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リリーの同窓会


第15章 真昼の決闘

「なあ、なんか雰囲気が妙なんじゃないか?」
荷馬車の荷台の端に腰掛けてあたりをながめ渡しながら、ヴェルナーが言った。
「え? そうかしら」
答えて、イルマが荷台に上がってくる。
「静か過ぎるんだよ。ゲマイナーからの情報じゃあ、シグザール王国中が魔物に襲われてるって言うじゃねえか。それなのに、この街道の静けさは何だい?」
「そう言われれば、そうかもね。でも、あたしの占いでは危険な兆候は感じられないし、先乗り隊からの連絡もないわ。なにかあれば、すぐにのろしで知らせてくれるはずよ」
イルマのキャラバンは、今、アーベント山脈を背にし、カスターニェ街道を一路東に向かっているところだった。もちろん、目的地はザールブルグである。 ヴェルナーは、カスターニェから別の馬車に乗ってザールブルグに戻るところだったのだが、古戦場跡のはずれでイルマのキャラバンに出会い、そちらに乗り換えたのだった。
「こっちに乗ってた方が、面白いことがありそうだからな」
というのが乗り換えの理由だった。
しかし、特に何事も起こらず、数日が経過している。
イルマのキャラバンにも、妖精の通信網を通じて、王国秘密情報部長官ゲマイナーからの情報は入って来ている。
アーベント山脈から、多数のアポステルが平野部に移動しているという情報も、届けられていた。
「どうも、気にくわねえぜ、この雰囲気はよ」
手持ちぶさたに、木切れをナイフで削りながら、ヴェルナーはつぶやいた。
イルマは、どう答えてよいかわからず、空を見上げた。
綿帽子のような白い雲がいくつか、ゆっくりと西へ流れていく。日差しは強く、暑いほどだが、吹きすぎていく風が心地よい。
下りの道にさしかかり、ごとりと荷馬車が揺れて、速度をあげる。
前方を横切るように流れる、ルーイッヒ川が見えてくる。
「おい、何だ、ありゃあ!?」
最初に気付いたのは、ヴェルナーだった。
河原や中州のあちこちに、つぶれた袋のようなものが点々と転がっている。その周囲には、液体が広がって水たまりのようになっている。中には、弱々しく動いているものもあった。
「あれって・・・ぷにぷにじゃない!?」
イルマが叫んだ。
ぷにぷにとは、主に水辺や湿地に生息する魔物で、身体のほとんどは水分でできており、丸いゼリーのような姿をしている。しかし、今、目にしているのは、その魔物の残骸と言っていいだろう。なにか大きな力で、吹き飛ばされ、すりつぶされたかのようだ。
目の届く限り、ぷにぷにの死骸は遠くまで点々と続いている。
「何があったんだ・・・?」
ヴェルナーはつぶやいた。ポケットの中の投げナイフを確認する。いつ敵が現われてもいいように、戦う準備はできている。
イルマも、気を落ち着けるかのように、腰に差した円月刀の柄をなでた。
ごとごとと音を立てて、馬車はルーイッヒ川に渡された橋を渡った。
今度は道はゆるやかな上りとなり、ザールブルグまで続く平原が広がる。
今度はイルマが叫んだ。
「あ! 見て! またよ!」
左手に広がる草におおわれた平野に、またも点々と、今度は獣の死骸らしきものが散らばっている。
「今度はオオカミかよ!?」
ヴェルナーも目を凝らした。
数十頭に及ぶオオカミの群れが、いずれもぐったりと大地に横たわり、身動きもしない。その毛皮は焼け焦げ、爆発にあったかのように足を吹き飛ばされたオオカミもいた。
ヴェルナーとイルマは、顔を見合わせた。
「おい・・・。こいつは、まさかとは思うが・・・」
ヴェルナーの問いに、イルマは小首をかしげてうなずく。
「あたしたちの前に、誰かがここを通って、魔物たちを散々にやっつけて行ったのね」
「そいつは・・・やっぱり・・・?」
イルマは力をこめてうなずく。
「ええ、彼女だとしか思えないわ」
ヴェルナーはあらためて、眼下に広がる破壊と殺戮の跡を見渡すと、苦笑しながらつぶやいた。
「あいつが通った跡は、ペンペン草も生えない・・・ってか」

エンデルクが率いるシグザール王室騎士隊の主力は、ようやく森を抜けた。
南には鏡のようなヘーベル湖の湖面が広がる。風景は平和そのものに見えた。
だが、その平和な風景がかりそめのものに過ぎないことを、かれらは知っていた。
湖岸の平地の向こうには、さらなる森があり、その向こうには、魔の根源であるエアフォルクの塔が不吉な影を落としてそびえ立っている。
そして、前方の森は、全体がざわめき、うごめいているように思えた。
あそこには、塔から湧き出た無数の魔物がいるのだろう。
エンデルクは、つと立ち止まると、湖の方を見渡した。
広がる湖面の向こうに、ベルグラド平原の緑が見える。そこに、きらきらと光を反射してきらめくものがあった。
「うむ、別働隊は順調のようだな・・・」
ヘーベル湖の南岸をエアフォルクの塔に向かっている第9分隊から第13分隊のことだ。エアフォルクの塔の魔物を、南北の両側から挟み撃ちするのが、騎士隊の計画だった。
エンデルクは振り返ると、後に続く騎士たちを見やった。
森の中の戦いで十数人が負傷して脱落している。残りは三十数名。だが、士気はまだ衰えてはいない。
「よし」
エンデルクは前進命令を発しようとした。
その時・・・。
異様な強風が吹き渡った。
エンデルクの長い黒髪とマントが、風にはためく。
「た、隊長! あれを!!」
騎士のひとりが湖面を指差し、叫ぶ。
エンデルクは、既に見ていた。というよりも、肌で接近を感じていた。
ぞくり、と背筋が震える。
全身がぴんと張り詰め、神経が鋼のように研ぎ澄まされる。
ヘーベル湖の水面を激しく波立たせ、荒れ狂わせながら、それはやって来た。
「竜巻だ!」
騎士が叫ぶ。
激しく回転する空気の渦が、湖の水を吸い上げ、周囲に撒き散らす。
あっという間に、騎士隊はびしょぬれになった。
(いや・・・。これはただの竜巻ではない・・・)
エンデルクは右手を剣の柄にかけ、待ち受けた。
大竜巻は、湖岸に上陸すると、草と土を巻き上げながら、エアフォルクの塔と騎士隊との間に割り込むようにして、動きを止めた。
「こ、これは・・・!?」
騎士の間から驚きの叫びがあがる。
相変わらず、そこではいくつもの空気の渦が荒れ狂っている。しかし、そればかりではなく、旋風が渦巻く間から、巨大な姿が立ち現われていた。
長い髪を振り乱し、青い目には強暴な光が宿る。たくましい2本の腕は、威圧するように前へ差し伸べられている。下半身は空気の渦の中に隠れているが、それは明らかに人間のような姿をしていた。
「あ、あいつだ! ストルデル滝の化けもんだ!」
「なんで、こんなところに・・・!?」
討伐遠征の時に、相手を見たことがある騎士たちが、口々に叫ぶ。
もちろん、エンデルクも、この魔物の正体を悟っていた。
ストルデル滝の主、風の妖怪ヴィルベル!!
「フ・・・。相手にとって不足なし・・・か」
エンデルクは口元に不敵な微笑を浮かべた。
手を振って、他の騎士に下がるように合図する。
「隊長!」
不満そうに叫ぶ部下に、エンデルクは落ち着いた口調で命ずる。
「命を粗末にするな・・・。貴様らが敵う相手ではない・・・」
そして、ヴィルベルに向き直ると、右手を銀の長剣の柄にかけた。
「シグザール王国騎士隊長エンデルク・ヤード、参る!」
マントをはねのけ、ゆったりと構える。
風の精霊ヴィルベルは、口を左右に開き、残忍な笑みを浮かべた。
じりっ・・・と、エンデルクが一歩踏み出す。
ヴィルベルは、それを待っていたかのように、両手を振って、無数の空気の渦をエンデルクに向かって飛ばす。その真空波は、ひとつひとつがかまいたちとなって、ぶつかったものすべてを切り裂いてしまう。
真空波の群れが、エンデルクを襲った。
一瞬、エンデルクの姿は空気の渦の中に消える。
エンデルクは、両手を顔の前で組み、両足を踏ん張って、攻撃に耐えていた。
真空波が消え、再びエンデルクの姿が現われる。
エンデルクの長い髪の幾房かが、ちぎれ、風に運び去られた。
顔をかばった両腕は、黒い下衣がずたずたに切り裂かれ、その下の無数の切り傷から、血が滲み出していた。
「次は、こちらから行くぞ・・・」
エンデルクは、すらりと長剣を抜き放った。
ヴィルベルが、再び真空波を飛ばそうと、腕を振る。
エンデルクの足が、大地を蹴った。
迫る空気の渦を銀の剣ではねのけ、受け流し、ステップを踏んで避ける。
「私の攻撃を止められるか!!」
エンデルクは踏みこむと、左上から右下にけさがけで切り下ろし、返す太刀で右上になぎ上げた。
「くっ!」
エンデルクは後方に飛んだ。
すぐに、それまでエンデルクがいたあたりを、強烈な真空波が襲う。
十分な手応えではなかった。空気の壁に邪魔されて、太刀筋が波打ってしまっていた。これでは、威力を十分には発揮できない。
みたび、ヴィルベルは両腕を頭上に差し上げると、大気の渦を作り、エンデルクに投げつけた。
「はあっ!」
ステップを踏んでエンデルクがよける。真空波はエンデルクをかすめた。
はらり・・・とふた筋の黒髪が風に舞う。エンデルクの右頬に、一筋の赤い線が走る。そこからルビーのような血のしずくが、ぽたり、と落ちて、緑の草葉を茶色く染める。
エンデルクは、左手で頬に流れる血をぬぐうと、ぺろりとなめた。
塩辛い味が、口の中に広がる。
それをかみしめながら、エンデルクはつぶやいた。
「これ以上、わが血は流させぬ・・・」
目を上げ、ヴィルベルをじっと凝視する。風の魔物も、最初に現われた時よりは、パワーが落ちているように見える。周囲に渦巻く空気の渦も威力が落ちているようだ。
エンデルクは、剣を両手で握り締め、水平に構えた。
ヴィルベルの本体が動いた。
エンデルクに向かって突進してくる。自分の周囲に渦巻く真空に巻き込もうというのだろう。
エンデルクも突っ込んだ。
「アインツェルカンプ!!」
ふた筋の光が、交錯する。
切り取られたエンデルクの髪が、みたび、風に舞った。
しかし、エンデルクの背後で、ヴィルベルの本体はずたずたに傷つけられていた。
その姿が苦悶するかのようにゆがみ、にじみ、霧のようにおぼろになっていく。
そして、騎士たちが茫然と見つめる中、空気の渦は晴れ、風の魔物は完全に消え去った。
エンデルクは呼吸も乱さずにゆっくりと剣を鞘に収め、落ち着いた口調で指示した。
「秘密情報部へ報告。北方面部隊、ヘーベル湖北岸の掃討を完了。これより作戦の最終段階に入る」

アカデミーの裏庭では、イングリドとヘルミーナが“作戦”の準備を進めていた。心配そうな表情のドルニエも、立ち会っている。
「ふふふ、相変わらずセンスがないわね。あたしにこんな竹の粗末なかごを背負わせるなんて、いったいどんな恨みがあるというのかしら」
「そうかしら。この採取かご、あなたにはお似合いだと思うのだけれど」
「まあ、いいわ。あんたも同じかごを背負うんだからね。それより、へまして途中で落としたりするんじゃないよ。衝撃を与えるだけで臨界に達してしまうんだからね」
「言われなくてもわかってるわ」
ぶつぶつ言いながら、イングリドは自分の採取かごに、両腕でひとかかえはありそうな丸く黒い固まりを収めた。見た目は重そうだが、『グラビ結晶』を封じ込んでいるため、軽々と扱えている。ヘルミーナも同様に、自分が調合した特殊爆弾をかごに入れる。
ドルニエが心配そうに言う。
「ふたりとも、本当にやる気なのかね? このことがケントニス元老院に知られたら、何を言われることか・・・。使わずに済むものならば、そうしたいものだが・・・」
ヘルミーナは不敵な笑みを浮かべて、師を見返す。
「あたしも同意見ですわ、ドルニエ先生。でも、今は使わなければならない時なのです。元老院のことは、後から考えればいいわ。ふふふふふ」
「とかなんとか言って、あなた、本当は、実験がしたくてしょうがなかったんでしょう。そのくらい、お見通しよ、ほほほほほ」
ヘルミーナはじろりとイングリドをにらんだ。イングリドの言葉には答えず、ぽつりと言う。
「時間がないわ。出発するわよ」
ヘルミーナは、採取かごを背負い、壁に立てかけてある竹ぼうきを手に取った。はるか昔、イングリドと一緒に調合レシピを開発した、『空飛ぶホウキ』である。
「そうね。そろそろ騎士隊も作戦行動に移っているはずだし」
と、イングリドも自分用の『空飛ぶホウキ』を手に取る。
「ドルニエ先生は、わたくしたちが出発したことを、当局に知らせてください」
言い残すと、ホウキに座り、身構える。
ヘルミーナとイングリドは互いに見やった。
「それじゃ、行くわよ」
「いち、にの、さん!」
あっという間に、ふたりは日差しを浴びながら、上空へ舞いあがっていった。
(本当に、これで良かったのだろうか・・・)
ドルニエは悩みながらも、ふたりが出発したことをゲマイナーに知らせるために、城へ向かった。

「この作戦がうまくいけば、塔から出てきた魔物の群れは一掃できる。だが、それでは問題の根本的な解決にはならないんだ・・・」
秘密情報部に置かれた椅子の背にもたれ、ゲマイナーはくちびるをかんだ。
今のところ、事態に大きな動きはなく、出入りする妖精たちの動きも落ち着いている。
ゲマイナーは、脇の壁にもたれて立っている女騎士を見やった。
「そこで、あなたに聞きたいのだが、魔の波動とやら止めるには、どうしたらいいのかね?」
“紅薔薇のキリー”は、腕組みをしてゲマイナーを見やり、ゆっくりと答える。
「魔人ファーレンが塔に戻れば、魔の波動はおさまる・・・。ただし、それがいつになるかはわからない・・・」
「それではダメだ! われわれが求めているのは、今すぐに実行できる解決策なのだ」
ゲマイナーが口調を強める。わめき出したい気分だったが、彼は自分を強いて、落ち着かせようとしていた。この事態を打開する手がかりは、目の前にいる、魔界から来たという女性しかいないのだ。
「もうひとつの策は、結界を張ることだ・・・。エアフォルクの塔全体を包み込む大きな結界を張って、魔の波動を封じこめることだ。しかし・・・」
キリーは目を上げ、ゲマイナーと視線を合わせると、寂しげに微笑んだ。
「それだけの結界を張ることができる魔力を持った者は、こちらの世界にはいないだろう・・・」
「結界、か・・・。よいアイディアでも、現実のものにできなければ、何の意味もない・・・。しかし・・・魔力か・・・」
眼鏡の奥のゲマイナーの目に、光が宿った。
「魔力を持った者・・・。ひょっとすると、彼女なら、できるかも知れん・・・」
ゲマイナーは向き直ると、手近にいた妖精に指示した。
「大至急、リリーの現在位置を割り出せ! 伝令だ!!」

<ひとこと>
前言撤回〜(^^;
やっぱりイルマとヴェルナーを放っておくわけにはいかないと思い直して、エピソードを追加しちゃいました。あと出さなきゃならないのは、武器屋さんと製鉄屋さんですね。ん〜、神父さんはどうしましょう。・・・ちと強引ですが、次回の冒頭にやっちゃいましょうか、「お約束」ってやつを。(←ヤケ)
E氏の決闘シーンは、先日、某所で読んだSSの影響を受けてまして、血のしずくが落ちるところがいちばんの見せ場です(何考えてるんだか)。
さて、次回はいよいよ最終章。どう収拾がつくのか、自分でもわかりません(おい)。


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