)
青年は思い返す。城内での生活は退屈きわまりない。毎日が決まりきった儀礼に始まり、儀礼に終わる。
(・・・自由になりたいんだ)
青年は、もう一度、通用門をうかがった。
しばらく待っていれば、出入りの商人がやってくるだろう。警護の騎士の注意がそちらにそらされている間に、そっと後ろからすり抜けてしまえばよい。
今日の“散歩”の目的地は決めてあった。
『職人通り』へ行こう。そこは、ザールブルグの下町にあたっており、城下でもっともにぎやかで活気にあふれている場所だ。子供たちがかけまわり、けたたましくおしゃべりをしながらおかみさんたちがせかせかと行き交う。通りに面した小さな工房からは、金属を叩く槌音や職人たちの掛け声が響いてくる。
そこの住人たちは、みな自由を謳歌している・・・と青年は感じていた。自分の好きなことを生業にし、毎日を楽しく過ごしているように見える。
中でも、青年の心に残っているのは、『職人通り』の片隅にある赤いとんがり帽子の屋根をした工房だった。そこでは、錬金術で様々な薬品や魔法の道具が作り出されていた。工房の主はいつも元気で笑顔を絶やさない金髪の少女で、青年が町を探索している時に何度かぶつかってしまったことが縁で知り合ったのだった。青年はその錬金術師を気に入り、シグザール城への通行許可証をこっそりと渡したりもしていた。
(そうだ、あれもそろそろでき上がっている頃だろう・・・)
青年は思った。
前回、工房を訪れた時、青年は、園芸に凝っている母親のために、植物を元気に育てられるような薬品の調合を、彼女に依頼していたのだった。
ふと、我に返ると、通用門の外でなにやら話し声がしている。どうやら、食料品を城に納めに商人の荷馬車が着いたところのようだ。
(よし、今だ)
青年は、あたりに気を配りながら、そろそろと通用門の端を通りぬける。思った通り、門番の騎士は、商人が差し出した鑑札を確認するために、後方への注意はおろそかになっている。
青く輝く鎧に身を固めた警護の聖騎士を横目でうかがいながら、青年は門の外へ一歩を踏み出した。
もう大丈夫だ。
あとは、普通の通行人のふりをして、中央広場まで城を半周し、それからまっすぐ『職人通り』へ向かえばいい。
青年は、向き直って胸を張り、歩き出そうとした。
そのとたん、後ろからむんずと肩をつかまれる。
同時に、低いが迫力のある声が耳元でささやく。
「どちらへ行かれるのですか、殿下」
びくっとした青年は、力なく微笑みながら振り返った。
「や、やあ、エンデルク」
なんとか王族としての威厳を保とうとするが、無念さとやましさが口調に現われるのを隠しきれない。
身長も体つきも、青年よりも一回り大きな王室騎士隊長エンデルク・ヤードは、丁重だが有無をいわさぬ口調で、語りかける。青年が無断外出をしようとしたことをとがめようとする様子はない。
「国王陛下がお呼びです。至急、会議室にお連れするようにと」
「父上が? しかも、会議室だって!?」
青年の顔に驚きの表情が浮かんだ。シグザール城内の最奥に作られた王家の会議室には、これまで青年は入室することすら禁じられていたのである。
「いったい、どうしたというんだい? なにか、悪いことでも?」
不安げな青年の様子を目にしても、エンデルクは無表情を崩さない。マントをひるがえし、長い黒髪をなびかせながら、うっそりと先に立つ。
「とにかく、行ってみればわかるか・・・」
生来の楽天さを取り戻し、シグザール王国の王子にして第一王位継承権者であるブレドルフ・シグザールは、騎士隊長の後に続いて城内へ戻って行った。

長い廊下を進むと、謁見の間に出る。ここでは、いつも両脇の壁際に聖騎士隊の精鋭が並び、いかめしく控えている。
中央に敷かれた真紅のカーペットの上を進み、今は無人の玉座を回りこむ。
玉座の後ろに垂れたビロードの幕をくぐると、ランプに照らされた廊下が、さらに奥へと続いている。
廊下は途中で右に折れ、わずかに進むと重々しい樫造りの扉に突き当たる。
この扉の先には、まだブレドルフは入ったことがなかった。
子供の頃から、不思議に思って何度も父親や側近の者に尋ねてみたのだが、その度に、“国家機密”という言葉でさえぎられてしまっていたのだ。
そこへ、ついに自分は足を踏み入れようとしている。
ブレドルフは、足が震えるのを抑えられなかった。武者震いだ、と自分に言い聞かせる。
エンデルクが鋭くノックすると、扉の目の高さのところに取り付けられた鉄板が内側でスライドした。
エンデルクが低い声でなにやら言葉を発する。合言葉のようなものなのだろう。安全であるはずのシグザール城内でこのような保安処置が講じられていることに、ブレドルフは驚きと不安をおぼえた。
きしみ音をたてて、ゆっくりと扉が内側から引き開けられる。
エンデルクが脇に身を引き、先に入るようにとブレドルフをうながす。
ブレドルフは、内部から扉を開けてくれた相手の顔に気付き、はっとした。
エンデルクに比べると、やや体格では見劣りがするが、目は鋭く、さらさらした金髪が印象的だ。今はもう聖騎士の鎧を身に着けることはないが、この男がかつてはシグザール王国を守る楯と呼ばれていたことをブレドルフは知っている。元王室騎士隊副隊長で、現在は騎士隊の特別顧問を務めるウルリッヒ・モルゲン卿だ。
ウルリッヒは胸に手を当て一礼して、ブレドルフを奥に通す。その後ろからエンデルクが入ると、樫の扉は重々しい音を立てて閉まった。
ブレドルフは息をつき、あらためて室内を見まわす。
さして広くない部屋は、ランプの炎であかあかと照らし出され、中央に設置された丸いテーブルを囲んで、6脚の椅子が置かれている。壁や天井には装飾もなく、非常に簡素に感じられる。一般の国民が国王に拝謁する謁見の間がきらびやかに飾り立てられているのと対照的に、実用一点張りという雰囲気である。
丸テーブルを挟んだちょうど向かい側に、ブレドルフの父親であるシグザール王国第8代国王ヴィント・シグザールが腰をかけている。息子の視線をとらえると。ヴィントは力づけるようにうなずいてみせた。
国王に向かって左の椅子には、眼鏡をかけた風采のあがらない男が座っている。この人物とは、ブレドルフはほとんど言葉を交わしたことがない。服装も地味で、人ごみにまぎれてしまえばまったく印象を残さないように思える。だが、それこそがこの男の特徴であり強みであることを、ブレドルフは漏れ聞いていた。眼鏡の奥には、知性と狡猾さを兼ね備えた瞳が光る。若い頃は口八丁手八丁の詐欺師として悪名をはせたが、その後に改心して王室官僚試験に合格し、ある意味では王国最高の地位にまで上り詰めた男だ。この男こそ、シグザールの政治を裏側から動かしていると言われる王室秘密情報局長官ゲマイナーだった。
ゲマイナーの手前の椅子にかけている白い髭を豊かにたくわえた老人には、ブレドルフもあまり覚えがない。ただ、錬金術師の服装をしているので、アカデミーの関係者ではないかと思った。
自分の席に向かおうとしていたウルリッヒが、振りかえって静かに紹介する。
「こちらは、ザールブルグ・アカデミー校長のドルニエ師です」
ドルニエは、席を立って一礼した。ブレドルフも礼を返す。
ウルリッヒは国王の向かって右の席につき、その手前にエンデルクがかける。
残った椅子は、国王の正面の、いちばん扉寄りのひとつだけだ。
国王が、目でその椅子を指す。ブレドルフは、やや気後れしながら席についた。
「では、始めようか」
落ち着いた声で、ヴィントが宣言する。
何が始まるのか、びくびくしながらブレドルフは待った。質問したいことはたくさんあるのだが、口に出す勇気がわいてこない。
それを察したかのように、父親が再び口を開いた。
「始める前に、あらためてわが王子に説明しておこう」
と、ブレドルフを見やり、
「おまえももう24歳だ。いつまでも子供のように、城を抜け出して遊んでおるようではいけない。おまえにも、そろそろ帝王学というものを学んでもらわないとな。国を治め、国民の安寧を守っていくということが、どれだけ大変なことかを、知らなければならぬ。だから、この場へおまえを呼ぶことにしたのだ。言っておくが、この場所で話されたことは、一切他言してはならぬ。それから・・・」
国王は言葉を切り、ドルニエに視線を移した。
「普段は、この王室最高会議は、わたしとモルゲン卿、ゲマイナー卿、騎士隊長の4人で構成されている。だが、今回は議題の重大さを鑑みて、アカデミーのドルニエ校長にもおいでを願った」
ドルニエは、軽く礼をした。顔の半分をおおう白い髭で、表情はよくわからない。しかし、左右の色が違う瞳には、深い懸念が浮かんでいるように思えた。
「さて・・・」
ヴィントは一同を見渡して、黙り込んだ。うつむき、なにか必死で言葉を探しているように見える。やがて、意を決したように目を上げる。真正面からその視線をとらえたブレドルフは、父親が深い憂いに沈んでいるのを感じた。
「諸君、シグザール王国は、今、重大な危機にさらされようとしている」
国王が言葉を切ると、室内を沈黙が支配した。誰ひとり、身じろぎもしない。 ブレドルフは、石造りの壁や天井が自分の頭上に崩れかかってくるのではないかという圧迫感を感じていた。
ひとつ、せき払いをして口を開いたのはゲマイナーだった。
「では、議論に入る前に、これまでに判明した事実を整理しておくとしましょう。発端は、1通の手紙でした」
と、ウルリッヒを見やる。
ウルリッヒは、ふところから文字が書かれた数枚の紙を取り出し、テーブルの上に置いた。
「この手紙は、ザールブルグ西方の農村に住んでいるテオ・モーンマイヤーから届いたものです」
と、ウルリッヒは説明を始めた。
「手紙によれば、農村の近くの森に、アポステルという魔物が出現したということです。近所の子供を襲ったこの魔物は、幸いにもテオの手で倒されましたが、私は、これは容易ならぬ事態だと判断しました」
言葉を切り、ゲマイナーを見やる。
それを受けて、ゲマイナーが続ける。
「私の情報局では、以前より、シグザール王国内に出没する魔物をリストアップし、生息地を調査してきました。10年以上に及ぶ調査の結果、信頼できる情報によれば、このアポステルというきわめて強暴で危険な魔物の生息地は、北部から西部にかけての山岳地帯に限られています。すなわち、ヴィラント山からアーベント山脈にかけての、限定された地域です。これまで、山地を離れた平原地帯や森でアポステルが目撃された例はありません」
「年に2回実施している討伐隊の遠征でも、同じ観察結果が出ています。これまで山岳地帯とエアフォルクの塔以外でアポステルに遭遇した者はいません」
エンデルクが言い添えた。
「モルゲン卿の報告を受けて、私はすぐに、王国の各地へ密偵を飛ばしました。グランビル村からシュミッツ平原の南端、カリエル王国国境地帯から最果ての地まで、くまなく調査させたのです」
ゲマイナーは手もとの書類に時おり目を走らせながら、報告を続ける。
「その結果、例年に比べ、ほとんどあらゆる地域で、魔物の出現する頻度が高まっていることがわかりました。シグザール全土で、何らかの理由で魔物の活動が活発化していると思わざるを得ません」
言葉を切り、確認するように一同を見まわす。
ブレドルフは、口の中がからからに渇いていた。他のメンバーは、表面上、平静を保っているように見えるが、その場の緊張感はいや増していた。
「私はその後も、情報収集を続けました。そして、最近になって、注目すべき現象に気付いたのです」
ゲマイナーの声は平板だが、それは装われたものなのではないかと、ブレドルフは思った。
ゲマイナーの言葉は続く。
「森から、動物の姿が消えました。大型のけものや小動物はおろか、鳥や昆虫までが、どこかへ身を隠してしまったのです。森だけではありません。川や湖では、魚が獲れなくなりました。普段ならこの季節、平原の上空を渡る鳥たちも、今年は観察されていません。特にこの傾向は、王国の東北部で顕著でした」
「それはつまり、どういうことなのかね?」
ゲマイナーの言葉の切れ目をついて、国王が尋ねた。秘密情報局長官は、右手で眼鏡の位置を整えると、ひとつひとつの言葉を区切るように、はっきりと答えた。
「私の考えでは、結論はただひとつです。生き物たちは、自然の本能で、なにか恐るべき危険が身に迫るのを察知し、その危険から逃げ出したのです
一同は、凍りついたようにその言葉を聞いていた。
「で・・・、その危険とは、どのようなものだと思うかね」
国王の問いに、ゲマイナーは首を横に振った。
「今はまだ、判断材料が不足していて、はっきりしたことは言えません。しかし、過去にも、同じような現象が起こったことがあります。それは、20年前のことです。黒の森やメディアの森、ベルグラド平原、へーベル湖から生き物の姿が消えました。そして、その後すぐ、あの巨大ぷにぷにが出現したのです」
「あの時か・・・」
ドルニエがつぶやいた。ウルリッヒも顔を上げ、厳しい表情を見せる。
ドルニエもウルリッヒも、その巨大なぷにぷにがザールブルグに向かって来ようとした時、現場にいて、それを阻止するために全力を尽くしたのだ。
「ゲマイナー君。では、君は、あの時と同じような恐ろしい魔物が現われると、そう言いたいのかね」
国王の口調にも、不安げな響きが混ざる。
「それは、わかりません。しかし、我々は、あらゆる事態を想定して、対策を講じておく必要があります」
ゲマイナーは一同を順に見渡した。
ウルリッヒがうなずく。
「既に、魔物に強い銀製の武器を、町の武器屋に発注済です。ひと月と経たず、銀の剣と槍が騎士隊の人数分、できあがってきます」
次いで、ドルニエが口を開く。
「アカデミーでも、通常の研究作業を中断して、全員で爆弾を作成しています。もちろん、不安をあおらぬよう、講師や生徒たちには、本当のことを告げてはいません。夏祭りの余興として、爆弾を使った大掛かりな仕掛花火をするのだと言ってあります。真相を知っているのは、私の他に2名だけです」
国王は、大きくうなずいた。
「うむ。礼を言うぞ。とにかく、どのような危険が見舞おうとも、我々はザールブルグ市民を・・・いや、シグザール王国の住民すべてを守らねばならぬ」
エンデルクに向かって言う。
「特に、騎士隊には主力となって働いてもらわねばならぬ。頼むぞ」
「は、私の剣にかけて」
エンデルクは短く答える。
ゲマイナーが椅子に座りなおした。
「しかし、陛下、悪い知らせばかりではありませんぞ」
「何だと? それはどういうことかね」
いぶかしげな表情の国王に、ゲマイナーはこの日はじめて、にやりと笑ってみせた。
「ある人物が、近々ザールブルグに戻って来ます。それは、私たちにとって大きな力となるでしょう」
と、ポケットから1通の手紙を取り出し、ウルリッヒを見やる。
ウルリッヒも表情を緩め、同じように手紙を取り出した。
花の香がテーブルにただよう。
封筒には、いずれも大きく鮮やかなユリの花が描かれていた。
ウルリッヒが、つぶやくように言う。
「そう・・・。彼女はかつて、ザールブルグの危機を何度も救ってくれた・・・。まさに、私たちにとっては救世主かも知れぬ・・・」
まだ不審そうな表情のままのヴィント国王に、ゲマイナーは手紙を振ってみせた。
「陛下も覚えておいででしょう。帰ってくるんですよ、“ぷにぷにスレイヤー”が。“瞬殺のリリー”がね」

<ひとこと>
なんか、勝手に作っちゃいましたけど、「シグザール王国最高会議」(笑)。だけど、ウルリッヒさんやゲマイナーさんの“その後”を考えると、どうしてもああなっちゃうわけで。ヴィント国王も、少しは仕事してるというところを見せないといけませんしね。
自分で書いてて何なんですけど、ゲマイナーさんってかっこいいよね。好きです、こういうキャラ。
さて、シグザール全土に迫る異変の正体が、だんだん見えてきました。次回には、ある人物の口から、真相が語られることになるでしょう(謎)。


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